第107話 『 覚醒 』
「甲平っ……!」
……私は満身創痍で地面に横たわる甲平の名を叫ぶ。
「……」
しかし、甲平から返事は返って来なかった。
「甲平っ! 目を覚ましてくださいっ! 甲平っ!」
「 無駄だ、ペルシャ嬢 」
沈黙する甲平に代わってゼロが答える。
「そいつは死んだ、もう目を覚ますことはねェよ」
「認めません! そんなの私が認めませんっ!」
私はゼロを無視して、甲平に駆け寄る。
「目を覚ましてください、甲平っ! 死なないでくださいっ!」
私がどんなに声を掛けても、肩を揺すっても死んだように動かなかった。
「嫌です、甲平っ」
私は甲平の胸元に耳を当てる。
――無音。
……甲平の心臓は止まっていた。
「……そんなっ、いやだっ」
私は甲平の肩を揺すり続ける。
「私を残して死ぬなんて許しませんよっ」
揺する。
「……約束したじゃないですかっ、天下一の忍者になるって」
揺する。
「……私を守ってくれるって」
揺する。
「……ずっと私の側に……いてくれるって……言ったじゃないですかっ」
「……」
……沈黙。
……甲平は指先一つ動かさなかった。
「 無駄だ 」
ゼロが私の腕を掴んだ。
「そいつは死んでいる。諦めて帰るぞ」
「嫌です! 甲平はまだ死んでませんっ!」
私はゼロの手を振り払――えなかった。
「……死んだんだよ、そいつはっ」
……それ程までにゼロの握力は強かった。
「俺の仲間をクソほど殺してなァッ!」
「――っ」
私は引っ張られ、地面に投げ出された。
「イライラすんだよなァ、自分だけが辛い、自分が世界で一番可哀想みたいな顔してる奴がなァッ!」
……ゼロは静かに激昂していた。
「お前が大切なそいつはな、俺の仲間を、家族を何名も殺してんだよっ!」
「……っ」
ここに来た時点で甲平の身体は既に満身創痍であった。
それはここに至るまでに沢山の激闘を乗り越えたからだ。
そして、その戦いの数だけ――ゼロの家族を殺してきたのだ。
「これは戦争なんだよ! 命が軽薄に消費される世界! 戦わないてめェが流していい涙なんてねェんだよ!」
ゼロの言葉は正論だ。殺したから殺された。実に公平な世界であった。
「わかったら、さっさと俺に付いてこい」
「…………ない」
「あ"っ?」
ゼロが私の腕を掴むが、私はその場から動かなかった。
「納得いかないっ! 貴方の話には納得できませんっ!」
私は真っ直ぐにゼロを睨み付ける。
「最初に手を出したのは貴方達じゃないですかっ! 最初から貴方達がペルセウス王国に、私に手を出さなければ誰も傷つかず済んだんじゃないんですかっ!」
……何が家族を失っただ!
……何が戦争だ!
「最初に手を出しといて被害者面するな! 謝れッ! 甲平に謝れッッッ……!」
……そんな言葉で甲平の命を揉み消すなんて私が許さない!
「…………チッ」
ゼロが舌打ちをした。
――私は乱暴に引っ張られ、瓦礫の山に叩きつけられた。
「――っ!」
非力な私の身体は一瞬にして激痛に苛まれた。
(…………血?)
――ぽつっ……。頭から血が流れ、頬を伝い、地面に弾ける。
「……俺はよォ、弱いくせに口だけは喧しい奴が一番うぜェんだよォ」
ゼロは完全にキレていた。
「……もういい、お前は生け捕りするように言われていたが気が変わった」
その目は血走り、強烈な殺意がこちらまで伝播する。
「 喰い殺す♪ 」
ゼロが狂笑する。
「世界で唯一の治癒の力を手に入れ、俺は世界最強の高みへと登ってやるよ!」
ゼロが歩み寄る。
私の後ろは瓦礫の山。
……逃げ場はない。
……逃げてもすぐに殺される。
――詰み。
……私の人生はここで終わるのだ。
「来なさい! 化け物!」
だったら、せめて潔く死んでやる。
「私は逃げも隠れもしないっ……!」
私は火賀家長女――火賀愛紀姫。
散るときは秋の紅葉の如く美しく散る。
それが私の誇り。
「殺せっ! どんなに惨たらしく殺されようと、魂だけは絶対に屈服しないぞっ……!」
……私の人生だ!
「 姫に手を出すな 」
……声が聴こえた。