第98話 『 満身創痍 』
……鮮血が手足から飛び出した。
「……クソッ」
俺は堪らず地面に膝をつく。
(……〝鬼紅一文字〟は持ち主すらも切り裂く諸刃の剣、そう何度も使うもんじゃねェ)
使いすぎたのだ。お陰で手足には無数の裂傷が刻まれていた。
血止め薬も持ってきてはいるものの、失った血は返って来ないし、痛みだって消えなかった。
「とにかく、何処かに隠れねェとな」
あれだけ王宮や街で暴れたのだ、軍の者が駆けつけてくるのも時間の問題であった。
俺は休憩することなく、少し離れた民家の中に隠れることにした。
「……誰も居ねェな」
……それもそうだ。すぐ近くであれだけ大規模な戦闘が行われていたのだ、避難しない理由がなかった。
「お陰でゆっくり休めるぜ」
ここに来る途中も、足跡や血痕は除去していたからすぐに見つかる心配はないであろう。
俺は屋内のなるべく奥に身を潜め、血止め薬や包帯の処置をする。
(……姫、もう少しだけ待っていてくれ)
リゼッタを倒し、〝超越者〟も残すは四名であった。
残り四名と言えど、残すは第五位と上位三名、今まで倒した四名と同じようにはいかないであろう。
(……考えるな、今は体力の回復に専念しろ)
俺は瞼を閉じ、一先ず考えることをやめた。
「……ひ……め……………………」
落ちる意識。
温かくなる体温。
……静かな部屋に秒針が時を刻む音だけが小さく響く。
「……外が騒がしいですね」
鍵の閉まった部屋で私は一人踞っていた。
「……いけませんね、考え事をしたまま眠っていました」
ここには白いベッドと机・椅子以外のものが何も置かれておらず、窓一つも見当たらなかった。
「……」
……私、一体どうなっちゃうのかな?
ペルセウス邸から知らない女性に連れていかれ、今は知らない部屋に閉じ込められていた。
何の目的でここに連れてこられたのかも、どんな立場の人が拐ったのかもわからなかった。
ただ一つわかることは、相手は私をペルシャさんと勘違いしていることだけであった。
(……さて、どうしたものか)
ペルシャさんの影武者であることはまだ気づかれていないが、いつまでも誤魔化しきれるものではない。
逃げようにも、窓一つもないこの部屋に脱出経路は見当たらなかった。
「……あるのは食事の時にくすねたナイフだけですが」
使い道があるかと思い、先程配膳された食事に添えられたナイフを返納していなかったのだ。
この一本のナイフで部屋から出られのだろうか?
そして、出た後にどうやってペルセウス王国へと帰るのか?
……と、考えていて気づいたら寝落ちしていたのであった。
(この切れ味では壁も切れませんね)
焼いた肉を切るのが用途のようであり、壁や床を切れそうにはなかった。
(窓は無いし、扉は鍵の閉まっています。床や壁も硬くて刃が通りません)
……白旗。手の打ちようがなかった。
(……甲平、無事ですかね)
私は考えることをやめて、我が忍の身を案じる。
(……戦争。合戦よりも大規模で危険なものと聞いてはいましたが、酷い怪我をしていませんかね)
甲平は馬鹿で、鉄砲玉で、凄く強いのに何処か危なっかしかった。
「あまり無茶をしないでください。貴方は私の」
私にはもう父上もいない。母上も兄上もいない。
「……誰よりも大切な人なのですから」
私は祈る。
締め付けられる胸を押さえ、彼の人の安否を願う。
――早く……会いたいよ。
……ただそれだけで良かった。
……その銃口はゆっくりと僕の頭部に添えられる。
「……伊墨くん」
人差し指、引き金に触れる。
安全装置は既に解かれている。
「……少しだけ待っていてくれ」
引き金は引かれる。
「 すぐに行くから 」
――タンッッッ……。
暗い地下牢獄。
響き渡る銃声。
……そこには誰も居なかった。