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 第118話 『 キャンディとクロエ 』



 ……最近、キャンディを見ていないような気がした。


 「ロキ、キャンディ何処に行ったか見ていないか?」

 「うーん、僕も最近見とらんなぁ……ラビくんなら知っとるんとちゃうか」


 ……何でラビ? あいつ関係なくね?


 「ラビくん隙あらば隊長のこと目で追っとるし、もしかしたらなーて」

 「なるほど、凄い納得したわ」


 俺はロキに謝辞を述べ、ラビの所へ向かった。



 「あ"っ、キャンディが何処に居るかって?」


 ……俺はペルシャの妹の護衛に付いているラビに、キャンディの居場所を訊ねる。


 「キャンディならここ最近ずっと休んでるぜ」

 「そうだったのか」


 道理で最近見ていない訳か。


 「だが、今日は三時間前に一回、一時間前に一回トイレに行っていたからたぶん部屋にいると思うぞ」

 「……そうか」


 何でそんなことまで知ってんだよ! 気持ち悪いを通り越して恐いわっ!


 「……」


 ほら見ろ、後ろで話を聞いていたペルシャの妹もゴミムシを見るような目で見てるじゃないか!


 「……キモ」


 今、キモいって言った! 可愛い顔してキモいって言った!


 「……キャンディの所に行くのか?」

 「ああ、そうだけど」


 ラビが険しい顔をする……いつも険しい顔だけど。


 「用事があるなら仕方ないが、なるべく一人にしてやった方がいいと思うぞ」


 「……何かあったのか?」


 「 隊長のことまだ引き摺ってるから 」


 「――」


 ――前三番隊隊長、クロエ=マリオネット。


 ……二週間前のサクラダ地区防衛戦にて殉職した、〝王下十二臣おうかじゅうにしん〟のメンバーである。


 (……クロエさんはキャンディのメイドだった時期もあったんだっけな)


 仲間の死は俺でも辛いのだ。付き合いの長いキャンディには堪えるものがあるであろう。

 況してやキャンディはまだ子供だ。大切な人が死ぬショックは計り知れなかった。


 「……それでも行くんだろ」


 「まあな、放っておけねェのが性分なんでな」


 ……俺はラビに手を振って、キャンディの部屋へと向かった。



 「キャンディ、甲平だけど入っていいか?」


 俺は部屋の扉をノックして、キャンディの返事を待った。


 「……どうぞ、なの」


 キャンディの許しも得たので、俺は扉を開く。


 「元気……はなさそうだな」

 「……」


 話し掛けても、キャンディは俯き目も合わせてすらくれなかった。


 「……何しに来たの? キャンディは今、一人になりたいの」


 「いや、心配だから顔を見に来たんだ」


 用事なんて大層なものは持ち合わせてはいなかった。


 「……やっぱり、まだクロエさんのことを」


 「……まだ?」


 キャンディは俺の言葉に反応する。


 「そうだよっ、そんな簡単に立ち直られる訳ないなのっ……!」


 「……」


 キャンディは目元を赤く腫れさせていた、ずっと泣いていたのであろう。


 「キャンディはクロエと一番長く一緒にいたのっ、ここに来る前からずっとキャンディの側にいてくれたのっ」


 クロエさんはずっとキャンディを見守っていたのだ。

 ドルトナート伯爵に引き取られている間も、ペルセウス王宮に引き取られた後も、ずっと側にいてくれたのだ。

 親に売られたキャンディからすれば、母親のような存在だったのかもしれない。


 「……クロエは本当にキャンディのことを大切にしてくれたのっ、だけどっ」


 キャンディの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。


 「……キャンディは……本当の家族じゃないって距離を置いていたの」


 「……」


 確かに、キャンディとクロエさんは一緒にいる期間にしては距離があった。


 「もっと一緒にいれば良かったっ、もっと一緒に遊べば良かったっ」


 ――キャンディは後悔していたのだ。


 冷たく接していたこと。

 自分の気持ちに素直になれなかったこと。


 出来るなら戻りたいだろう、もっと沢山の思い出を作りたかったのだろう。


 ――しかし、それは不可能であった。


 ……クロエさんは既に死んでいて、時間を戻す術はないのだから。


 言葉を交わせない。


 触れられない。


 見えない。


 聞こえない。


 ……仕方がないのだ。死ぬということはそういうことなのだ。


 奴等はいつだって取り返しがつかなくて、そのくせ唐突で、俺達はいつだって無力感に打ちひしがれるしかないのだ。

 俺は何度もそういうのを乗り越えてきた。しかし、キャンディは初めてだったのだ。

 親い者の死、永遠の別れ、今のキャンディにはあまりにも救いがなかった。


 「……キャンディは悪い子なのっ、クロエの気持ちも知っていながら拒絶してっ、いなくなってからやっと取り返しのつかないことを知ってっ、本当に馬鹿で、どうしようもない人間なのっ」


 「……」


 ……俺にキャンディにしてやれることはあるのだろうか?


 キャンディは泣いていた。もう一度やり直したいと泣いていた。


 時間は戻らない。


 死者は蘇らない。


 俺にキャンディの涙を止めてやることは出来なかった。


 「……クロエに……また会いたいのっ」


 「……キャンディ」


 俺は無力だ。女の子一人笑顔にしてやれないぐらいの無能だ。



 「――クロエさんから預かっているものがあるんだ」



 ……これは悪足掻きだ。


 馬鹿で無能な男の運命への反抗であった。


 「……預かっているもの?」


 「ああ」


 俺は懐から一枚の便箋を取り出す。



 「 お前への遺書だ 」



 ……その便箋には〝キャンディ様へ〟、と丁寧な文字で書かれていた。


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