第120話 『 団長交代!? 』
……ペルセウス王国に夏が来た。
「……暑いぃーーー」
ペルシャがグランドピアノに伏せて、口からエクトプラズマを吐き出す。
「もう、お嬢様。お行儀悪いですよ」
セシルさんがペルシャをたしなめる。
「だってー、暑いんだもーん」
「そんなことを言ってもお稽古は手を抜きませんよ♡」
「セシルさんがスパルタだよぅ」
ちなみに、ペルシャのピアノの指導はセシルさんがしていた……この人何でも出来るな。
「むぅー……………………あっ!」
ピコーンと、ペルシャの頭上に閃きが灯る。
「 今日から水着で生活しよう! 」
「……えっ?」
「……はっ?」
ペルシャの唐突なアイデアに、俺とセシルさんはすっとんきょうな声を漏らした。
……………………。
…………。
……。
「 最高じゃないか、クールビズ 」
……俺は窓から王宮中を見渡し、そんな感想を呟いた。
右を見ても水着美女。
左を見ても水着美女。
正面にはV字水着のファルス。
……まさに極楽浄土であった。
「タツタくんは水着ぐらい着なよ」
堂々と腕を組む俺にペルシャが注意する。
「いや、着ているぞ?」
「えっ、でもそのモザイクは?」
……俺の股関周りはモザイクに覆われていた。
「最近流行のモザイクカラーの水着だ」
「……紛らわしいね」
どうやら、ペルシャには不評のようであった。
「そういうペルシャは――うっ」
「どっ、どうしたの、甲平くんっ!?」
ペルシャの姿を直視した俺は突如前屈し、しゃがみこんだ。
「いや、別に大したことないから」
……正直、勃起した。
とは、言えなかった。というか、この水着サイズ合ってなくない? 滅茶苦茶キツいんだけど。
「具合でも悪いの! セシルさん、甲平くんが大変なの!」
ペルシャに呼ばれ、セシルさんが駆け付ける。
「どうかされましたか、甲くん!」
……そこには黒の生地に白のレースを添えたビキニinメイドのセシルさんがいた。
「――アイタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッ!」
俺は股間を押さえながら床を転がった。
「「大丈夫 (ですか)!」」
「だっ、だただ大丈夫だっ!」
「「全然大丈夫そうじゃないっ!」」
クソッ! 鎮まれ! 俺の熱い情熱よ!
――甲平、今日のおかずは甲平の好きな里芋の煮っころがしよー
……脳裏を過るのは鍋に向かい合うお袋の姿であった。
「……よしっ! 落ち着いてきたぞっ!」
俺は気合いで相棒の縮小化に成功する。
「甲平くん、大丈夫?」
「甲くん、大丈夫ですか?」
心配そうに上目遣いでこちらを見るペルシャとセシルさん。
――勃起。
「アイタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッッッ……!」
……俺は再び股間を押さえて、床の上をのたうち回るのであった。
「……ふう、スッキリした」
俺は晴々とした表情でトイレから出る。
手段は言えないが劣情を発散した俺は軽い足取りで廊下を歩く。
「イカ臭っ! 誰だよ、トイレ流さなかった奴っ!」
トイレからラビの怒声が響き渡る……気持ち良くなって流し忘れていた。
トイレのことは水に流し(トイレだけに)、俺は再びペルシャの下へと戻ろうとする。
(今日の俺の仕事はペルシャの護衛だが、はたして必要あるのだろうか?)
ペルシャは現在、セシルさんからピアノを習っているのだ。
(……セシルさんが居るのに俺が居る必要があるのか?)
セシルさんと手合わせをしたことはないが、その実力の高さに関しては確信を持てた。
「…………サボるか」
というより見に行きたかったのだ、王宮中の美女の水着姿を……!
「――♪」
俺はペルシャの部屋の反対方向へスキップで進んでいった。
……………………。
…………。
……。
「……ソフィアさんの水着修道服に姫の胸元を装飾で誤魔化した水着。キャンディのロリ巨乳子供水着……実に素晴らしかった」
……俺はぐへへと笑いながら女性陣の水着姿を観賞していた。
「よぅし! 次はどの娘を視姦しようかねぇ~!」
『……』
にやけ面で廊下を闊歩する俺に擦れ違うメイド達が冷ややかな視線を注ぐ。
「 駄目だよ、伊墨くん♡ 」
「――っ」
後ろからファルスの声が聞こえ、俺は咄嗟に振り向く。
「……あれ? いない?」
しかし、そこには誰も見当たらなかった。
「ふふっ、戸惑っている顔も可愛いね」
「下かっ!」
ファルスはしゃがみ込み、俺の水着に手を掛けていた。
「これはいただくよ」
「何っ!」
――ファルスによってモザイクカラーの海パンは容易く下ろされ、奪われてしまう。
……ボロンッ、当然水着を失った俺は新たなモザイクを展開することになってしまう。
メイド達から悲鳴が響き渡る。
「返しやがれっ!」
「ふふふっ、焦った顔も可愛いじゃないか」
何の目的があって俺の水着を奪ったのかはわからないが、水着を奪われて黙って見逃す訳にはいかなかった。
「ふふふっじゃねェ! すぐにそれを俺に寄越しやがれ!」
俺はファルスを追い掛けるも奴は軽やかなステップで回避する。
「クソッ、無駄に運動神経いいな!」
俺は股間を隠しながら追い掛けているので、後一歩届かない。
「そもそも何で俺の水着を取るんだよ! 意味わかんねェよ!」
「捕まえられたら教えてあげるよ♪」
上等だ! だったら手段は選ばねェぞ!
縮 地
「――っ!」
――俺は一瞬でファルスとの間合いを制圧する。
「捕まえたぜっ!」
ファルスが何かするよりも速く、俺はファルスを押し倒し、床に押し付ける。
「さて、教えてもらおうか」
「やはり、君は素晴らしい。このスピード、この力、やはり一晩でベルゼブブ小隊を落とした実力は伊達ではないね」
「そんなことはどうでもいい、教えてもらおうか――俺の水着を奪った理由をなっ……!」
「こうやって君と見つめ合っていると思い出すよ――故郷のアリエステルの丘を……そう、確か僕の故郷は東の」
「そういうのいいから! こっちはさっきから股間が心もとないんだけどっ!」
……ファルス=レイヴンハート、隙あらば話を脱線させようとする男。
「 見たかった 」
「……えっ?」
観念したファルスが吟うように呟く。
「許されるなら触りたかったよ、君の隠されたそれをね」
「……それだけ?」
「うん」
「……」
ただの変態じゃねェか……いや、知ってたけど。
「……ファルス、殴っていいか」
「構わない、君が相手なら拒む理由など在りはしないよ」
いや、だから何で無駄に覚悟決まってんだよ。
「……お前には前回助けられたな」
「感謝の必要はないよ、僕が勝手にやったことだからね」
しかし、ファルスには姫を奪還するときに助けてもらった恩があった。
「お前がいなかったら姫を助けることが出来なかっただろう」
「ふふっ、どうかな?」
本当に感謝をしてもしきれない程の借りがあるのだ。
「それはそれとして殴るぜ。容赦なくな」
「ふふっ、君らしい答えだね」
……俺はファルスをタコ殴りにして、水着も奪い取った。
……………………。
…………。
……。
「……やっと水着を取り返せたぜ」
……モザイクカラーの海パンを履いた俺は安堵の息を溢す。
「…………おっ、あれは」
訓練場で素振りをしている女を見つけた俺はその女に駆け寄る。
「クリスじゃないか、今日も鍛練かよ」
素振りをしていたのはクリスであり、他の使用人と同様に水着姿であった。
(……ほほう、黒ビキニですか)
俺はまじまじとクリスの水着姿を観賞する。
(引き締まった身体に、汗ばんだ肌に、黒ビキニ……中々そそるじゃないか)
「……あまりこちらを見るな、この痴れ者め」
「いや、見てない」
「滅茶苦茶ガン見しているじゃないかっ」
「みみみみみっ、見る訳ないだろっ、お前の水着姿なんかっ!」
「動揺し過ぎだ!」
俺はポーカーフェイスで誤魔化しきる。
「誤魔化せてない!」
……誤魔化せてなかったようである。
「まあ、いいや。暇なら鍛練の相手になってもいいぞ」
とにかく話題を逸らしたかった俺は別の話題を振る。
「そう言って、どさくさに紛れて変な所を触ろうとか企んでいるんだろ」
「……」
「何か言えっ!」
「……(ニコ」
「無言で笑うなっ!」
……怒ってばかりなクリスである。牛乳が足りていないのかもしれない。
「まあ、確かに一人で鍛練していても効率的ではないからな、手合わせをしようじゃないか」
「いいぜ、望むところだ!」
俺はクリスと対峙し、刃を構える。
「……ふん、貴様と立ち合うのは久し振りだな」
クリスも刃を構える。
「…………って」
しかし、クリスはすぐに俺から目を背ける。
「 何故、貴様はこの場面で勃起させているのだっ! 」
クリスが俺の股間を指差して怒鳴りつけた。
「ふふっ、まさしく二刀流ってな」
「喧しい! てか、やっぱりいかがわしいことを考えているではないか!」
「違う、考えてない」
「どの口が言うっ!」
確かにクリスの言っていることは正しい。
俺はクリスの黒ビキニ姿に劣情を抱き、稽古のどさくさに紛れて胸やら尻を触ろうとした。
ああ、そうさ。確かに俺はクリスにいかがわしいことをしようとした。
ちょっとだけな!
そう、ちょっとだけ! ちょっとだけなら悪くない筈である!
「いいからヤろうぜ!」
「いや、やっぱりやめよう。何か嫌な予感がする」
「……」
クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ……!
世の中思い通りにならないものだがこうも上手くいかないとはな……やれやれ世知辛いね。
「何か飽きたし帰るわー、鍛練頑張れよー(鼻ほじー」
「シラけ方が露骨過ぎる!」
触れないおっ○いには見る価値しかない。ならば触れるおっ○いを探しに行くしかなかった。
しかし、クリス以上のおっ○いとなるとセシルさんやペルシャか……結局、最初の場所に戻るようである。
「……あれ?」
……何故か俺の前にクリスがいた。
「さっき別れたんじゃ」
振り向くと黒ビキニのクリスがいた。
「……クリスが……二人いる?」
後ろには黒ビキニのクリス、前には鎧を纏ったクリスがいた。
訳がわからなかった……まさか、クリスも影分身を使えたのか?
「――フェリス! 何故、ここに!」
黒ビキニのクリスが鎧のクリスを見て驚愕する。
「久し振りですね、姉上」
鎧のクリスは丁寧にお辞儀をする……よく見たら髪も短くクリスとは別人であった。
……てか、姉上?
「……えっと、クリスの妹?」
「はい、拙はフェリス=ロイス。クリス=ロイスの実妹にして、ロイス流剣術免許皆伝」
フェリスはクリスがしないような柔らかな笑みを浮かべ、クリスと対峙する。
「 此れより、近衛騎士団団長の座を戴きに参りました 」
……はっ?
戴く?
騎士団長の名を?
「 よしなに♪ 」
それは春の花のよう穏やかで、
春の蝶の軽やかな、
……宣戦布告であった。