第100話 『 一人じゃない 』
「……」
「……」
「……」
……俺もノエルもルシアも睨み合ったまま動かなかった。
「……悪いが俺には時間が無いんだ」
――先に動いたのは?
「すぐに終わらせるぞ」
縮 地
――俺の足下が弾け飛ぶ。
(先手必勝! 速攻だ!)
俺は飛び込んだ勢いのまま金槍で斬り掛かる。
「 〝黒扉〟 」
――俺の目の前に黒い空間が展開された。
(――まずい! 〝縮地〟の途中じゃかわせねェ!)
「――♪」
俺は〝黒扉〟に突っ込む。
次 の 瞬 間 。
……俺は遥か上空にいた。
「――なっ!」
どうなってやが
「 〝飛蝗〟 」
――蹴ッッッッッッ……! ノータイムでノエルの蹴りが俺に打ち込まれた。
「おや、やりますね♪」
「――ッッッッッッ……!」
咄嗟にガードをした俺をノエルが称賛する。しかし、受けた俺は支えのない空中で静止できる筈もなく、明後日の方向へと吹っ飛ばされる。
(――足場! とにかく体勢を立て直さないと!)
しかし、俺が飛ばされた先にも〝黒扉〟が展開されていた。
「またかよ!」
「いえ、違いますよ♪」
よく見るとノエルの近くにも〝黒扉〟が展開されていた。
(何をする気だ!)
「 〝鈴虫〟 」
――ノエルが近くの〝黒扉〟に衝撃波を放った。
次 の 瞬 間 。
――轟ッッッッッッッッッ……! 俺の目の前に展開されていた〝黒扉〟から衝撃波が放たれた。
「――っ!」
空中で身動きの取れない俺はガードすることしか出来ず、吹っ飛ばされる。
(――この〝黒扉〟!)
吹っ飛ばされた俺は駐屯施設の建物に叩きつけられ、瓦解させた。
「……嫌な能力だ」
俺は粉塵に紛れ、瓦礫から這い出て、隣の建物に身を潜める。
(あの〝黒扉〟は二つの〝黒扉〟に入ったものを互いに転移する能力だな)
一回目は俺を、二回目は衝撃波を転移させたのだ。
(一対一ならともかく、二対一だと凶悪過ぎる能力だぜ)
ノエルとルシアの連携は完成されており、こちらが攻める隙を与えてくれなかった。
(どうする! どうすれば奴等のコンビネーションを破れる!)
「いつまで隠れているのですか?」
――轟ッッッッッッッッッ……! 隣の瓦礫の山が衝撃波で吹き飛ばされる。
「……っ!」
追い詰められるのも時間の問題であった。
「クソ、行くしかねェか!」
虎 法
俺は粉塵に紛れて、ルシアに飛び付く。
「 〝黒扉〟 」
しかし、俺の目の前に〝黒扉〟が展開される。
「だろうな!」
……そのぐらい予測していた。
今回は〝縮地〟ではなく、〝虎法〟だ。これなら速度は落ちるが――……。
――俺は細かいステップを挟み、〝黒扉〟をかわした。
「そんで、ルシアを先に叩く!」
「――っ」
チームワークの起点はルシアだ。そこを潰せば勝機は見える。
「 させませんよ 」
――俺とルシアの間にノエルが割り込む。
「邪魔だ! 退け!」
俺は金槍を振り抜く。
「 〝蛹〟 」
ノエルは肉体を硬化し、腕を立てて受け止める。
――スポッ……。俺の手から金槍がすっぽ抜けた。
「いいぜ! 受けてみな!」
俺は一瞬で〝鬼紅一文字〟に持ち換えていた。
「受けられるものならなァ!」
「――っ! ルシア、〝黒扉〟をッ……!」
ノエルは勘づいたのか、ガードの体勢を崩し、ルシアに飛び付いた。
――〝鬼紅一文字〟がノエルの肩を切り裂いた。
「――っ」
ノエルは苦痛に表情を歪めるも、ルシアの展開した〝黒扉〟に飛び込み、少し離れた建物の屋上に転移した。
「クソ、仕留め損ねたかっ」
俺は出血する腕を押さえながら毒づく。
「……まさか僕の〝蛹〟を容易く切り裂くとは驚きましたね」
ノエルが肩を手で押さえながら微笑する。
「しかし、その出血、どうやら相応の対価があるようですね」
「……」
俺は無言の肯定をした。
「もうその刀は受けませんよ、残念でしたね♪」
「別に、他のやり方で殺ればいいだけだしな」
……とはいえ、〝鬼紅一文字〟以外に〝蛹〟を破れる武器も無かった。
(ちと、キツくなってきたな)
〝鬼紅一文字〟も警戒され、ルシア狙いも警戒され、俺の選択肢が徐々に奪われていった。
そして――……。
「 ノエル様! 第二小隊と第三小隊も合流します! 」
……俺を囲うように兵士らが武器を手に包囲した。
(二人だけでもキツいってのにまだ増えるのかよ)
本格的に不利になっていた。
(わかっていた筈だ、ここは敵地のど真ん中、周りには敵しかいねェ)
折れるな。
揺らぐな。
「いいぜ、雑魚が増えたって構わねェよ、俺は」
俺の手には〝鬼神の面〟があった。
(……もう少しだけ体力を節約したかったんだがな)
どうやら甘いことを言ってられる状況ではなくなってしまったようだ。
「さあ、行くぞ――……」
「 いや、僕が行こう 」
――声が聴こえた。
「……お前は!」
予想外だった。
俺は一人だとばかり思っていた。
「君は一人じゃないよ、伊墨くん」
だけど、そうではなかった。
ここには俺の予想を覆す理解不能な男がいた。
「……失礼ですが、貴方は?」
「これは失礼、挨拶が遅れたね」
ノエルに訊ねられ、そいつは優雅な佇まいで会釈をする。
「 ペルセウス王国、〝王下十二臣〟の一人にして、執事長 」
そう、そいつは俺の知る中で最も理解不能で型にハマらない男。そして――……。
「 ファルス=レイヴンハートだ 」
……最強の変人であった。