第9話 『 その花は血のように赤く 』
……庭園に向かう途中の出来事。
「ぶえっくしょーーーんっ!」
俺は盛大なくしゃみをした。
「クソ、上半身裸なせいで少し冷えるぜ」
……理由はファルスに上衣をビリビリに引き裂かれたからである。
「そうですね。他の人の視線も気になるので何か羽織ってみてはどうですか?」
「うーん。でも、俺の部屋まで遠いしなー」
この王宮は無駄に広い。油断をすれば迷子になりかねなかった。
「ならわたしのブラジャーを貸りてみる(笑)?」
「おう、悪いな」
……そんなやり取りもあり、俺はペルシャから〝ぶらじゃあ〟なるものを借りることにした。
……………………。
…………。
……。
「うむ! 中々、悪くない付け心地だな!」
……俺はペルシャから〝ぶらじゃあ〟の付け方を教わり、無事に装着することに成功した。
「似合っていますよ、甲平」
姫も称賛の言葉をくれる。
「……甲平くん達が前いた場所にはブラジャーなかったんだね」
ペルシャがよくわからないが少し引いていた。後、申し訳なさそうに頭を抱えていた。
「何か変か?」
「いっ、いや、いいんじゃないかなー」
ペルシャが気まずそうに視線を逸らした。
「悪ふざけで貸したなんて今更言えないよー(小声」
「何か言ったか?」
「べっ、別にー」
ならいいか。服も何とかなったし庭園へ向かおう……と思ったら、既に庭園のすぐ近くまで移動していた。
「ここが自慢のバラ園――通称、ロイヤルガーデンだよ!」
「おぉ~、前も見たな~♪」
「そうだったね。でも、今回は前回いなかった庭師を紹介するよ」
――パチンッ、とペルシャが指を鳴らした。
「通称、バラ園の貴公子――アリシア=レッドアイだよ」
すると、どうだろう。突如目の前にバラの花弁が渦巻いた。
やがて、風は止み、舞い上がった花弁は全て地に落ちた。
「初めまして、僕こそがバラ園の貴公子ことアリシア=レッドアイです」
……そこにはマスケット帽を被ったブロンドヘアの少年が立っていた。
俺よりも頭二つ分低い背丈に、まるで女のように高い声、顔に関してはそこらの女よりも可愛らしかった。
「本当に男か?」
俺はアリシアに疑惑の目を向けた。
「男ですよ」
俺の失礼な疑問にもアリシアは笑顔を崩さず返答した。
「うーむ、信じられないな」
信じられないので俺はアリシアの股間に手を当てて、確認する。
「――なっ!」
同時、俺の脳内に電撃が走った。
「何やっているんですか、お馬鹿ーーーッ!」
同時、姫の跳び蹴りが俺の顔面に叩き込まれた。
「ぐぼぁッ!」
「馬鹿ですか! いきなり初対面の人の股間に手を当てるなんて非常識です!」
……確かに。
「申し訳ございません、アリシアさん! 私の忍がとんだ失礼をいたしてしまいまして!」
姫が俺に代わって滅茶苦茶頭を下げまくっていた……流石の俺も居心地が悪くなる。
「甲平には土下座でも切腹でもさせるんで何卒ご容赦を!」
「えっ、切腹は嫌だ」
……痛いし。
「えっと、別に怒っていませんよ。だから、切腹とかしなくていいです」
そう言ってアリシアは、如何にも怒っていませんよーという感じに笑みを浮かべた。
「すまない、俺もつい好奇心が勝ってしまってな」
「ですから大丈夫ですよ。誰にだってそういうときはありますよ」
「……アリシア」
間違いなく俺が悪いのに、なんていい奴なんだ!
俺は堪らず感涙を溢した。
「うわっ! 男泣き!」
……隣のペルシャが衝撃を受けた。
「えー、ちなみにアリシアさんは植物を操る珍しい〝奇跡〟を持っていて、どんな植物でも出せるんだよ」
「へえー、そりゃ凄い」
忍でも火を噴いたり、風を起こしたりする者はいるが、自在に植物を操る者はいなかった。
「見てみたい?」
「見たい見たいー」
……そんな訳で俺達はアリシアの〝奇跡〟とやら見せてもらうことになった。
……………………。
…………。
……。
……アリシアに〝奇跡〟を見せてもらった俺達は満足して、次の場所を目指すことにした。
「色々飛ばしたっ!?」
姫もビックリ仰天。
ちなみ、アリシアは〝奇跡〟を発動してくれたものの、何故か召喚したのは巨大な食人植物で、更に何故か暴走した食人植物に俺は食われた。
「あっさり流すような話じゃない!」
そして、命辛々脱け出したものの、食人植物の胃液により俺の服は全て溶けてしまったのであった。
「服を着ろっ!」
「ぴよぴよぴよぴよーぉーーー、ぱぁーーーっ!」
「意味不明っ!」
……俺も意味不明だ。ただ勢いでやっただけなので。
「……」
「……」
「…………………………………………ああっ!」
次なる目的地であるお風呂を目指していた俺達であったが、俺が突如大きな声を出した為、二人が足を止めた。
「びっくりしたー、どうしたの甲平くん」
「いきなり大きな声を出すものではないですよ、甲平」
二者二様の反応を示す二人。
「いや、大変なことを思い出したんだが。さっきのアリシアだっけな」
「アリシアさんがどうしたの?」
ペルシャが子供のように小首を傾げる。
「……お○んちん……無かった……っ!」
「……」
「……」
迫真の表情な俺。
沈黙する姫とペルシャ。
……何故か、第一回ペルセウス王宮巡りは打ち切りとなる。理由は特に無かった。
――夜、洗面所。
「……ふぅ、スッキリしましたー」
……一人のメイドが用を足し、手を洗っていた。
「早く寝て、明日に備えませんとね」
メイドは廊下に出て、月明かりを頼りに部屋へと向かう。
すると、メイドは足を止めた。
――何故?
「 赤は好きですか? 」
……窓から差し込む月光に照らされて、一人の男が立っていた。
「……あなたは?」
「俺も赤が好きでねェ、おまけに仲間には似合わないとよく笑われるが花も好きだ」
メイドの呼び掛けも無視して、男は話し続けた。
「……っ」
――メイドは不気味に思い、男と反対方向へ駆け出した。
「……だから、僕は真っ赤な花を咲かせるのです」
――が、しかし。男は既にメイドの前に立っていた。
「いっ、いやっ」
メイドは堪らず腰を抜かし、地面に座り込んだ。
「そんなに嫌がるなよ。俺も人間だ。拒絶されれば傷つきもするさ」
「嫌っ、殺さないでっ」
「大丈夫ですよ」
男は笑う。
「痛いのは一瞬だ」
嗤う。
……真っ赤な鮮血が窓へ飛び散った。