第101話 『 三分 』
「……ファルス、何でここに来たんだ?」
……俺は増援に来たファルスに問い質す。
「ペルセウス王宮の使用人は、王宮待機の命令が下っていたんじゃないのかよ」
「そんなこと、愛の前では無力だよ」
「……」
……そういえば、こういう奴だったな。
「それより君はこんな所で油を売っていていいのかい」
「……っ」
ファルスの言葉にハッとさせられる。
「君には行くべき所があるのだろう。心配無用さ、ここは僕が受け持つよ」
「……大丈夫なのか?」
「愚問だね」
〝超越者〟二人と二個小隊を前にしても、ファルスは悠然と対峙していた。
「ペルセウス王宮の執事長たる者、この程度、障害にも値しないよ」
「頼んでいいか?」
「無論、その為に来たんだからね」
俺はファルスの厚意に甘えて、姫がいる白い建物を目指して駆け出す。
「簡単に行かせるとでも?」
当然、ノエルが俺の前を立ち塞がるように回り込む。
……銃声が響いた。
しかし、銃弾はこちらには来なかった。
俺とノエルは一瞬だけ硬直した――瞬間。
――ファルスがノエルの顔面に蹴りを入れていた。
「――っ!」
(――今、どうやって移動した?)
ファルスは一瞬で瞬間移動したが、まるでその素振りが見られなかったのだ。
(ファルスの能力は不死身――どんなカラクリで瞬間移動をしたんだ)
ファルスに蹴られたノエルは吹っ飛び、俺の障害はいなくなった。
「恩に着る!」
「どういたしまして♪」
俺は〝縮地〟で敵陣を突破して、姫の幽閉されている建物の前へと到着した。
「……ここか」
この白い建物に姫が居るのだ。
「よしっ」
俺は扉を蹴飛ばし、建物の正面から突入した。
「侵入者だ!」
「銃を構えろ!」
当然、警備の兵士が待ち受けており、即座に銃器を構える。
「 邪 」
俺には雑兵に時間を割く余裕は無かった。
「 魔だ 」
――既に俺は兵士らの背後にいた。
「……ばっ」
血飛沫が舞う。
男達は崩れ落ちる。
「……かな……………………」
――瞬殺。今更、雑兵が幾らいようが俺を止められる筈がなかった。
「上だな」
俺は階段を駆け上がり、姫の居る階まで目指す。
(……聴こえる)
俺の鼓膜は姫の鼓動や呼吸を捉えていた。
(……不安……孤独感……全部、音から伝わっている)
姫は俺を待っていた。ずっと待っていてくれたのだ。
(……近づいている)
姫の部屋まで後少しであった。
(……会ったら何て言おうかな)
待たせたな?
怪我はないか?
(……違うな。ちゃんと、伝えないとな)
――会いたい。
……それが今の俺の気持ちだった。
また、会いたかった。
姫の笑顔や怒り顔が見たかった。
「……ここだな」
俺は鉄の扉を前に立ち止まった。
……この扉の先に姫の鼓動が聴こえた。
俺は〝鬼紅一文字〟で鉄の扉を切り刻んだ。
扉は崩れ落ち、部屋の中を見渡せた。
「……」
――言葉が出てこなかった。
「……甲平?」
……居た。
会いたかった人。
守るべき人。
「……姫」
……火賀愛紀姫がそこに居た。
「姫っ」
俺は部屋に足を踏み入れる。
「甲平っ」
姫が俺に手を伸ばす。
「 やっぱり来たぁ! 」
――俺の背後に巨大な体躯の男が立っていた。
「――い」
いつの間にっ!?
――俺は咄嗟に小太刀を抜いて、男の首目掛けて振り抜く。
……よりも速く。
「 バッハァッッッ……! 」
――俺の顔を大きな手に掴まれ、そのまま壁に叩きつけられた。
「――かはッ……!」
壁が崩れ落ち、俺の身体は宙へ放られた。
(〝超越者〟か! ここまで近づかれるまで気づかなかったなんて!)
どうやら気配を消すのが異常に巧いか、瞬間移動の類いの能力を使えるようである。
俺は空中で体勢を立て直し、地面に着地し、奴がいた方向を見つめた。
「……いない?」
先程まで奴がいた場所には誰も居なかった。
――影が差す。
(――影っ)
俺は反射的に後ろへ跳ぶ。
――ゴッッッッッッッッッ……! 俺が先程までいた場所に奴の鉄拳が叩き込まれ、地面が弾け飛んだ。
(――腕力も並じゃねェな)
俺は空中で一回転して、草鞋の踵を削りながらも着地する。
「……お前、名は?」
「オラ、ビィドル=ベルゼブブ」
ビィドルの姿が消える。
「ベルゼブブ小隊、No.2――ビィドル=ベルゼブブだぞ」
「――」
……ビィドルは俺の背後にいた。
「ボハァッッッ……!」
――ビィドルの巨腕が振り下ろされ、地響きが鳴り響く。
「……ちゃんと狙えノーコン」
しかし、俺は拳を回避し、既に背の低い建物の屋根の上に立っていた。
「今のをかわすなんて久し振りの上玉だぁ、オラ、ワクワクするぞ!」
「……ワクワクする、か」
俺の鋭い眼光がビィドルを射抜く。
「悪ィが俺はすこぶる機嫌が悪くてな」
俺の手には〝鬼紅一文字〟が握られていた。
「どうやら、手を抜けそうにねェから覚悟して死んでくれ」
「――♪」
鬼の面がその瞳を赤く光らせる。
姫がすぐそこにいるのだ。
俺が来るのを待っているんだ。
だから、
「お前は――三分で片付ける……!」
……俺は対峙する、姫の下へと辿り着く為の最後の壁に。