第122話 『 〝鬼才〟フェリス=ロイス 』
「フェリス、お前と立ち合うのは久し振りだな」
「五年振りですよ、懐かしいですね」
……訓練場にクリスとフェリスが対峙する。
「いやあ、どちらが勝つか予想がつきませんね、解説のアスモデウスさん」
「そうですねー、これは熱い試合が期待できそうですね、解説の伊墨さん」
……何故か、俺とセシルさんは解説席に座らせられていた。
「……何でこんなことに」
「まあまあ、お嬢様の命ですから仕方ありませんよ」
「……はあ、そうですか」
セシルさんに宥められ、俺は渋々解説役を務めることにした。
「レディース&ジェントルメーン! 本日は私こと伊墨甲平とメイド長のセシル=アスモデウスが解説させていただきまーす! 皆さん、盛大に盛り上がっていきまSHOW!」
「……ノリノリじゃないですか」
まあ、決まったことだし……。
「それでは選手の紹介をしまぁーす!」
俺はクリスの方へ手を差し出す。
「ひーがーしー、ペルセウス王国近衛騎士団団長ッ! 我等が騎士団長ッ! クリス=ロイスーーーッ!!」
クリスはいつも通りの銀の鎧を纏っていた……黒ビキニを期待していた俺を含む男性陣から溜め息が漏れる。
「にーしー、ロイス流剣術免許皆伝ッ! 無茶、無謀、命知らずな挑戦者ッ! フェリス=ロイスーーーッ!!」
俺の紹介にフェリスが可憐に手を振って応える。
「それでは役者は揃いました! 皆様、お手洗いは済ませましたか? 写真の準備、心の準備は宜しいですか? それでは歴史的瞬間を見届けようではありませんか!」
『うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!』
『クリス! クリス! 負けるな! クリス!』
『フェリスちゃんも頑張れよーッ!』
色めき立つ外野……中々ノリがいいじゃねェか。
「それではクリス=ロイスVSフェリス=ロイス! Ready――……」
クリスが刃を構える。
フェリスが悠然と立つ。
「 Fightッ!!! 」
――ドッッッッッッッ……! クリスが爆発的加速で一挙に間合いを制圧する。
(――速攻! クリスの奴、やる気満々じゃねェか!)
「 ロイス流剣術、陸の型 」
「 ロイス流剣術、捌の型 」
クリスはそのまま突進し、フェリスは依然として悠然と佇む。
雷 閃
神速の刃が開放される。
フェリスが初めて動き出す。
二人の影が交差する。
凪
――フェリスが天高く打ち上げられた。
(直撃! いや、違う!)
フェリスは空中で一回転して、地面に綺麗に着地する。
「……見切って捌いたのか、あの抜刀をっ」
「――♪」
神業を成し遂げたフェリスは優雅に笑う。
「相変わらず荒々しい剣ですね、姉上」
「相手を嘗めきった態度、五年前と変わらないな」
姉妹二人、いや戦士二人の視線が火花を散らす。
間違いなく二人は強者で、これから高次元の戦いが始まるに違いなかった。
しかし、既に別の戦いも始まっていたのだ。
「……セシルさん」
俺は小声でセシルさんに声を掛ける。
「甲くん、どうかされましたか?」
真剣な表情の俺にセシルさんが真剣な声色で返す。
「 う○ち、行ってきていいですか? 」
……俺のお腹からきゅるるるぅと可愛らしい音が鳴る。
「えぇー、今ですかー」
「すみません、腹が限界って言っているんです」
俺は腹から声を出す。
『ボク、小腸! モウ我慢デキナイヨー』
「何故に腹話術!?」
これが本当の腹話術ですよ、なんちゃって……って、冗談なしでお腹ヤバい!
「わかりました、解説は私に任せて済ませてきてください」
『アリガトウ! セシルオネエチャン!』
「結構余裕ありませんか!?」
いや、本当に余裕はない。余裕はないけどふざけてしまっているだけである。
しかし、セシルさんからの許しは得たので、俺はトイレに向かう。
「それじゃあ、失礼しまーす」
「お気をつけてー」
……セシルさんに見送られながら俺はトイレへ向かうのであった。
……………………。
…………。
……。
――二十分後。
「お待たせしました」
「あら、随分と時間が掛かったのですね」
二十分程時間を空けて俺は解説席に戻る。
「すみません、風呂場と洗濯室にも行ってたら時間が掛かってしまいました」
「何故に風呂場と洗濯室っ!?」
……間に合わなかったので。
「そんなことより試合はどうなったんですか?」
「それですが――……」
俺とセシルさんは訓練場の方へと視線を集める。
「 勝負ありですね――姉上 」
悠然と立つフェリス。
「……………………えっ?」
……そんなフェリスに見下ろされるように膝をつくクリスがそこにいた。
「この勝負」
地面に転がるクリスの大剣。
クリスを額の前で止められているフェリスの刃の切っ先。
「 拙の勝ちです♪ 」
……クリスが負けたのだ。