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 第123話 『 負け犬、去る。帰ってくる期日は未定です。 』



 「……クリスが負けた?」



 ……信じられないが目の前の光景は紛れもない現実であった。


 「それでは姉上、推薦状の件、快諾してくだされますよね」

 「……っ」


 フェリスに見下ろされ、クリスは悔しそうに俯く。


 「……セシルさん、俺が見ていない間に何があったんですか?」

 「何もおかしなことはありませんでしたよ」


 俺の質問にセシルさんが淡々と答える。


 「フェリス様はクリス様の技を全て正面から捌き、その上でクリス様の制圧いたしましました」

 「純粋な実力でクリスが負けたんですか?」

 「はい」


 ――クリス=ロイスは強い。


 何せ、ベルゼブブ家、第六位――ギル=ベルゼブブを単騎で撃破したのだ。弱い筈がなかった。

 しかし、負けた。正々堂々、一対一の決闘で負けたのだ。それはここにいる皆が証人であった。


 「……わかった、今日中に推薦状を提出する」

 「ありがとうございます、姉上」


 フェリスは優雅に踵反し、訓練場から立ち去る。


 「……」


 クリスはその場から動かず沈黙していた。


 「……クリス」


 「何も言わないでくれ」


 声を掛けるも静かに拒否され、俺は沈黙を強いられる。


 「ペルシャ様」


 クリスはペルシャの前に立つ。


 「申し訳ございません、私の力不足でした」

 「……クリスちゃん」


 クリスはペルシャに対して深く頭を下げる。


 「フェリスの推薦状は準備します、ですので暫しの休暇を戴いてもよろしいでしょうか」


 「うん、いいよ」


 クリスの頼みにペルシャは二つ返事で頷く。


 「ありがとうございます」


 クリスはそれだけ言って訓練場から立ち去った。


 「いいのかよ、ペルシャ」


 クリスが居なくなり、野次馬も解散し、訓練場には俺とペルシャとセシルさんだけが残っていた。


 「クリスが騎士団長じゃなくなっちまうかもしれないんだぞっ」

 「……」


 クリスはペルシャを守る為に、汗水流して、歯を食いしばって、騎士団長にまでなったのだ。

 しかし、このままではフェリスが騎士団長になってしまうのかもしれなかった。


 「ペルシャはそれでいいのかよっ」


 「うん、いいよ」


 ――俺の問い掛けにペルシャは迷いなく頷いた。


 「クリスちゃんが騎士団長を降りても、騎士団を辞めても、クリスちゃんはわたしの幼馴染みだからそれでもいいんだ」


 ペルシャの口調は優しかったが、簡単に揺らがない意志の強さが窺えた。


 「……それに、わたしは怖かったんだ」


 ……怖かった?



 「 クロエさんが死んだとき 」



 ――ペルシャの口から溢れた名前に俺は息を呑む。


 「わたしの為に戦うってことは、わたしの為に死ぬ可能性があるってこと……それをクロエさんの死から改めて知らしめられたんだ」


 クロエさんも強かった。セシルさんに〝王下十二臣〟の中でも最も多対一に優れていたと太鼓判を押される程の逸材であった。

 それでも一月前に死んだ。第一位、ゼロ=ベルゼブブに殺されたのだ。

 この世界には強者が溢れている。強者が弱者を蹂躙して、更なる強者が強者を喰らうような世界であった。


 「わたし、クリスちゃんが大好き。小さい頃から親友で、わたしがピンチなときにいつも駆けつけてくれるクリスちゃんが大好きなんだよ」


 俺と姫の関係に近いのかもしれないと思った。


 「大好きだから、大好きだからこそ前線から離れて欲しかったの」

 「……」


 ペルシャの滅茶苦茶な行動の中には真摯な思いがあったのだ。

 大好きが故に命を懸けるクリスと大好きが故に危険に晒したくないペルシャ。どちらも間違いではなく、どちらも互いを想い合っていた。

 固い絆。そんな中に俺が入り込む隙間なんてなかった。


 「……話はわかった」


 この件はペルシャとクリスとの問題で、俺が口を挟むのは空気が読めていないであろう。



 「 じゃあ、俺もしばらく休むわ 」



 ……そう、俺は日の本一空気の読めない忍者であった。


 「……………………えっ?」


 俺の言葉にペルシャがすっとんきょうな声を漏らす。


 「期間は未定だが、休みが明けたらその分働くから」

 「えっ? えっ?」


 テキパキ話を進める俺にペルシャがあわあわと戸惑う。


 「待ってっ……もしかして、クリスちゃんの所に行くの」

 「…………まあな」


 俺は素直に首を縦に振る。


 「……放っておけないんだ」


 ――俺とクリスは似ていた。


 落ちこぼれだし、頑固だし、命を捨てでも守り抜きたい主君がいる。


 「ペルシャの考えもわかるし、間違っていないと思う」


 クリスはどう説得したってペルシャの為に命を懸けるだろう。だから、戦場から距離を置かせるのはクリスの命を守る為に最善の判断だと思う。


 「それでも、俺は〝あっち側〟だから……クリスの方に肩入れしたいんだ」


 クリスにペルシャがいるように、俺にも姫がいた。


 「勝手だよ、騎士団長になったせいで死ぬ可能性だってあるんだよ」


 「そうだ、これは身勝手な話なんだ」


 クリスだって鈍感じゃない、ペルシャの気持ちにだって気づいている筈であろう。

 それでもクリスは今日まで騎士団長であり続けた。

 そこにはクリスのエゴがあったからだ。


 「お前を泣かせてでも、守れなかったときの後悔をしたくないっていう、クリスの意地だ」


 「――」


 クリスが鈍感じゃないようにペルシャだって馬鹿じゃない。

 ペルシャもクリスの気持ちを理解していたのだ。

 それでもクリスを失いたくないという道を選択したのだ。


 (……本当にお前ら二人はお人好しな良い奴らだよ)


 だから、俺も動いたのだ、この面倒臭がり屋で、自己中な俺がだ。


 「…………わかった、無期限の休養を認めるよ」


 ペルシャは俯き、唇を噛み締める。


 「ありがとな、ペルシャ」


 俺は荷物の準備をするべく、訓練場から立ち去る。


 「……甲平くん」


 しかし、ペルシャに呼び止められる。


 「凄く勝手な話なんだけどね、もし、甲平くん手助けのお陰でクリスちゃんが騎士団長に戻って、そのせいでクリスちゃんが死んじゃったら」


 ペルシャの声は微かに震えていた、振り絞るように言葉を紡ぐ。


 「わたしは甲平くんを恨むかもしれない」


 (……恨むか)


 俺はおかしくて内心笑ってしまう。


 「恨んでも構わないぜ……まっ、クリスの死を誰かに八つ当たりするような奴には見えないけどな、俺には」

 「……っ」


 ペルシャは優しい。クリスが死んで自分を責めても、誰かを責めるような奴ではなかった。


 「じゃ、行くから」

 「……うん」


 俺が訓練場から出ると既にセシルさんが出迎えてくれた。


 「こちら甲くんの荷物と当分の生活費です、時間がありましたので作っておきました」

 「……」


 ……仕事早すぎない?


 「一応、不足が無いか確認してくださいね」

 「いや、マジでありがたいです」


 俺はセシルさんに言われた通りに鞄の中身を確認する。


 「うわぁっ、弁当や洗面具も入ってる。それに…………塗り薬?」


 とろみのある透明な液体が入った瓶も入っていた。


 「それは塗り薬ではありませんよ」


 「じゃあ」



 「 避妊薬配合のローションです♡ 」



 「……」


 「使用するときは性器に直接塗って使ってくださいね」


 「……」



 ……何かいい話っぽかったのに、最後の最後で台無しであった。


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