第103話 『 その温もりを待っていた 』
「――かはっ!」
……俺は吐血し、地面に膝をつく。
(……思っていたよりも身体にガタが来てるな)
〝鬼紅一文字〟に〝鬼神の面〟に〝夢現〟を使い、ビィドルの攻撃も受け、俺は酷く疲弊していた。
そもそも、〝七凶の血族〟相手に連戦自体が有り得なかった。
(……正直、ファルスがノエルとルシアを引き受けてくれなかったら危なかったな)
それ程までに今の俺は満身創痍であった。
〝氣力〟・体力は底を尽き掛け、傷を多くつくり、相対的に多くの血液を失っていた。
(……だけど、後少しだ)
……やっとここまで来たんだ。
俺は階段を上り、覚束ない足取りで薄暗い廊下を歩く。
……長くて、過酷だった。
俺は立ち止まり、白い部屋を見渡す。
「待たせたな、姫」
「甲平っ」
そこにいたのだ。
大切な人が、ずっと会いたかった人が……。
姫が駆け寄る、俺も姫に歩み寄る。
――姫が俺に抱きつき、俺も姫を抱き締めた。
「会いたかったっ、会いたかったです、甲平っ」
「ああ、俺も会いたかったよ」
姫は子供のように泣きじゃくり、俺は包み込むように優しく抱き締める。
「……私、不安でっ、とても恐くてっ」
「……そうか、よく我慢したな」
姫の肩は震えていて、どんな気持ちで待っていたのか用意に想像できた。
(……ああ、温かいな)
久し振りの姫の体温に俺は感動した。
(……この心臓の音、懐かしいぜ)
心音は人によって違う、この心音は間違いなく姫のものであった。
それはとても心地好くて、ずっとこうしていたかった。
「……姫、すぐに逃げられるか?」
――しかし、ここは敵の本拠地だ。のんびりとしている暇は無かった。
「はいっ、こんな所すぐに離れましょうっ」
「だな」
俺は姫と共に部屋を出る。
「 ひゃはっ♪ 」
……誰かが嗤った気がした。
「――姫っ」
次 の 瞬 間 。
――瓦解。衝撃と共に建物が崩壊した。
「――っ」
俺は姫を抱き抱え、降り注ぐ瓦礫の雨をかわして建物の外へ離脱する。
「姫っ、怪我かっ!」
「大丈夫ですっ!」
どうやら、紙一重で難を逃れられたようであった。
「……」
いや、難を逃れるのはこれからであろう。
「……はあ、やっぱり来たか」
俺は溜め息を吐き、姫を降ろす。
「 ゼロ=ベルゼブブ……! 」
俺達の前に一人の男が立ち塞がっていた。
「ひはっ! 詳しいじゃねェかよ、糞野郎がっ!」
「ベルゼブブ家最強……そして――クロエさんを殺した男か」
……そう、ラビが言った通りならコイツがクロエさんを殺したのだ。
「何だよ、お前ェ! まさか、弔い合戦とか復讐とかダセェこと言うんじゃねェんだろうなァ!」
「……」
ゼロは狂笑する。
「言わねェよ、今はそれ所じゃねェからな」
「じゃあ、何しに来たって抜かすつもりだよ」
「 姫を取り返しに来た 」
俺は〝鬼紅一文字〟を構える。
「どうかそこを退いてくれ……!」
「お・こ・と・わ・り、だァ♪」
ゼロの足下から無数の樹木が顔を出す。
「……だよな」
俺は〝鬼神の面〟を被る。
「だったら、力づくで通るまでだ……!」
「不可能に決まってんだろ、雑兵が……!」
……そして、姫を取り戻す為の最後の戦いが幕を開けた。