第134話 『 試験二日目 』
「傷は癒えましたか、フェリス様♪」
……オルフェウス従事長に完敗し、満身創痍であった拙はペルシャ様の治療を受け、再び修練場に足を運んでいた。
「はい、お陰様で」
しかし、ペルシャ様の治癒能力は凄まじいものであった。
(あれだけの傷を一瞬で治してしまうとは……他国が欲しがるのも頷けるな)
世界で唯一の治癒の力……まさに、戦争の常識がひっくり返る力であった。
「早速ではありますが二日目の試験を始めましょうか」
「はいっ……!」
メイド長は花が咲くような笑顔で容赦の無いことを言う。
「本日の試験の説明をいただいてもよろしいでしょうか」
「はい、直ちに♪」
そして、メイド長は語る。
「本日はお日柄が良いので外で試験を致しましょう♪」
メイド長はそう言って修練場の扉を開き、奥外修練場へと移動する。
「うーん、本当に気持ちのいい天気ですねー♪」
メイド長が射し込む日差しに気持ち良さそうに背伸びをする。
「あの、メイド長、まさか日光浴をしに来た訳ではないですよね」
「……ふふ、日光浴も悪くありませんね♪」
メイド長が冗談混じりに笑う。勿論、冗談であった。
「 課目――戦闘 」
……そこには拙とメイド長しか居なかった。
確定。
答えは一つ。
「 相手は私です 」
……ですよね。
しかし、本当に容赦がない。オルフェウス従事長の次がメイド長とは、王宮最強の二人と連戦なんて随分と意地悪な話だ。
「……望むところです」
……青葉が宙を舞う。
ひらひらと、
くるくると、
踊るように……。
そして、落ちる。
――ドッッッッッ……! 拙は真正面から一直線に突っ込んだ。
「 〝雷閃〟 」
放たれる神速の斬撃。
一歩も動かないメイド長。
(――届か、ない?)
いや、
(前に進めない!)
……メイド長との間合いの直前から前に進めなかった。
何故だ?
何故?
まるで見えない壁に阻まれているように、
まるで背中に鎖を繋がれているように、
……拙はメイド長に近づけなかった。
(……これがセシル=アスモデウスの〝奇跡〟!)
「――来られないのですか?」
――メイド長は拙の背後に立っていた。
「でしたら、私から行きますよ」
「――っ」
メイド長に蹴られ、拙は地面を転がる。
「いい反応ですわ♪」
咄嗟にガードをしたお陰で大したダメージはなく、拙は素早く立ち上がり追撃に備える。
「……」
しかし、追撃は来ない。メイド長にはいつでも殺れるとでも言いたげな余裕があった。
(――強い! オルフェウス従事長とは違うベクトルの強さだ!)
オルフェウス従事長の強さが腕力・速力・技といった経験による強さであるならば、メイド長の強さは天性の強さであった。
(経験と努力の力に小細工が通用しないのに対して、天性の力には隙がある筈だ)
それを見つければこちらにも勝機があった。
(……メイド長が剣士であれば弱点を見つけられるのにっ)
拙は自身の〝奇跡〟の未熟さに苛立ちを覚えた。
「――長考とは些か気を抜きすぎですよ」
メイド長が数本のナイフを投げつける。
「油断なんてする訳っ」
拙は迫り来るナイフを斬り伏せんと刃を構え
――瞬間移動。ナイフが一瞬にして拙の目の前まで迫っていた。
「――っ」
拙は一瞬にして眼前まで飛来したナイフに動揺するも、紙一重で全てのナイフを斬り伏せる。
(――何が起きた? 瞬間移動?)
理解が追い付かない。
「何を考えているのかはわかりませんが隙だらけですよ」
「……っ!」
メイド長が拙の背後を取り、ナイフを振り抜く。
(――遅い!)
白兵戦闘のみを見れば、拙の方がメイド長より優れていた。
「――ロイス流剣術、玖の型」
拙は振り抜かれたナイフをギリギリまで引き付けて回避し、ノータイムでメイド長に斬りかかる。
死 覚 の 太 刀
(ギリギリまで引き付けてからのカウンター! これならどうだ!)
「 無駄です♡ 」
――拙の振り抜いた刃はメイド長に触れる直前で止まっていた。
何故、止まる?
拙は力を緩めてなどいないのに?
――蹴ッッッッッッッッ……! メイド長の回し蹴りが炸裂し、拙は地面を転がった。
今度は直撃だった。衝撃で脳みそが揺れた。
「――っ」
拙は地面を転がる。静止後すぐに立ち上がるも、脳震盪のせいでその足取りは覚束なかった。
「……」
……嗚呼、敵わないなぁ。
オルフェウス従事長と同じである。勝ち筋なんて一筋も見つけられなかった。
オルフェウス従事長にセシル=アスモデウスメイド長……この二人は拙の遥か高みにいた。
(……認めざるを得ないな)
二人との力の差。
己の未熟さ。
(……今の拙では力不足だ)
逆立ちしたって覆らない、無情な現実。
そ れ で も 。
「……まだ、やれる」
……拙は刃を握っていた。
足取りは覚束ないながらも、拙の内に秘めたる闘志は依然として衰えてはいなかった。
「まだ、負けてないっ……!」
……それから拙は何度もメイド長に戦いを挑んだ。
何度も全力の一撃を繰り出した……しかし、彼女には何一つ届かなかった。
蹴られ、殴られ、地面を転がり、日が暮れる頃には昨日と同様に満身創痍であった。
「 合格です♡ 」
……地面に横たわり、夕焼けを見上げる拙にメイド長がそう言った。
「とは言っても、二次試験までですが」
メイド長は愛嬌たっぷりの笑顔でそう付け加える。
「フェリス=ロイス様の実力、精神力は〝王下十二臣〟に値するものと私が認めます」
「……忘れてました」
……がむしゃらに戦い過ぎて、これが試験であることを普通に忘れていた。
「……ありがとう……ございます」
もうくたくたであった。痛くて、眠くて、気だるかった。
「感謝は要りませんわ。私はフェリス様の努力に正当な評価を下したまでですから」
そう笑うメイド長の笑顔には疲労の色は欠片も見られなかった。
満身創痍の拙と満面笑顔なメイド長……酷い比較に身の程知らずにも拙は劣等感を抱く。
「二次試験も終わり、残すは最終試験だけです」
――最終試験。二日間、完膚無きまで打ちのめされたが遂に最終日が訪れるようであった。
「明日にでもと言いたいところですが、残念ですが試験官がまだ王宮に到着しておられません。ですので、最終試験の予定は未定とさせていただきます」
「……」
拙は心中で安堵の息を吐く。幾らペルシャ様の〝奇跡〟で傷を癒そうとも疲労までは回復しない。正直、しばらくは疲れが取れそうになかった。
「……おや? どうかされましたか、フェリス様」
「……すみません……少し休んでもいいですか」
……もう限界であった。眠くて眠くて仕方がなかった。
「はい、ごゆっくり♪」
「……ありがとう……ござい……ます……………………」
落ちる、落ちる。
意識が暗い闇の底へと落ちていく。
(……最終試験の試験官はどんな人なのだろう?)
……そんな疑問を胸に拙は深い眠りについた。