第133話 『 最初にして最強な弟子 』
「――影分身の術っ!」
……クリスが印を結びながら唱えると、彼女と瓜二つの分身が召喚される。
「……」
――三日
……クリスに忍術を教授してからまだ三日間しか経過していなかった。
(……才能が限界突破し過ぎだろ)
影分身の術は忍術の基本であると同時に最初にして最大の壁である。
多くの忍が最初にぶつかる壁であり、この術を習得した後と前では忍術に対する理解は雲泥の差であった。
(俺だって〝練氣〟をマスターしてから三週間……いや、一ヶ月は掛かったんだぞ! それをたったの三日間なんて)
――天才
……超ド級の才能は、忍の居ない異界の地に燻っていたのだ。
「クロウ! これでいいのですか!」
「……あっ、ああ」
……悔しいのか?
(……確かに少し悔しいな)
クリスは俺とそっくりだと思っていた。
命を懸けてまで守りたい者がいて、だけど才能に恵まれていなくて、それでも気合いと努力で強くなった。
俺はクリスに自分を重ねていた。
(……そんなクリスが俺が一ヶ月以上掛かったことを三日で為し遂げた)
……悔しくないと言えば嘘になるであろう。
(悔しいし、嫉妬もしている――だけど)
――それ以上に俺は見たくなったのだ。
クリスがどこまで強くなるのか。
努力する天才の行き着く先にはどんな景色があるのか。
(……登れよ頂に、行ける所まで行ってくれ)
……凡人を置いて。
「素晴らしい、期待以上だよ、クリス=ロイス」
俺はクリスを讃え、彼女に歩み寄る。
「――」
クリスが半歩退がる。
「……」
俺はクリスに歩み寄る。
「――」
クリスが一歩退がる。
「……」
あのパンティー窃盗&夜這い事件以降、俺はクリスに避けられていた。
(ふっ、俺も随分と嫌われたようだな)
心中で自嘲気味に笑う俺。
「クックックッ、まだ気づかないのか、クリス=ロイス」
「……?」
仮面の裏でニヒルに笑う俺にクリスが首を傾げる。
「俺が影分身であり」
……本物の俺はクリスの背後にいて、その肩をポンと手を置いた。
「本物はここにいることにな……!」
「――っ!? 忍術の無駄遣い!」
無駄ではない。寧ろ最も有効的な使い方と言えよう。
「てか、触らないでください! ケダモノ!」
「……」
……そこまで言わなくても。
「……まあ、いいだろう。修行を次のステップへ進めようか」
「次のステップですか?」
「ああっ、君の忍術を更に進化させる」
影分身の術は忍術の基礎に過ぎない、その感覚を礎に更なる忍術へと導きだす。
「火! 水! 風! 土! 雷! 木! 君の中を流れる〝氣〟は変幻自在に形を変える! 変えられるのだ!」
「……〝氣〟を、変えられるっ」
そう、それこそが修行の第三段階――……。
「 これより修行の最終段階に入る! クリスよ、俺を信じて付いてこい……! 」
俺はクリスに手を差し伸べる。
「はいっ、貴方を信じて付いていきます……!」
クリスは俺の手を取らず、意気揚々と応えた。
(……どんだけ嫌ってんだよ、俺のこと)
それでもクリスにはやる気があった。
俺にもクリスを育て上げたいという意思があった。
好きとか嫌いとか関係無い。ただ互いの利害が一致していたのだ。
(さあ、存分に強くなれ、クリス! 俺は勝手にお前を強くしてやる……!)
……各々の思惑を胸に、俺とクリスの修行は最終段階へ移行した。