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 第129話 『 吾輩は風呂である。 』



 ……吾輩は風呂である。


 それは山奥にある。


 ……吾輩は風呂である。


 それは火賀愛紀姫に仕える至高なる忍。


 ……吾輩は風呂である。



 ――その名は伊墨甲平。



 「こんな所に温泉があるなんて知らなかったね」

 「ほんと、気持ちぃー」


 ……目の前には二人のうら若い女子の裸があった。


 と い う か 。



 ……俺の身体はお湯になっていた。



 (……〝九尾‐槍型〟の変化の力をこんな所で使うことになるとはな)


 変幻自在。それが俺が体内に取り込んだ〝九尾‐槍型〟の力だ。

 この力を使えば、肉体の形・質量から材質まで自在に変化するけとが可能であり、今の俺はお湯に化け、温泉に溶け込んでいた。


 (わかる! わかるぞ! 君達の肌の質感! 体型! 全部が手に取るようにわかるぞ!)


 今、この温泉内の情報は全て頭の中に入ってくる。つまり、全身舐めるように撫で回しているのと変わらなかった。


 忍術、最高!


 忍術、最強!


 俺は忍者として育ったことに喜びを感じた。


 「……えっ、何あれ?」


 女の一人が水面に指を差し、困惑の声を漏らす。

 釣られてもう一人の女もその指先を目で追う。



 ……水面が隆起していた。



 (しまったーーーッ! うっかり勃っちまったーーーッ!)


 裸の若い女を撫で回しているのだ、勃たない方がおかしかった。


 「……こわっ」

 「ねえ、上がろうよー」


 (――えっ、まだ楽しませてくれよ)


 立ち上がる女子二人、俺は不意に一人の女の手を掴んでしまう。


 ……身体はお湯のまま。


 「……」

 「……」


 無言で二人は掴まれた細腕を見つめる。


 「……」

 「……………………いっ」


 女の口から声が漏れる。


 「イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ……!!!」


 女は俺の手を振りほどき、連れの女もその背中を追い掛ける。


 「……」


 二人の姿が見えなくなり、俺は変化を解除して元の姿に戻る。


 (……悪いことをしたな、泣き叫ぶ程に恐がるなんて)


 涙を流し、綺麗な顔を歪ませる女の姿に罪悪感が積もる。


 「……でも、中々良い身体だったなぁ」


 ……罪悪感なんて、風に流される落ち葉のように吹き飛んでいった。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 「……すぅー……すぅー」


 ……温泉から上がり、小屋に戻るとクリスは既に布団の上に横になり静かに寝息をたてていた。


 「わざわざ布団も敷いてくれたのか」


 クリスの布団から離れた位置に、俺の為に敷いてくれたであろう布団が準備されていた。


 「……寝るか」


 寝込みを襲う度胸までは持ち合わせていなかった俺は素直に寝ることにした。手を出した殺されそうだし……。

 灯りを消し、俺は布団に潜り込む。


 「……」


 「……すぅー……すぅー」


 暗闇の中、クリスの寝息が聞こえてくる。


 「……」


 「……すぅー……すぅー」


 耳を澄ませば、風の音や虫の鳴き声も聞こえてくる。


 「……」


 「……すぅー……すぅー」



 俺 は 、


 何 を し て い る ん だ ?



 (……可愛い年頃の女の子と一つ屋根の下で寝ているんだぞ!)


 何だ、この面白味の無い夜は!


 何だ、この女々しい夜は!


 (これでいいのか、伊墨甲平! いや、いい訳ねェよなァ!)


 確かにクリスは強い。恐らく寝ていても僅かな物音で目を覚ますような隙の無い女だ。

 無茶、無謀。普通に考えれば不可能であろう。


 ――しかし、俺は天才忍者、伊墨甲平である。


 不可能を可能にする男だ。


 十日間で〝王下十二臣〟になり、一夜にしてベルゼブブ小隊を半壊させた男なのだ。


 (さあ、存分に楽しもうじゃないか)


 俺は耳を澄ましてクリスの寝息を聞き取る。


 (俺に掛かれば寝息と起きている呼吸を見極めることなど朝飯前であった)


 ……クリスは寝ている。それは間違いなかった。


 (同じく〝王下十二臣〟の一人であるクリスに気づかれずに接近するのは難しい!)


 俺は立ち上がり、静かに寝息をたてるクリスを見下ろす。


 (――だが、俺なら出来る!)


 そして、歩き出す。


 「……」


 ただ歩いた。


 淡々と、粛々と


 ――歩く。


 驚くべきことに足音は聞こえない。床の軋む音すら聞こえない。


 (これが、忍の無音歩行術――抜き足)


 静寂した闇の中、俺はゆっくりとクリスに歩み寄る。

 前へ前へと、クリスとの距離は徐々に縮まる。


 (もう少し! もう少しだ!)


 俺は逸る気持ちを抑えながら、ゆっくりと、しかし確実に前へ進んだ。


 「……」

 「……すぅー……すぅー」



 ――そんなときだ。



 (――虫の羽音?)


 鋭敏過ぎる聴力が接近する羽音を捉える。その同時――……。


 ――ブーン、ブーン……ピタッ


 ……羽虫が俺の顔面に止まった。


 「――」


 俺は恐る恐る視線を上げる。



 ――ゴキブリだった。



 ……あっ、


 「……すぅー……すぅー」


 ……あっ、


 「……すぅー……すぅー」






 アアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッ……!!!!!


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