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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ひとごっこ

 角が取れた。

 今朝方顔を洗うため水面を覗くと昨日までグラグラと取れかけていた角がすっかりなくなり、見た目は人のように変わり果てていた。だが頭部に手をやると肉のへこみの中に小さなしこりがあった。数日前から二つの角がぐらぐらと揺れて落ち着かなく、急ぎの道中にわざわざ野宿してまで佳鬼の母に見てもらうと、佳鬼の角は乳角から永久角に生え変わろうとしていたのを知った。


「血は止まっているから何かで押さえんでもええな。角の跡も髪で隠れるし、次の宿場ではしばらく被り物せんでもええよ」

「母上のように笠被らなくてええの」

「ああ、人は角があるかどうかで鏖しにするか決めるからな。ないうちが花や」


 角が抜けた後にほんの少し指先についた血を母が舐める。すると頭頂部に一本の柳のように細くしなやかに生えた母の角が乳白色に鮮やかな色に変わる。未熟なところで転げ落ちた犬歯にも似た二つの矮小な角と比べてもなんと立派なことか。そんな美麗な角を母は編み込んでいる藁があちこち反り返っている粗末な市女笠の中に封するように消してしまった。


「ほら、早う近くの宿場へ走らんね。血を求めていると勘違いされて人が寄ってたかってくるで」


 鬼は血を飲めばより強く長く生きられる。特に人の血を飲めばより力を得ることができ、角もより鮮やかなものに変異する。そのため一部の鬼たちが己の力を求め人里を荒らすことがあり、人は鬼を恐れ自分たちを守るため鏖しにする。だがその中には佳鬼(よしき)の親子のように何も望まぬ鬼もいるが、人に良き鬼悪しき鬼の区別などつくはずもない。

 現に佳鬼の父は人の血など一滴たりとも飲まなかったにもかかわらず薬草を採っている最中に、数人の人間の手によってなぶり殺しにされた。そんなわけもあり、母子は角を伏せて人に混じり営んでいた。


 高台にある宿場を登り、部屋を一週間ほど借りてようやく野宿生活から腰を落ち着かせることができた。あてもなく旅を続けると腰を落ち着けた町を見たいのは子供の性分で、背中にしょっていた薬箱を整理している母に外に出ていいか佳鬼は袖を引いて聞いた。


「外遊んでいい?」

「いいけど、人の子に近寄ったらいかんよ。私らは人の子の血を見たら気が狂うからな。そうでなくても万に一つ傷でもつけられたらこの宿場の人ら総出で山狩りさせられる羽目になるからな」


 そして母は使い古されたボロ衣の端を手に取ると、一本の糸で切れ端を縫いお守りの形にし。その中に佳鬼の二つの乳角を入れると、それを佳鬼の首にかけた。


「抜けた角を持っておくとな悪いものから守ってくれる言われているんや。なくさんようにな」


 佳鬼が宿を出るとき何人かの人にすれ違ったが、誰も鬼だと気づくことすらなかった。久々に青空の下、被り物をせずとも過ごせるのなぞとても喜ばしいことのはずだが逆に寒々しく思った。髪を切る時間もなく伸びっぱなしの髪を風がなびかせて、つるんとデコをめくらせる。本当なら紙の間に二本の角がしっかりとデコを守ってくれていたのだが、二本の門番たちは今や胸の中で眠っている。


 角の無き鬼など鬼足り得るだろうか。角は隠さねばいかねばならぬだろうか。昼は始終市女笠を被って薬香具師として売り歩く母も、あの立派な角を自分と手をつなぎ衆目に晒したいのではないだろうか。

 と鬼の本分とはなんぞやと思案しながら宿場のある台地から降りると、初夏で青々と伸びる畑の中で童たちが鬼ごっこをして楽しんでいた。彼らの背丈ほどある畑の草々からひょこりと草木から少し頭を出して、また草の中に逃げ隠れする。その中から突然一人の童女が佳鬼に飛び掛かった。


「捕まえた! あんたが鬼ね!」


 鬼。

 まさかと思い、童女を無我夢中で引きはがそうとするが童女は手を離そうとせずしがみついてくる。このままでは殺されると脂汗が額からぶわあっとあふれ出た、が童女は佳鬼を馬乗りしたまま大人を呼ぶこともせずにんまりと勝ち誇ったままであった。もしやと思い、一言呟いた。


「人違いだ」


 すると鳩が豆鉄砲を食ったように童女はきょとんと力をなくなるように剥がれ落ちて、地面に腰を落とす。

 やはりか。鬼というのは、()()()()()()のことであったのだ。


「へへっこっちだよ~。デブ」

「おめえだけ腹いっぺい食っているから柊はのろまなんだよ」


 畑の中で童女()からかう童たち。佳鬼から見て柊は頬肉が柔らかそうとは思ったが、恰幅はそれほど太くはなかった。しかし柊の着ている衣は、からかっている童の柿渋の麻のものと比べてるまでもなく明らかに上等な絹物だ。


「あたし、太くない!」


 柊はひざのすそを捲り上げてまた畑の中に突入するが、童二人はその中に住まう虫のように這いまわり手を叩いて囃し立てる。鬼ごっこのはずなのに、鬼が不憫でならない。


「絶対に捕まえてやるから」


 それでも柊は悔し涙一つも落とさず、夕暮れ時まで追いかけていった。


 翌日も、その翌日も佳鬼が母の薬を売るのを手伝う傍らで柊たちが鬼ごっこに興じているのを眺めていた。相変わらず柊はいつも先に捕まり、そして青い草木が熟すように赤く染まる時になるまで終止鬼であった。それでも柊は泣くことも諦めることもせずひたすら畑の中で追いかけまわしていた。


「もう! いい加減に……鬼、交代させて……よ」


 毎日毎日すぐ捕まえられては鬼にされて、決して捕まえることのできないまま走らされ続けられて柊はひざをついていた。たかが遊びあるはずなのになぜか自分たちの境遇を彼女が演じているように感じた。佳鬼はそれを見て畑に降り、柊に水の入った竹の水筒を渡した。


「飲めよ。もうあいつらと遊ぶのやめたら。勝ち目ないよ」

「やだ。庄屋の娘が鬼ごっこで負けつづけていたなんて、(しめ)しがつかないじゃない。あいつらどうせ元服してもあたしに頭が上がらないことわかってて、やっているんだし」


 悔しがる柊。だけどその目には一つも涙を浮かばせない。


「これ、僕のお守り。鬼の角だって、持っておけば悪いものが避けてくれるって。二個あるから一つやる」


 手の中に落とした自分の角を差し出すと、柊は物珍しく思ったのかしげしげと舐めるようにつるんとした乳白色の角が陽の光で照り返させて眺めた。


「これ、本物の鬼の角?」

「……まさか」


 躊躇いながら答えるものの、もし自分が本物の鬼であると告げたら彼女は怯えるか村の人間に知らせるだろうと詮索した。すると柊が渡した角を佳鬼の額の上に置いた。


「頭につけると意外と小っちゃいのね。もうちょっと大きいかと思った。でも似合ってるわよ。本物の鬼みたい」

「もうちょっと大きいのがいいかな僕は」

「じゃあそれでも似合うわ」


 屈託ない笑みですりすりと角の先をこすると、もう体と切り離されたはずなのに無性にこそばゆく感じた。すると柊が何か思いついたように角を手にして畑の中に飛び込んだ。そしてしばらくして柊をからかっていた童二人が青ざめた顔で畑から逃げていた。そしてその後を追うように柊が飛び出して「捕まえた!」と喜んだ声を上げて一人の童を押し倒した。柊が捕まえたちょうどその時が時間となったのか、童たちはすごすごと自分の家へ逃げかえっていった。


「えへへ。やった。あいつら鬼と思い込んでへたり込んで。頭に角乗っけただけで、あっははは。鬼の角ってすっごい」


 あちこち擦りむいたのか手のひらの傷口から血がこぼれていたが、柊はひたすら大笑いして気づかず土手の上で転げ回った。どうやら先ほど渡した角を使って鬼と思わせて童たちを驚かしたのだろう。その勢いのまま柊は佳鬼の手を取って、ぐるっと抱きしめた。


「ねえ、あんた旅の人でしょ。いつまでいるの?」

「母上次第かな」

「じゃあ今日父上にお願いして、宿賃安くしてもらうように頼んでやるわ。そしてあんたは私の丁稚にして仕えさせてやるからね。怖いやつらが来たらまっさきにあたしと一緒に家を守らせる役目ぐらいにはつかせてやるわ」


 傲慢不遜な命令をえくぼをひっこめて無垢に笑うものだからか、佳鬼は呆然と柊を抱きしめたままその顔を眺め続けていた。


「もしも鬼が来ても?」

「もちろん。あたしは庄屋の娘よ。この宿場で一番偉い人間になるんだから、本物の鬼なんかあたしの前でひれ伏せさせてやるんだから」


 そうして勝ち誇った足取りで柊は宿場のある台場に上っていく。

 彼女を見送ると先ほど抱きしめられた時に、かすり傷から浮き出た柊の血がついていた。それをを舐りとると、胸のうちが熱くなり始める。


 熱い。ほしい。

 僕は柊の何が欲しいのだろうか。血だろうか。肉だろうか。骨だろうか。柊が佳鬼を抱きしめた時のぞわりぞわりとした脈動で体が沸騰したように熱くたぎる。僕の正体を明かしたら彼女はすがりつくかもしれない。懇願か、愛憎からか、どんな感情で泣くか想像の中でしか思い浮かばない柊の縋り泣く姿に、佳鬼は確かに興奮していた。

 でもそれは長い時を経てからにした方がいいと。十分な愛

 

 まだ胸のほとぼりが冷めないまま宿に帰った途端、頬に平たいものが飛んできた。床に倒れた佳鬼の頬は熱くはれ上がりぷっくりとしていたが、目の前の鬼気迫る母の表情に痛みのことを気にする余裕がなかった。


「お前。なんかしたか!」

「してない」

「嘘つけっ!」


 いつも優しい母がまったく違う面を初めてあらわにして佳鬼怯えた。

 鬼気迫る表情のまま首元のお守りを引きちぎると、その中に長い爪で探りを入れる。


「角がない。お前が角を落として人の子が拾ったんじゃろ。人の子に近づくな言うとったのにお前はっ!」


 気が狂ったのように一発、二発とすでにはれ上がった佳鬼の頬を二度叩いた。


「路銀も足りないというのに、お前のせいで台無しや。今すぐ引き払うで」


 有無を言わさず母に言われるがまま荷物をまとめて宿場の階段を降りる。あまった数日分の泊り賃の請求もせず夜逃げのように二人は闇の中の街道をかけていく。鬼の眼は夜目が効くため人なら足元がおぼつかない夜道をまっすぐかけることができた。台地の上につくられた宿場の坂を下り、宿場の中でひときわ大きな屋敷の下を通ると、上から柊の楽しい声が降ってきた。

 まるでその声で引き留めようとしているように佳鬼の歩みが緩くなる。

 だが母は歩みを止めてはくれない。母の背が、あの立派な角が小さくなるにつれて、自分の存在が消えてしまうかのように思えてしまって仕方なく佳鬼は草鞋を再び強く踏みしめて、爛々と明るく光が灯されていく宿場の灯から逃れるように夜道をかけていく。


***


 佳鬼が再び柊がいる宿場に戻ってきたのは青年になっての年頃だった。


 細い肉体はすくすくと成長し、肩幅も広くなっていた。そして昔宿場に来る前に取れしまった頭部にはすっかり新しい角が生え変わり、立派な二本の角が伸びていた。母から独立しても人の中に溶け込む生活を続けており、角は笠の下に隠していた。前日の雨で地面が冷やされてぬかるむ道を進み、柊の住む庄屋の前に着くと護衛と思わしき槍と刀を持った侍がうやうやしく頭を下げて参った。


「薬師様、此度は遠路はるばるお越しいただき」

「さっそく診せてくれ」


 彼女に会いたい気持ちが上回り挨拶も早々に切り上げて彼女の寝所に上がった。柊は肉厚な布団を頭まですっぽり隠して寝ていた。曰く、近くの有力武士の家の息子と婚姻が決まった日から体調が思わしくなくこうして伏せっている日が続いているという。

 佳鬼は護衛を寝所から遠ざけて二人っきりにすると、がばっと布団が跳ね起きてその中には色白の人形のような少女が現れた。


「あの、薬師様。どうか私めを病気として診断してくださいませんか」


 深々とまるで淑女のように布団の上で平伏する柊に、愕然とした。

 これは本当に柊なのだろうか。かつての傲慢不遜とした柊とかけ離れていて、本当に同じ人間であるのかと自分が今いる場所が、あの宿場であるのか疑わしくなった。


「どうしてそんなことを」

「昔、私のわがままでとある旅の少年のお守りを借りたままにしておりまして。ずっといるものだと思い込んでおり、返す間もなく彼はその日のうちに旅立ってしまったようで。嫁に行く前に、彼にこれを返したい一心で。旅の人なら知っているかと思いまして」


 細く少し握れば折れそうな手の中には確かに自分が柊に渡したあの乳角であった。だが目の前の可憐な少女が、あの柊と思えなかった。あの日別れてから、佳鬼の中の柊は不屈と傲慢不遜の面影しか思い出せなかった。柊ならこのような回りくどいことをせずとも、自らの足で探し出すはずであると思わずにいられなかった。


「知っております」


 嘘をついた。柊はそれを聞くや否や「どうかその方と合わせてくださいまし」腰低く平にして願い出た。

 やはりこの人は柊なのだろうか。


***


 護衛の目をかいくぐり柊の手を引いて夜道を抜けてゆく。


「どこまで行けばお会いになられるのですか」


 しおらしい言葉の一つ一つに苛立ちを覚え始めた。ふわっと手を引く所作も、白い単衣(ひときえぬ)を土につけぬように裾をまくっている姿に、もう我慢できずにいた。


「この顔に見覚えはありませんでしょうか」


 佳鬼がようやくその笠を脱ぎ捨てる。月明かりに照らされた成長した佳鬼の上に伸びる二つの角。だが柊の顔には鬼に恐れて慄くだけの少女の顔しか現れなかった。

 突如茂みから二人の男が佳鬼に飛び掛かり、柊から手を引きはがし槍の柄先で背中を突き押し地面に組み伏せた。


「こんな笠で隠し通したつもりか。こやつ、近頃村々でお嬢様と同じ年ごろの女子を襲っている鬼に違いない」

「人のまねをして、我らをたぶらかしたつもりか畜生風情め!」


 護衛の槍が佳鬼の腕を串刺しにして動きを完全に止められる。そして護衛持っている刀が抜き身になり、大上段からその首を刎ねようとした。最後の抵抗として佳鬼は首元に垂らしていたお守りの紐を食い破り、中のものを柊の目の前にやった。


「あんた……まさか」


 お守りから零れ落ちた佳鬼の乳角に柊の顔が歪むと佳鬼はにんまりと微笑んだ。

 柊は声が出ないのかひゅーひゅーと息が荒くなるが、手だけは必死に佳鬼の手を握ろうと、護衛の者に罵詈雑言を浴びせながら必死に止めようとしていた。


 ああ、やっと出会えた。あの時の君は僕と同じく隠していただけだったんだ。


 そしてやっと護衛の者の手を払いのけて柊が手を伸ばしたがすぐ足を滑らせて転んでしまう。そして佳鬼を捕えていた護衛の一人が刀を振り落とした。


 ああ、その表情。その表情を待っていた。僕にすがって泣きはらす君は美しい。それを見れただけで僕はもう満たされました。


 首が逆さまになっても佳鬼は表情を崩さず転がり落ちて、嗚咽泣きはらす柊の前に転がり。

 そして二つの角が石に当たって折れ果てた。

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