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 第135話 『 王女と騎士 』



 ――それは昔、今より八年前のある晴れた日。



 「ペルシャちゃんに近づくなっ……!」


 クリスちゃんが刃を手に、包囲する狼の群に立ち向かう。


 「少しでも傷つけたら絶対に許さないぞっ……!」


 ……わたしが悪かったのだ。


 退屈で、お父様やお母様も忙しくて、クリスちゃんにこっそり森へ遊びに行こうなんて誘ったわたしが悪かったのだ。

 うっかり野生の狼の縄張りに入ってしまったせいで、わたしとクリスちゃんは沢山の狼に囲まれていた。


 「うぅー、クリスちゃん……恐いよぉ、早く逃げようよぅ」


 「このまま逃げてもすぐに追いつかれちゃう……だから、私が狼の気を逸らしているから、その隙にペルシャちゃんは逃げてっ」


 「無理だよぅっ、クリスちゃんを置いて逃げられないよっ」


 「私は大丈夫だから、早く逃げてっ」


 「でも、でもっ」


 それどころではないというのに、わたしとクリスちゃんの意見が食い違う。

 その間も狼は唸り声を漏らしており、今にも飛び掛かってきそうであった。

 そして、場が硬直すること三分。遂に痺れを切らした狼が飛び掛かってきたのだ。


 「ペルシャちゃんは私が守る……!」


 それからクリスちゃんは、オルフェウス従事長が助けに来るまでの三十分間狼と戦い続けた。

 当時のクリスちゃんはまだ騎士としては見習いで、助けが来る頃には全身傷だらけであった。

 あの時の傷はわたしの〝奇跡スキル〟で治療され残ってはいないが、思い出だけは今もまだ鮮明に残っていた。


 (……クリスちゃん、わたし、少し恐いんだ)


 クリスちゃんは騎士団長で、今まで何度もわたしを守ってくれた。

 時には傷つき、時には命の危機が彼女に及ぶこともあった。


 (わたしなんかの為に死んじゃわないかって、心の底で怯えているの)


 クリスちゃんは優しくて強くて頼り甲斐があるから、わたしはついつい甘えちゃっていた。


 (……わたし、わからないよ)


 クリスちゃんがどうしてわたしにここまで尽くしてくれるのか。

 わたしなんかに命を懸ける価値があるのか。

 ……わたしにはわからなかった。


 ただの親友じゃ駄目なのかな?


 ただ傍にいるだけじゃ駄目なのかな?


 (……どうして、クリスちゃんはわかってくれないんだろう)


 わたしがこんなにもクリスちゃんを想い、その身を案じているのに、彼女には伝わっていなかった。


 (――いや、伝わってはいるんだ)


 ……それでも尚、クリスちゃんは止まらなかった。

 彼女は頑固だからきっと曲げない。


 (……まっ、それはわたしも一緒かな)


 意地の張り合い、価値観の擦れ違い、その先にあるものは一体何なのだろうか?


 どうか願わくば、大切な人々が傷つかない世界になりますように……。


 天気は快晴。


 夏のカラッとした陽射しが窓から射し込む。



 ……このお日様の下で、今日も彼女は汗水を流しているのであろう。







 ……あの日も確か、今日のように暑くて、よく晴れた日であった。


 「……恐かったっ……恐かったよぅっ!」


 ……五歳だったペルシャ様が大粒の涙を溢していた姿をよく覚えていた。


 「……クリスちゃんが死んじゃうかもって思って、それで、それで、気づいたら飛び込んでてっ」


 「……ペルシャちゃん」


 蒸し返すような暑さの夏。


 王宮敷地内を通る川での出来事。


 ……私は足を滑らせて、川に落ちてしまったのだ。


 まだ泳げなかった私は溺れてしまい、同伴していた使用人が助けてくれたのだ。


 助け出された私はずぶ濡れで、その隣で泣いているペルシャ様もずぶ濡れであった。


 (……ペルシャ様が一番早かったのだ)



 ……私を助ける為にペルシャ様は誰よりも早く川に飛び込んだのだ。



 泳げないのに、力なんて無いのに……。彼女は誰よりも早く私を助けようとしたのだ。


 「……どうして……私を助けようとしたの?」


 「わかんないよっ、クリスちゃんがいなくなったって思ったら、気づいたら飛び込んでてっ、だってっ」


 恐かったのであろう。


 一杯一杯であったのだろう。


 ペルシャ様は肩を震わせながら涙を流していた。


 「――だって、クリスちゃんが大好きだからっ」


 「――」


 ……そのときだ。


 そのとき、私の道が決まったのだ。



 ――この人を守る、死んでも守り通す。



 ペルシャちゃんを、このか弱くも優しい少女を守りたくなったのだ。


 「ペルシャちゃん! 私、決めた!」


 気づいたら、私はペルシャちゃんの震える手を握っていた。


 「私はペルシャちゃんの騎士になる! どんなピンチのときでもペルシャちゃんを守れる騎士になるからっ……!」


 「……わたしの騎士?」


 「うん、絶対になるからっ……!」


 幼少の夏。


 川のせせらぎ。



 ……それはとある夏の一頁であった。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 「……休憩はもういいのか?」


 ……そして、現代の夏。


 「はい、呑気に休んでいる時間はありませんので」


 川の水を呑み、タオルで汗を拭って立ち上がる。

 今の私はクロウに師事を受け、忍術を学んでいた。

 私の目指していた騎士の形とは違っていても、心は何一つ変わっていなかった。



 ――ペルシャ=ペルセウスを守る騎士になる。



 その絶対的な信念と真実は揺るがなかった。


 「……それに約束したんです、守るって」


 「出来るさ、君には俺が付いているのだからな」


 心強い言葉と背中。信頼に値する男が私の背中を押してくれた。

 だからこそ私は迷わずに強くなれた。


 「……そういえば、守るだけじゃなくて、もう一つ約束していましたね」



 ――ずっと傍にいてね



 ……いつだったか、ペルシャ様に言われた言葉。


 その答えをもう一度、直接貴女に伝えたかった。



 「 イエス・マイロード 」



 だから、私は強くなろう。


 もう一度、愛する人の隣に胸を張って立てるように。


 あらゆる悪意と災厄から貴女を守れるように。


 強く。

 ただ強く。



 ――最強の騎士に私はなる。


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