第10話 『 End of peace 』 《G》
「いやァァァァァァァァァァァァァァッッッ……!」
……女性の悲鳴が王宮に響き渡った。
「……っ!」
俺はベッドから飛び起きる。
そして、すぐ様、廊下へ飛び出した。
「北かっ!」
俺は窓から飛び出し、悲鳴の聴こえた方向へ駆け出した。
高さ三階から飛び下り、中庭を駆け抜け、壁を登り、反対側の廊下の窓に乗り込む。
「……あそこかっ」
少し離れた場所に人だかりができていた。
――鉄
……不意に鉄に似た臭い。だが、鉄とは比べ物にならない鼻に突き刺さるような生臭さが鼻腔を通り抜けた。
「この臭いはっ」
俺は人だかりを掻き分け、その中心に目をやった。
「――っ」
……俺は堪らず絶句した。
「……酷ェな」
……それは不意に零れ落ちた言葉であった。
――赤
……真っ赤な花がそこにはあった。
否、それは花ではない。花のように広がった人間の血であった。
その血は窓や壁に不規則に飛び散り、真っ赤な花の中央にはまるで花の柱頭のように――メイリンさんの生首が添えられていた。
……明らかな他殺。メイリンさんは何者かに殺されたのだ。
「――身体がない」
そして、女の首から下の部位はどこにも見当たらなかった。
状況はよく呑み込めなかったが、メイリンさんは何者かに殺され、殺した人間は死体で遊ぶ狂人であることは察することができた。
(……一体、誰が殺った)
……恐らく殺されたのは昨晩で、敵はこの王宮のセキュリティを掻い潜って女を殺したのだろう。
それならば、侵入者は相当の手練れであった。
王宮にはクリス率いる騎士団が常に侵入者を警戒しているのだ。侵入は困難であろう。
「……酷い有り様ですね」
……俺の横にセシルさんが立っていた。
「……セシルさん」
「どうやら敵はかなりの手練れのようですね。それに相当の自信家でもあるようです」
そう呟くセシルさんの視線は壁の方へと注がれていた。
「……これはっ」
……そこには血の文字が書かれていた。
羊が67匹 狼5匹
見えない狼 狙っているよ
可愛い可愛いお姫様
隠れてないで出ておいで
早くしないと さあ大変
真っ赤なお花が咲いちゃうよ
見えない弓矢が飛び出すぞ
赤い舌で呑み込むぞ
羊のお墓が66個立つ前に
お家の外へ出ておいで
「……現在残留している近衛騎士団や使用人、そして、お嬢様と甲平様達を含めた人数は68名です」
セシルさんが神妙な面持ちで血の文字を見つめる。
「そして、メイリンさんを除けば67名――羊は我々を示しています」
「だったら、5匹の狼は敵の数ってか?」
「……」
セシルさんは無言で頷き、俺の言葉を肯定した。
「この文章から推測するならば、敵は5名で姿を隠す能力で王宮内に潜んでいます。そして、お嬢様を差し出さなければ王宮内にいる全ての人間を殺す――ということだと思われます」
「……また、物騒な話だな」
俺は改めてメイリンさんの亡骸へ目をやった。
……四方に広がる血とその中心にある生首。まるで赤い花のようであった。
(――赤い花?)
真っ赤なお花が咲いちゃうよ
――そんな言葉が脳裏を過る。
(……血の予告状と一緒だ)
真っ赤なお花が咲いちゃうよ
見えない弓矢が飛び出すぞ
赤い舌で呑み込むぞ
(これが赤い花、を示すとするならば次は――……)
見えない弓矢が飛び出すぞ
――バッッッ……! 俺は周囲を見渡した。
(見えない弓矢、見えない弓矢だ……!)
そう、予告状が俺達の死を表しているのなら、次は見えない弓矢で俺達を狙っている筈であった。
「……」
……しかし、広いとはいえここは室内だ。弓矢で狙える筈がなかった。
(考え過ぎか? だが、何だ、この胸騒ぎは?)
まるで、首元に刃を突きつけられているような嫌な感じがした。
「カートンさん、フランチェスカさん。二人でお嬢様の様子を確認してください」
現場の最長者であるセシルさんが指揮をする。
「わかりました!」
「すぐに確認していきます!」
長身の執事と小柄な侍女が廊下を走る。
俺も姫の安否を確認すべく走
――ゾクッッッッッッッッッ……!
「――っ!」
……とてつもなく嫌な予感がした俺は、咄嗟に足を止めて、カートンとフランチェスカの方へと視線を滑らせた。
「止まれッッッッッ……!」
――俺は不意に怒鳴り声をあげた。
次 の 瞬 間 。
――パンッッッッッッ……! カートンの鼻から上が消し飛んだ。
『――っ!?』
突然の出来事に一同が凍りついた。
「……馬鹿な」
俺はその場に崩れ落ちるカートンの姿を前に呆然とした。
「……っ!」
そこで、俺は気がついた。
「……弓……矢?」
そう、刺さっていたのだ。通常より太くて頑強な矢とカートンの鼻から上が……。
「……」
そのとき、俺の脳裏にある文面が過る。
――見えない弓矢が飛び出すぞ
……悪夢はまだ始まったばかりであった。