第130話 『 でんじゃらすなGさん 』 《G》
……それは黒くて、油を塗ったような光沢があり、六本の手足は細長く、長い二本の触角が左右に揺れていた。
……あっ
(危なかった~~~~~~っ!)
俺は鋼の精神により声も出さず、身動ぎすらしなかった。
まるで彫刻。顔面にゴキブリを許してなお、俺は沈黙と静止を貫いていた。
(……うっ、動くんじゃねェよ)
そんな俺の苦労も知らず、ゴキブリは俺の顔面を徘徊する。
(キモいキモいキモい! マジでキモいから勘弁してくれ~~~~~っ!)
無情にもゴキブリは忙しなく顔面を徘徊する。
(摘まみ出してやる!)
触りたくはないが、このまま顔面を徘徊されるよりは幾分かマシであった。
『――っ!』
しかし、ゴキブリの動きは素早い。迫り来る俺の手を華麗に回避する。
(~~~~~~~っ! なんてすばしっこいんだ――いや、ちょっと待てよっ)
ゴキブリの脚が唇に触れていた。
「……」
ヤ バ い !
このままでは口の中に入ってくるぞ! それだけは嫌だ!
ゴキブリは水分を求めて寝ている人間の口の中に入ることがあるらしい!
窮地! 圧倒的なまでの窮地!
その窮地は三秒後に訪れる!
――落ち着け。
落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ちtu
『 ほな、入るでー 』
――ずぼっ! ちんたらしている隙にゴキブリが口の中に侵入した。
落ち落ち落ち落ち落ち落ちち落ちおっおっ落ち落ちおっおっおっおっおーーーーーーーーっ!
侵入しただけでは飽きたらず、口の中で暴れまわるゴキブリ。
誰か!
誰でもいいから助けてくれ! いや、助けてください!
今まで調子に乗っていたこと謝りますから! 本当に反省してますから!
ほんと! ほんと! 本当にお願いしますからーーーっ!
――チュッ、ゴキブリが喉ちんこにキスをした。
「――」
……拝啓、お袋様。
……拝啓、親父様。
……拝啓、甲二郎。
……先立つ不幸をお許しください。
ま だ だ !
――意識が飛ぶ寸前の所で俺は覚醒した。
ぺっ、と俺はゴキブリを窓の外へ吐き出す。
(危なかった! もう少しで意識が飛ぶ所だった!)
本当に危なかった! 忍者じゃなければ堪えられなかった!
だが、堪えたぞ! 障害は乗り越えたぞ!
(あとは前に進むだけだ!)
俺はクリスの目の前まで歩み寄る。
……遂にここまでたどり着いた。ただの数メートルが本当に長かった。
俺はクリスの前で腰を降ろして、その綺麗な顔を見下ろす。
(……顔は悪くないんだがな、顔は)
天は何故コイツにレズ属性と変態性を与えてしまったのだろう。
(……まっ、顔と身体が良ければ充分だがな、俺は)
俺は音もたてずに彼女の寝巻きを剥ぎ取る。
(……ありがとうございます、セシルさん。貴女から教えていただいた早着替えさせ術はとても役に立っています)
ここにはいないセシルさんに俺は心中で感謝する。
既にクリスが身に纏うのは黒い下着だけになっており、ただただ扇情的であった。
(ありがとうございます! ありがとうございます!)
俺は神に感謝した。
その身に余る幸運を与えられ、感涙の涙を溢す。
既に素晴らしい光景だが、まだ終わりではない。俺はゆっくりとブラのホックに手を伸ばす。
「……ペルシャちゃんは……私が守るんだ」
――そう、クリスが呟いた。
「……っ!」
起きたのかと身構えるもすぐに寝言だとわかった。
(……本当に大好きなんだな、ペルシャのこと)
俺もクリスと似た境遇だからわかってしまった。
(……これ以上は悪いな)
俺は伸ばした手を引っ込めて、クリスの荷物を漁り、パンティーを一枚拝借し、自分の布団に戻った。
「……強くなれよ、クリス」
夜空を煌めく星々と月。
涼やかな虫の声。
……何かいい感じ風に特訓初日の夜は更けていった。
……………………。
…………。
……。
「――うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!」
……朝、クリスの悲鳴によって俺は目を覚ます。
「……朝から大きな声を出してどうしたんだ、クリス」
「どうしたもこうしたもありません! 何故か、朝起きたら服を脱がされていたのです!」
クリスが下着姿で激昂する。
「……」
……うん、脱がした後、着せるの忘れてた。
何か忘れているなとは思ってはいたが普通に寝てしまったのだ。
「……まさか、クロウ……貴方がっ」
当然疑われる、俺!
当然の帰結!
「……ふっ、下らないな」
しかし、俺はあくまでもしらを切る。
「そもそも何の利益があって俺がそんなふざけたことをすると言うのだ」
「……そっ、それは」
「今日も特訓だ、そんなことに気を回している時間は無いぞ!」
「すっ、すみません」
よしっ、勢いで押し切ることに成功したぞ!
俺はクールに立ち去る。
「……あっ」
……その足下にクリスのパンティーが転がっていた。
「やっぱり、貴様ではないかーーーっ!」
「――ぐはぁっ! すみませぇん、俺がやりましたぁっ!」
炸裂する跳び膝蹴り。
騒がしい山小屋の朝。
……特訓二日目の幕が上がる。