第126話 『 隠れた才能 』
……クロウとの修行で最初にしたことは、魔力を使い切ることからであった。
「君達は普段から魔力を使うことに慣れているが、忍術で使うのは魔力ではなく〝氣〟だ」
――〝氣〟。
クロウ曰く、全ての忍術のエネルギーにあたるものらしい。
「だから、まずは魔力を空にしてもらう。魔力があると〝氣〟ではなく魔力に頼ろうとする恐れがあるからな」
忍術と〝氣〟、魔力操作と魔力……この二つの関係は近い。しかし、〝氣〟と魔力の性質には大きな違いがある。
魔力は大気中にある魔素を皮膚や気道から体内へ摂取し、魔力に変換して〝飛脚〟・〝風刃〟・〝魔装脈〟等を発動するのだ。
一方で、〝氣〟は日々食している血肉から摂取・蓄積し、そこから消費することで忍術を発動しているのだ。
……体外のエネルギーを使う魔術と体内のエネルギーを使う忍術、それがこの二つの大きな違いであった。
「はい、もう終わってます」
クロウに言われた通り、私は体内の魔力を空にする。
無論、魔力を空にしても空気中に魔素がある限り本人の意思とは無関係に魔素を吸収してしまうのだが、人より魔素の吸収速度の遅いお陰でしばらく無魔力状態を維持することが出来た。
「魔力が回復しない内に修行を始める――まずは体内にある〝氣〟を見つけろ」
「……〝氣〟を見つける?」
……いきなりそんなことを言われてもわかる筈がなかった。
「目を瞑れ」
私は言われた通り目を瞑る。
「二回深呼吸をして、肩の力を抜け」
「……」
……すぅー、ふぅー、すぅー、ふぅー、私は二回深呼吸をする。
「意識を腹に手や足に集中しろ、そこにある〝力〟を見つけろ――それが〝氣〟だ」
「……」
――真っ暗であった。
この世界には私しか居なかった。他には何も無かった。
……潜れ。
もっと深く。
深海のその先へ。
深 心 神 威
――潜れ……!
「……」
もう何も聞こえなかった。
もう何も感じなかった。
「……」
身体が思考と同化する。
体外への知覚を完全に遮断し、知覚を全てを体内へ向ける。
(……掌握)
体内を巡る血液の流れ。
細胞の破壊と再生。
その一つ一つが手に取るように掌握った。
「……」
――揺らぎ。
……手足を巡る〝熱〟を捉える。
それは血液でも酸素でもない、正体不明の〝熱〟であった。
掌 握
……私はゆっくりと閉じた瞼を開く。
「……………………見つけました」
「……えっ、もう見つけたの?」
私の言葉にクロウが疑いの眼差しを向ける。
「テッ、テキトーなことを言ってないのか?」
「言ってません……それでこの後はどうすればいいんですか?」
「それなら次はそれを腹に集めて、練り上げ、十分に練り上げたならば右手に集中させろ」
「了解――……」
クロウは疑惑を隠さずに次の指示をする。
私は再び瞼を閉じ、〝深心神威〟を発動する。
(……〝氣〟を腹に集める)
〝熱〟を帯びた揺らぎは手足から腹部に動かす。〝魔装脈〟を一点に集中させる感覚に近かったので難しくなかった。
(……集めた〝氣〟を練り上げる)
これも魔素を練り上げ、魔力へ変換する感覚に近かったので難しくなかった。
(十分に練り上げた〝氣〟を右手へ――……)
これも簡単だった。
見つけてしまえば魔力操作とほぼ変わらなかった。
「――出来た」
――ゴッッッッッッッッッッ……! 右手が見えない力場に包まれる。
「……マジで」
クロウが冷や汗を垂らす。
「ファントム、〝これ〟どうすればいいですか?」
「あー、取り敢えず滝にでも飛ばしてみろ」
「了解」
私は滝に右手をかざし、凝縮したエネルギーをいっきに開放する。
――轟ッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……! 衝撃で滝が弾け飛び、水飛沫が飛散した。
「……」
「……」
「……」
「……クロウ、これは成功でしょうか?」
雨のように降り注ぐ水飛沫が私とクロウを濡らす。
「……………………ほっ」
「……ほ?」
「ほええぇー……」
……クロウは白目を剥いて、訳のわからない声を漏らした。