第124話 『 人気の無い山小屋、忍者と騎士、何も起こらない筈はなく……。 』
――刃が空を裂き、その剣風が木々に傷をつける。
「……297回っ」
……足りない。
「……298回っ」
……これでは足りない。
「……299回っ」
刃を振るう度に風が凪ぎ、木々を刻んでは揺らす。
木漏れ日の射す山奥に剣を振るう音がこだまする。
「……300回っ」
私は剣を振るう腕を降ろし、枝に掛けておいたタオルを掴み、汗を拭う。
「…………クソッ」
……これではフェリスの剣には敵わない。
私が剛の剣であればフェリスは柔の剣。力押しではフェリスに勝つことは出来ないのだ。
ロイス流剣術の最高傑作にして、やがて全ての剣士の頂点に立ち得る鬼才――それがフェリス=ロイスだ。
そもそも家にいた頃からフェリスに敵わず、居場所を失った私は近衛騎士団に転がり込んだのだ。
――格上。
……悔しいが認めざるを得ない事実であった。
(しかし、今度ばかりは負けたままではいられないな)
騎士団長の座を奪われてしまえばペルシャ様の傍には居られない。
無論、騎士団長でなくてもペルシャ様を守ることは出来る。
しかし、傍に居なければ本当に大事な局面では無力だ。
だからこそ、騎士団長の名が必要であった。
(それに――……)
――約束だよ、クリスちゃん!
……約束したのだ。
一番近くで守ると、ずっと一緒にいると約束したのだ。
子供同士の他愛の無い口約束、しかし、私にとっては何よりも重い契りであった。
「……休み過ぎたな」
休憩は大事であるが、今の私には一分一秒が惜しい。
私は再び剣を握り、今度は激しく水飛沫を跳ねさせる滝と向き合う。
滝壺の透明な水面には私の姿が映る。水面に映るそれがフェリスの面影と重なる。
「……フェリス、何故お前は私から奪う」
家での居場所。
ペルシャ様の隣。
……私はフェリスから奪われたばかりであった。
駄目だ。
弱気になってしまう。
「……頼むから……奪わないでくれ……もう嫌なのだ、失うのはっ」
「 らしくないな、クリス=ロイスッ……! 」
――静かな森に男の声がこだまする。
「――この声は!?」
私は高い木のてっぺんに立つ男を見上げる。
「我が名はレイブン=クロウ! 迷いし者に道を示す者なり!」
「レイブン=クロウ!?」
その男は漆黒の着物を身に纏い、漆黒のマントをなびかせ、鴉を模した仮面で素顔を隠していた。
「とぅっ!」
クロウは躊躇いもなくてっぺんから飛び降り、私の前に着地する。
「行く道を悩んでいるようだな、君が求めるのであれば道を示してやろう!」
「……えっ? えっ?」
不審者からの唐突な申し出に私は戸惑うしかなかった。
「フェリス=ロイスに勝ちたいのであろう! ならば俺に付いてこい、そうすれば勝たせてやる――あの〝鬼才〟のフェリスにな!」
「――っ!?」
よくわからないがこの男は私の事情を知っているようであった。
「何を悩む必要がある! 勝ちたくないのか、フェリス=ロイスに!」
「……いや、だって怪しいし」
「……」
私の言葉にクロウは沈黙する。
「……くくっ、ならば仕方ない、力を示そうではないか!」
クロウはそう言うと刀を握り、滝と向き合った。
「せいっ!」
彼は掛け声と共に刃を降り下ろす。
「……何を?」
「その目に焼き付けるがいい……!」
私はクロウが言うように、彼の視線の先を追う。
「――なっ!?」
そして、驚愕する。
……一刀両断。滝壺も、滝も、真っ二つに裂かれていた。
「ふっ、はっはっはっ! まあ、この程度の神業、俺からすれば児戯に過ぎないがな!」
クロウは笑う。
――ブシャーーーッ! 同時、彼の腕から鮮血が飛び散る。
「ええぇーーーッ! 大丈夫かッ!」
「しっ、心配など必要ない! すぐに治るっ!」
「すぐに治るのっ!?」
「 もう治った 」
「早っ!?」
彼の言葉通り、掲げた腕から流れていた鮮血は止まっていた。
「……というかその刀、真紅の刀身……〝鬼紅一文字〟」
「ギクゥッ!」
私の疑いの眼差しに、クロウは肩を跳ねさせる。
「 貴様――伊墨甲平か? 」
「違う」
「いや、伊墨甲平だろ!」
「断じて違う」
クロウは断固として認めない。
「しかし、その刀! 間違いなく、伊墨の〝鬼紅一文字〟だろ!」
「だっ、だだだっ、断じて違うっ」
「声が震えているじゃないかっ!」
「ならば見せてやろう! 俺の真の姿をなっ……!」
クロウは仮面に手を掛け、私の方を振り向く。
「刮目せよ! 俺こそが千の技を極めし天才忍者!」
そして、明かされる仮面の中身。
……渋格好いいイケオジであった。
「俺の名はレイブン=クロウ! 我が弟子、伊墨甲平は俺が育てた!」
「伊墨の師匠だとっ!?」
……何やかんやあって、私はクロウに弟子入りすることになった。