第136話 『 第一位 』
「 私が送り出した刺客はちゃんと仕事をしてくれているのかな 」
……ルシファー邸、執務室。
「……まあ、他の二人に比べればきっと勤勉に仕事をこなしてくれるだろうね」
「……遠回しに文句言うのやめてもらえないか」
私の執務室には私の他に男が一人だけ居座っていた。
「これでも勤勉ランキング世界第三位に入るぐらい勤勉なんだがな」
「……初めて聞いたよ、そんなランキング」
――祟部竜峰。
……数年前に海辺に漂流しているところを偶然拾った〝忍〟を名乗る男である。
その素性は未だに話してもらえていないが、ただ一つ言えることはとてつもなく強い、ということであった。
特に彼が扱う〝忍術〟と呼ばれる特殊な力はこの世界に無かったものであり、初めて見せてもらったときは大層驚かされたものであった。
「まあ、冗談はさておき、あんたの〝眼〟を使ったんだ、誰もが勤勉になる筈だろ」
「違うよ、竜峰。真面目にやるとかやらないとか私は興味がないんだ……大事なことはやり遂げたかそうじゃないかだ」
嘗て、ペルセウス王宮には何名かの刺客を送っていた。しかし、結果は任務失敗に終わっていた。
「これで駄目なら次は――……」
「次は?」
正直、まだ表の世界に顔を出したくはなかったが、ペルシャ=ペルセウスは早めに潰しておきたかった。
しかし、手段を選んではいられないとするならば……。
「 私が行こう、それしかないだろうからね 」
……それが最も確実な方法であった。
「今までコソコソしていたのに偉くやる気じゃないか」
「これでも私はペルシャ=ペルセウスという人間を評価しているんだ」
国王不在時に代理国王を任される程の信頼。
一国の軍隊を指揮する頭脳と戦略。
統一感の無い強者を集めるカリスマ性。
……ペルシャ=ペルセウスは警戒するに価する存在であった。
「彼女はこれから大きな脅威になり得るからね、その前に潰しておきたいんだ」
「出る杭は打て、ということか」
「……それは君の国のことわざかい?」
「脅威は大きくなる前に対処しろ、という意味だな」
竜峰と話していると知らない言葉を覚えられるので退屈しなかった。
「ふむ、ならば出る杭は速やかに打とうではないか――私の野望の為に、ね」
「付いていこう、地獄の果てまでな」
それはそれは心強い限りである。
「……ところで、レビヤタン家の使者との食事会は何時だったかね」
「それは俺ではなく、ハイネに訊いてくれ」
「ハイネなら紅茶の準備をしているから今席を空けているよ」
「なら、帰ってきてから訊いてくれ」
――ハイネ=クライン
……側近であり秘書でもある彼女を私は信頼している。
「ならば、仕方無いね。書類でも目を通しながら待っていよう」
私の執務机には大量の書類が積み上げられている。
隣国との国境問題。
各植民地の人事資料。
某国との貿易に関する依頼状。
最新兵器の報告書。
各地域の納税内約。
……ペルシャ=ペルセウス殺害や〝聖戦〟以外にも、私の仕事は山積みであった。
「ふっ、国王ってのは忙しそうだな」
「忙しそう、ではなく忙しいんだよ……出来れば君にも手伝って欲しいんだけどね」
「遠慮する。そういうのは不得手なものでな」
……そう、私――アルベルト=リ=ルシファーは神聖・ルシファー帝国を統べる皇帝であった。
「それにしても、あんたはどれだけのものを手に入れれば満足するんだ?」
「……」
……彼の言う通り、私は多くのものを持っていた。
名誉――神聖・ルシファー帝国、皇帝の座。
富――世界の二割に及ぶ資産。
土地――世界の三割に及ぶ領地。
そして、力――……。
「 〝七凶の血族〟、第一位の力……それだけ持っていてまだ欲しいのか? 」
……確かに私はとても満たされていた。
「――違うよ、竜峰。私は欲しいのではなく、与えたいんだ」
だからこそ、今度は世界に還元すべきだと思った。
「私は〝聖戦〟を勝ち残り神になる。そして、この世界をより良いものにする……いや、そうするべきなんだ」
「神になるのが使命とは、惚れ惚れするぐらいに傲慢な男だよ、あんたは」
――傲慢。
ルシファーの血が流れる私に相応しき言葉である。
「これから世界は大きく動き出す――いや、私が動かす」
私は笑う。
「革命をしよう」
破壊も、
創造も、
「これからを存分に楽しもう」
あらゆる戦に勝ち、世界の全てを手に入れる。
「戦争をしよう」
……我が野望を阻む者と
「蹂躙をしよう」
……我に歯向かう者を
「殺戮をしよう」
……敵とそれに類する者を
――コンコンッ、執務室の扉をノックする音が静かに鳴り響く。恐らく、ハイネが紅茶を持ってきたのだろう。
「 さあ、紅茶を飲もう 」
始めよう、
楽しい世界征服を……。