第99話 『 500メートル 』
――甲平……早く会いたいです。
「……姫?」
……夢の中で呼ばれた気がした。
「…………そろそろ動くか」
休憩したお陰か身体が少し軽くなっていた。
とはいえ、傷が癒えた訳ではないので気休めのようなものであるが……。
「待ってろよ、すぐに行くからな」
俺は重い腰を上げ、窓から外の景色を見渡した。
……そこには沢山の兵士が巡回していた。
(……ここも時間の問題だな)
まあ、今から出発するので問題はなかった。
俺は二階へ上がり、裏側の窓から屋根の上へとよじ登り、街並みを見下ろす。
(……これだけの警備を気づかれずに抜けるのは至難の技だな)
至る所に兵士が巡回しており、路地裏や空の民家を捜索していた。
(軍部の場所がわからないな)
王宮はわかりやすかったが、軍の駐屯施設は見渡す限りでは見つからなかった。
「……まっ」
……聞けばいいか。
俺は路地裏の捜索をする兵士の方を見下ろす……その手には細い鋼糸が握られていた。
……………………。
…………。
……。
「頼むっ、頼むから殺さないでくれっ」
……俺は空き家の中に兵士を連れ込み、手足を椅子に拘束し、その首にはクナイが添えられていた。
「なっ、何でも話すからこれ以上はやめてくれっ」
男は全身打撲傷だらけで、見るに堪えない姿であった。
「お前等の駐屯施設の場所は何処にある」
「……ちゅっ、駐屯施設ならここから十キロ南西に離れた場所にあるっ」
……十キロか、すぐに行けるな。
「ペルシャ嬢の居場所も話せ」
「……ペルシャ嬢? お前、あの女を取り返しに来たのか?」
――僅かにクナイが男の首に刺さり、一筋の鮮血が流れた。
「質問をしているのは俺だ、次に無駄口を叩いたら殺すぞ」
「わっ、悪かった。もうしないからっ」
少し脅すとすぐに男は必死に謝罪した。
「ペルシャ嬢なら今は軍部で管理しているが、正確な場所は一等兵の俺には教えてられていない、本当だっ」
「……そうか」
雰囲気からして嘘を吐いている様子はなかった。
「了解、情報提供ありがとな」
「ああ、早く糸をほどいてくれっ」
「そうだな」
――トンッ……。男の頸部に高速の手刀が打ち込まれた。
「――なっ……がっ」
「後で誰かに起こしてもらえよ、じゃあな」
男はすぐにぐったりと俯き、沈黙した。
「……さて、場所もわかったことだし行こうか」
俺は身軽に屋根まで跳び上がり、男の示した方角を見つめた。
「……うむ、よく見えんな」
他の建物が邪魔でよく見えなかった。
「まあ、行けばすぐわかるだろ」
俺は足裏に力を込める。
「……十キロか、じゃあ」
縮 地
「 十歩だな 」
――俺は屋根が弾け飛ぶ程の勢いで前へ跳んだ。
『――っ!』
多くの兵士が音のした方向へと顔を向けるも、そこには既に誰も居なかった。
(連続での長距離〝縮地〟はキツいが、これなら監視の視覚が追い付かない筈だ!)
俺は別の屋根に乗り――再び〝縮地〟で前へと進む。
その度に兵士や街の人々がこちらを見るが既に俺は遥か先にいた。
「ほれ!」
3!
2ッ!
1ッッッ……!
――俺は靴裏を削りながらも屋根の上に着地・静止した。
「……取り敢えず十キロだ」
前を見る。そこには――……。
「到着、だな」
……鉄の柵に覆われた広大な建物群が広がっていた。
「……ここに姫が」
俺は今一度気合いを入れ直す。
(……入り口だけじゃなくて施設内の至る所に見張りがいるな)
どうやら隠密での侵入には骨が折れそうであった。
「……………………いや、待てよ」
……そこで俺は閃く。
「……この距離なら射程範囲かもしれねェな」
俺はその場で立ち、瞼を閉じる。
集中力の全てを耳へと集める。
「……」
風が吹き抜ける音。
「眠いな、クソが」
沢山の足音。
「警備の交代だ、アレン」
仮眠中の兵士のいびき。
「こちら北門異常無し」
木々のざわめき。
「ノエル、ルシア――行け」
虫と鳥の鳴く声。
「「御意」」
巨大な羽音。
「……甲……平」
――捉えた。
……瞼を開く。
俺は約一キロ離れた四階建ての白い建物を見つめる。
「……やっと見つけたぞ、姫」
ここからでも一瞬で行ける距離に姫がいた。
「すぐに助けてやるからな」
目標を真っ直ぐに見つめる。
俺の足下に亀裂が走る。
縮 地
――俺は一直線に姫の居る建物へと飛び出した。
「 おや、貴方は 」
――高速で飛来する俺の真横にノエルと黒いドレスの女がいた。
(――ノエルッ!?)
「いけませんよ、ここから先は通行止めです」
――蹴ッッッッッッッ……! ノエルの強烈な蹴りが顔面に打ち込まれた。
「――ガッ!」
俺は堪らず吹っ飛ばされ、すぐ近くの建物に墜落した。
衝撃で建物は崩れ落ち、瓦礫と共に俺は地面に落ちる。
(……クソ、後少しなのに!)
俺はのし掛かる瓦礫を退かして立ち上がる。
(もう少しで姫の所に行けるのに!)
舞い上がる粉塵はやがて晴れ、視界が鮮明になる。
俺の前に立つのは一人の男と一人の女。
「第三位、ノエル=ベルゼブブ――行きます」
「第五位、ルシア=ベルゼブブ――参ります」
ノエルが胸に手を添え、ルシアがスカートの先を摘まみ、各々が名乗りを挙げる。
「……姫が呼んでいたんだ」
……約500メートル先に姫が居る。
「……俺が来るのを待ってんだ」
『……』
だが、目の前には二人の強敵がいる。
「だから、邪魔すんじゃねェ」
『断る♪』
退いてくれる気配は無い。
「……そうか、そうだよな」
俺は〝九尾‐槍型〟を構える。
「だったら、力づくで捩じ伏せてでも俺は行く……!」
……それ以外に選択肢はなかった。