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 第119話 『 拝啓、親愛なるあなたへ 』



 「……遺書?」


 「ああ、昨日クロエさんの部屋を整理して出てきたものだよ」


 お兄ちゃんがわたしに便箋を渡す。

 わたしは便箋を受け取り、丁重に開く。


 ……便箋から三枚の羊皮紙が出てきた。


 その羊皮紙には沢山の文字が書かれていて、間違いなくクロエの文字であった。


 「……」


 わたしは無言で遺書に目を通す。




 キャンディ様へ。



 貴女がこの手紙を読まれているということは、私は何処かの戦場で朽ち果てているものだと思います。


 まず最初に、幼き貴女を遺していなくなることを心よりお詫び申し上げます。


 恐縮ですが少しだけ自分の話をさせていただきます。

 私はメイドになる以前、軍に従事しておりました。しかし、そこで私は自分を見失ってしまいました。

 何の為に生き、何の為に殺すのかを見失ってしまった私は戦場から逃げ、ドルトナート伯爵の使用人となりました。

 使用人になって暫くした後も、私は生きる理由を見つけられませんでした。


 そんな私はキャンディ様、貴女と出逢いました。


 信じていた両親に売られ、孤独に生きる貴女に、失礼ながら私は憐憫の情を抱きました。

 同時に私はこの幼くも気高い心を持つ少女を守りたいと思いました。

 この笑わない少女に笑顔を取り戻したい、それが私の目標でした。


 私は貴女から生きる意味と理由を貰いました。


 貴女と出逢い、貴女の為に生きる、それだけで私は自分自身の存在意義を見出だすことが出来ました。


 最近、キャンディ様は良く笑うようになりました。


 悔しいですが伊墨さんと出逢って、貴女は良く笑うようになりました。

 私は笑う貴女を見るとそれだけで胸が一杯になります。

 以前、海に行かれたときも、年相応に笑う貴女を見れて私は本当に嬉しく思いました。

 そして、これから沢山の笑顔を見れると思うと心を弾ませずにはいられませんでした。


 ですが、たった一つだけ後悔していることもあります。それは私に勇気が足りなかったことです。


 もっと早く貴女の心に踏み込めば良かった。


 もっと早く貴女に笑顔を届けることが出来たら良かった。


 もっと早く貴女と沢山の楽しい思い出を作れたら良かった。


 それだけが心残りでした。


 私は貴女から生きる意味を貰いました。


 貴女は私の誇りです。


 戦場に生きる私は、いつか貴女の側を離れるときが訪れるでしょう。


 そのときはどうか泣かないでください。


 私は無邪気に笑う貴女を心よりお慕いしております。


 そして、お願いします。


 どうか幸せになってください。


 ただ一つ、それだけがキャンディ様へのお願い事でございます。



 クロエ=マリオネットより。




 「……………………クロエ」


 ……遺書を読み終えた私は静かにその名を呟いた。


 「……キャンディ?」


 その場から一歩も動かないわたしに、お兄ちゃんが心配するように顔を覗かせた。


 「……大丈夫……お手紙ありがとうなの」


 わたしは遺書を胸に、お兄ちゃんに頭を下げる。


 「……お兄ちゃん」

 「何だ?」


 名前を呼ぶわたしにお兄ちゃんが優しげに言葉を返す。



 「……ぎゅってして欲しいの」



 「ああ、いいよ」


 お兄ちゃんは二つ返事で頷き、わたしの小さな身体を抱き締めてくれた。


 「……ぅっ……お兄ちゃん……クロエが泣かないでって……言ってたの」


 「うん」


 「……うっ……だけど、今は……泣いても……いい?」


 「いいよ、俺しかいないから黙っててやる」


 ……それからわたしは沢山泣いた。


 ……お兄ちゃんが来る前も沢山泣いたくせに、今までで一番泣いた。


 ――クロエは死んだ。


 ……もう二度と会えなかった。


 ――だけど、


 ――それでも、


 クロエとの思い出も、クロエの大好きって気持ちもわたしの胸の中に残っていた。



 ……そう、クロエ=マリオネットはわたしの心の中で、今も生きているのだ。







 「……」


 「……寝ちまったな」


 ……キャンディは泣き疲れて寝落ちしてしまっていた。


 「よっぽど溜め込んでいたんだな」


 俺はキャンディをベッドの上に運び、毛布を掛ける。


 「……クロエさん、俺やれましたかね」


 ――クロエさんは王宮にいる皆へ遺書を書いていた。


 無論、俺もクロエさんから貰っていた。

 そして、それには短く、こう書かれていた――……。



 ――キャンディ様をよろしくお願いします。



 (……俺、頑張ります)


 俺は馬鹿だし、無能だし、甲斐性なしだけど、出来ることはしてあげたかった。


 (……あなたが必死に守ってきたこの小さな命、俺があなたに代わって守ります)


 ……だから、


 「今は高い所から信じて見守っていてください」


 俺はキャンディを起こさないよう静かに部屋を出る。


 「……ラビ、来てたのか?」


 「アホ、偶々、通り掛かっただけだよ」


 ……部屋を出るとラビが扉の横でもたれ掛かっていた。


 「妹の護衛はどうしたよ?」

 「ロキに代わってもらった」

 「……そうか」


 ラビはいつも通りのしかめっ面であった。


 「……俺さ、隊長と軍にいた頃からの付き合いなんだ」

 「……」


 訊いてもいないのに話し始める。


 「隊長は俺の上司で、死ぬ程こき使われたんだ……だから、大嫌いだったよ」


 ――大嫌い。その横顔からはとてもそんな感情は見えなかった。


 「……そう、大嫌いだったんだ」

 「――ラビ」


 俺はラビの話を止める。


 「……何だよ」


 「煙草、貸してくれねェか?」


 「お前、煙草吸わねェだろ」


 ラビの言う通り、俺は煙草を吸わない。純粋に好きじゃないからだ。


 「いや、今日は吸いたい気分なんだ」


 「……………………わかったよ」


 ラビは少し考えて喫煙所へと歩き出す。

 俺もその横を並んで歩く。


 「貸しは無しでいいぞ」


 「そりゃ、どーも」


 この世界にはお香は無いらしい。


 煙草の煙で代わりになるものでもないが、無いよりはマシであろう。


 「……暑いな」


 ……暖かな日射しが夏の訪れを報せてくれた。


 ――クロエさん


 (……そっちは暑いですか?)



 ……咲き誇る春花が散り、もうすぐ夏が来るのだ。


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