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 第128話 『 クロウの正体 』



 ……伊墨甲平の師を名乗る仮面の忍者――レイブン=クロウ、その正体は何を隠そう伊墨甲平であった。


 姿は変化の術を使えば変えられるし、声も変声の術を使えば容易く別人になりきることが出来るのだ。

 後は、伊墨甲平の師を名乗れば忍術を使えることも違和感なく納得させられた。


 ……えっ、何でそんな回りくどいことをしているかって?


 説明しよう! クリスの性格上、俺の助けを受け入れない可能性があり、加えて油断しきったクリスの入浴や着替えを覗いたり、同衾できるという寸法である!

 これぞ知将、いや痴将・伊墨甲平の神憑り的計画であった!


 「……むほー、これはたまらんぜよ!」


 望遠鏡の先にある桃源郷に俺は果てしなく興奮する。


 (……何故か鼻血を出しながら発情してるけど、素材は良いからな、素材は)


 俺はハアハアしながら、ハアハアしているクリスを視姦する。

 しかし、クリスは落ち着いたのか湯船から上がり、タオルに手を伸ばす。


 「ハアハア」


 俺はハアハアしながらクリスの観察を続ける。


 身体の水分を拭き取ったクリスは下着を着け、寝間着に手を伸ばす。


 「ハアハア」


 俺はハアハアしながらクリスの観察を続ける。


 寝間着に着替えたクリスは温泉地を後にする。


 「ハアハア……はっ!?」


 しまった! 夢中になり過ぎて戻るのを忘れてた!


 「急いで戻らないとやべェっ!」


 クリスが小屋に戻る前に戻らないと怪しまれちまう!

 急げ! 最大最速で小屋に戻るんだ!


 森を抜け、大地を蹴り上げ、夜を駆ける。

 〝縮地〟を使うにも生い茂る木々が邪魔で使えなかった。


 (〝旅駆〟で行くしかないかっ)


 俺は木々を避けながら、一直線に小屋へと向かう。


 ――ぽっ……。


 ……頬に水滴が落ちる。


 俺は不意に空を見上げる。次の瞬間――……。



 ――ザァーーーーーーーッ!



 ……雨が叩きつけるように降り注いだ。


 (何でこんなタイミングで通り雨が降るんだーーーッ!)


 雨のせいで服は肌に張り付き、ぬかるんだ地面に足を取られる。


 (忍の身体能力、嘗めんなよ!)


 先程よりも速度は落ちたが常人を超越した速度で山道を踏破する。

 しかし、そんな俺の前に――……。



 『グルァァァァァァァァァッ……!』



 ……巨大な熊が立ち塞がる。


 「……なっ」


 何でこのタイミングで熊が出てくるんだーーーッ!


 「畜生ッ、上等だーーーッ!」


 『グルァァァァァァァァァッ……!』


 ……そして、降り注ぐ雨の中、俺と巨大熊との殴り合いが始まった。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 「……どうしたんですか、そんなにずぶ濡れで」


 ……風呂から上がったクリスが俺の姿を見て目を丸くする。


 「しかも、着物もボロボロですし……何かあったのですか?」


 「……も……かった」


 「……?」


 「……何も……無かった」


 「いや、絶対何かあったやつですよね、それ!」


 「ドン!」


 「ドン、じゃなくてちゃんと説明してください!」


 クリスが風呂から戻るよりも早く帰ってこれたものの、雨に打たれ、巨大な熊と戦った痕跡を消すことは出来なかったのだ。


 「……わかった、話そうじゃないか……君が部屋を出た後、瓦屋に行っていたら雨が降りだし、偶然遭遇した熊と戦ったんだ」


 「ふざけてます?」


 「ふざけてない」


 主に熊と戦った辺りを疑われていた。


 「……まあ、いいでしょう。風呂が空きましたのでクロウも入ってください」


 クリスは半信半疑という感じであったが、俺がびしょ濡れということもあり入浴を勧める。


 「そうさせてもらおう」


 俺はクリスの厚意に甘え、天然の温泉へと向かう。

 温泉は小屋からそう離れていない場所に位置していた。


 「……やっぱり通り雨だったか」


 先程、俺をびしょ濡れにした雨は、木々を滴る雫と、濡れた地面を残して姿を消していた。


 「おー、これは中々悪くないな」


 俺は目の前に広がる天然の温泉に感嘆の声を漏らす。


 「イヤッフゥーーーッ!」


 直ぐ様、衣服を脱ぎ捨て、子供のように温泉に飛び込む。

 変化の術を解き、ありのままの姿で俺は身も心も解き放つ。


 「あーーーーーっ、いい湯だぁ」


 俺は温泉に浸かり、星空を見上げる。

 人に物を教えるのは意外に気力を使うようであった。


 (……今まで弟子を持ったことがないからな、クリスが弟子一号になるのか)


 初めての弟子、何だか感慨深いものがあった。

 俺は師匠から沢山のことを教わった。時にはぶん殴りたくなることもあったけど返しきれない程の恩があった。


 (……師への恩義は師ではなく弟子に返せ、だったかな)


 そして、その弟子は自分の弟子に尽くす……こうして技術と思いは繋がっていくのだ。


 (……師匠はどうしているのかな?)


 火賀家に仕えてからというもの、ほとんど里には帰っていなかった。


 「……」


 目を瞑れば、師匠との思い出が蘇る。


 ……毎日、掃除や料理を押し付けられた。


 ……狼にも食われそうになった。


 ……時には春画の素晴らしさを教わった。


 ……味噌とウ○コをすり替えられて、誤って食べてしまったこともあった。


 ……人妻好きであった為、俺のお袋と時々会っていたりもした。


 ……弟は俺と顔が似ていない。


 「……」


 ……いや、ちょっと待て。


 (俺の弟って、俺の弟ってまさか……いや、深く考えるのはやめよう)


 これ以上進めば、何か大切なものを失ってしまうような気がした。


 「さて、そろそろ上がるか」


 俺は縁に手を掛けて立ち上がる。



 「 すごーい! こんな所に温泉があったんだー! 」



 ……すぐ近くで女の声が聞こえた。


 「ねえ、すぐに入っちゃおうよ」


 「さんせー」


 足音と共に女の声が近づいてくる。


 「……」


 ――正しいことなんて俺にはわからなかった。


 何が正しくて、何が間違っているのかなんて誰にも決められなかった。


 正義は人が生み出したものであり、それは人にとって都合のいい綺麗事でしかない。


 正しさとは正しく生きようとすればする程に歪み、排他的になるのだ。


 ……俺には何が正しいのかなんてわからない。


 それでもやりたいことはあった。


 せめて後悔の無いように生きようと思った。



 だから――……。


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