第137話 『 I like you 』
「 合格だ 」
……俺はクリスに拍手をする。
「今の君は一人前の忍だ。それは俺が認めよう」
「……クロウ」
俺の賞賛の言葉に、クリスは微かに戸惑いの色を見せる。
「しかし、私にはフェリスに勝てる自信がまだありませんっ」
「……」
不安そうに俯くクリスに掛ける言葉を探す。
「フェリスは私なんかが及ばないような天才ですっ、付け焼き刃の忍術でフェリスに敵うのでしょうかっ」
「……」
確かにフェリスは天才だ。しかも、対剣士特攻持ち、クリスが不安を抱くのも無理はなかった。
「クロウはどう思いますか! 私がフェリスに勝てると思いますか……!」
「……」
……どう答えることが正解なのだろうか?
優しい言葉を投げ掛けるべきか?
厳しく突き放すべきか?
何にしても答えは俺が出さなければならなかった。
(……正直、俺はフェリスの実力を把握してはいない。だから、絶対に勝てるだなんて言い切れない)
――それでも!
……俺は誰だ?
……俺はクリスの師匠じゃないのか?
(だったら、答えは一つしかないよな?)
弟子を不安にさせるなんて師匠失格だ。
「――勝てるさ、俺が育てたのだからな……!」
この言葉にどれ程の意味があるのだろうか?
「行け、君にはその力がある! 保証しよう、君は強くなった! フェリス=ロイスを超える力を手に入れたのだ!」
こんな薄っぺらな激励がクリスに何を与えるのだろうか?
「……しかしっ」
「 その迷いがペルシャ嬢を殺すぞ……! 」
「――っ」
彼女に迷わない姿を見せることが、今の俺がすべきことであった。
「俺は過去に迷いながら戦ったことがあった。しかし、結果は悲惨なものだったよ……大切な者を傷つけ、俺自身も傷つくことになった」
「……」
「だから、俺は迷わない。だから、君も迷うな……!」
「……っ」
俺はクリスに手を差し伸べる。
「決起しろ! 前へ進め! 戦い抜け!」
さあ、手を取れ!
「クリス=ロイスッ……!」
「……」
クリスが俺を、俺の差し伸べた手を見つめる。
「……私は駄目な弟子ですね」
少女は穏やかに微笑む。
「師匠に情けない姿を見せてしまいました。これは反省の必要がありますね」
その瞳には強い意志があった。
「――どうか見届けてください」
人はそれを闘志と呼ぶのであろう。
「貴方が育てた弟子の晴れ舞台を……!」
「当然だ。俺にはその義務がある」
……クリスが俺の差し伸べた手を握り、俺もその手を握り返した。
「レイブン=クロウの名の元に命ずる――〝鬼才〟、フェリス=ロイスに勝て……!」
「イエス・マイマスター……!」
力を与えた。
迷いは晴れた。
後は成し遂げるだけであった。
「…………クロウ、一つ訊いてもいいですか?」
握手を解いたクリスが俺の仮面を真剣に見つめる。
「どうした? 急に改まって」
「いえ、確認したいことがありまして」
……確認したいこと?
「構わないよ。君と俺の仲だ、今更遠慮することなど無い筈だ」
「ありがとうございます……では、答えてください」
「……」
クリスの真剣に表情から俺は質問されるよりも先に察した。
「 貴方は、レイブン=クロウは――伊墨甲平ですか? 」
「……」
……やはり、気づいていたようであった。
「…………ふっ、何故そう思った?」
「忍術に〝鬼紅一文字〟、それと破廉恥な一面……貴方には共通点が多すぎました」
「……」
まあ、隠しきれるものではないと思っていた。寧ろ、初日以降問い質されなかった方が意外であった。
(……まあ、もう隠す必要はないだろう)
クリスの特訓は終了した。今更、正体がバレたところで何も変わることなどなかった。
「……正解だ。クリス=ロイス」
俺は鴉の仮面に手を掛ける。
「俺こそが天才忍者にして、この一週間お前に忍術を教えた男」
そして、仮面を外し、素顔を晒す。
「 伊墨甲平だ 」
……それは変化の術を使っていない、正真正銘伊墨甲平の顔であった。
「……やはり、貴様だったか」
「いつから気づいていた?」
「四日前、初めて影分身の術を使えるようになったとき、私は〝氣〟の本質を掴み、同時に貴様の〝氣〟から懐かしさを感じたからだ」
……たった三日で〝氣〟の本質を掴んだのか。
我が弟子ながら恐ろしい才覚である。
「……流石だな、やはりお前は凄い奴だよ」
「世辞は要らぬ。何故、姿を欺き、私に忍術を教えた?」
「大した理由はない、ただ俺が教えるよりも他の奴に変装した方が素直に話を聞いてくれると思っただけだよ」
「……それだけか?」
……それと、隙あらばエッチなことをしようと企んでいた。
「それだけだよ」
無論、俺も正直に答えるような馬鹿ではない。
「もう一つ訊いていいか?」
「構わないよ」
今更、質問の一つや二つ増えた所で問題はない。
「何故、私に力を貸した? これは私とフェリスの戦いだ、貴様には関係無い筈だ」
「……」
……俺がクリスに力を貸した理由、か。
(……俺と境遇の似たクリスに同情したから、とは何か気恥ずかしくて言いづらいな)
別にやましい理由ではないが本人に言うのはやめておこう、それが俺の判断であった。
「……別に、気紛れだよ。ただのな」
「……」
クリスがじっと俺を見つめる。
「……今〝氣〟が微かに揺らいだ。貴様、嘘を吐いているだろ」
ギクゥッ! コイツ、ここまで〝氣〟をマスターしているだと!
「正直に言え、何故、私に力を貸した?」
「……」
くっ、最早隠し徹せないか。
「……一度しか言わないからな」
「……えっ? はっ?」
意外にも真面目な雰囲気な俺にクリスの方が戸惑う。
「 好きだからだ、お前のことが 」
「……………………はっ?」
……俺の回答に、クリスがすっとんきょうな声を漏らした。