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決戦、その前に。

「おはようございます♪皆さん今日も元気ですか〜?」

朝の眠気から脱しようとしている生徒達は、4月中旬のポカポカとした陽気とそのほんわか朗らかな挨拶で再び眠りの底に突き落とされそうになっていた。

もちろん小百合もその1人だ。


入学から2週間ほどが経った今日という日、クラス内の立ち位置やそれぞれの関係性がおおかた決まってきた1年A組。

朝のホームルームではクラスのカチコチとした緊張感はもうすっかり鳴りを潜め、担任の明乃(あけの)先生の話にちゃちゃを入れたりする和やかな雰囲気へと変わっていた。


そのちゃちゃ入れの筆頭はやはり時音だ。

「明乃せんせ〜い♪先生も元気ですか〜?」

ぶんぶん手を振って猛アピールすると、明乃先生は嫌な顔一つせず答える。これぞ大人だ。

「先生はいつも元気いっぱいですよ〜」

いっぱいですよ〜の所で小さくジャンプしてくれるほどサービス精神旺盛な先生。ジャンプの瞬間大きく揺れるそのわがままな胸にみんな釘付けになった。

もしかしたら時音の狙いはここにあったのかと勘繰(かんぐ)ってしまうのは、してやった感を大いに思わせるニヤケ顔をしていたからだ。

だからといってこちらを向いてキャッキャするな私は関係してないぞ。そう内心冷や汗をかく小百合。


そんな事はつゆ知らず、先生はふわりふわりと朝のホームルームを開始した。

1年生のスケジュールももう通常営業に移行していたので、特段ややこしい説明もなく淡々と進んでいくが、締めくくりに大きな大きな爆弾が用意されていた。

「皆さん先日言っていた通り、今日から家庭訪問が始まりますからね〜♪」


そうだ。とうとうこの時がやってきた。

担任教師がクラスの生徒達のお宅を訪問して、家族と共に和気あいあいと雑談するという…罰ゲーム。

よっぽどその生徒に素行の問題などが無ければ、粛々と執り行われるその儀式。

別に大半の人は、それほど力を入れて構えるなんて事はしないだろう。()()()家庭訪問という程度の話。


しかし小百合にとっては、()()()、なのだ。

小百合の家の人間はとにかくアクが強い。

悪い意味を含んでいる訳では決して無いので、そこもまた憎めない理由なのかもしれないが。

中学生だった時の家庭訪問がいい例だ。


担任の女性の先生を相手に、それはもうぺちゃくちゃぺちゃくちゃとしゃべり倒す千百合と真百合。

「小百合ちゃんは学校で一人ぼっちになってないですか???」

「小百合はいじめられたりしてないですか?」

という具合の学校内の話なんかは、気持ちも身体も前がかりになって心配そうに聞き出す姿は脳内に深く刻まれている。


しかし、話が家庭内のことになると場の雰囲気がガラリと変わる。主導権は一気に母2人に移るのだ。というか奪い取るのだ。

「うちの小百合ちゃんは家では本当に明るくて可愛くて〜…あ、可愛いのはいつもの事か、てへっ♪」

「そうだね、家での小百合はいきいきしているんですよ。え?意外ですか?でも家じゃ当たり前なんだけどなあ。先生にも見てもらいたいのになあ」


この調子なので、とにもかくにも恥ずかしい。

身体の中から火で炙られているのではないかと間違うくらいに、じりじりと焦がされる辛さだ。


それほどに母達から大切にされていると素直に受け取ればいいのだろうが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。


ちょっぴりほろ苦い過去をリフレインしている間にホームルームはいつの間にか終わっており、それぞれがそれぞれの生活に戻っていた。

小百合も1限目の教科書を机に揃えておこうと動こうと思った時。

「さゆりんの家、ママ先生がいるから家庭訪問賑そう♪」

とにかく口を開いておかないと落ち着かないのか、すかさず時音が話しかけてくる。同時に、あなたがいる家もさぞかし賑やかだろうと小百合は確信した。


「小百合の家は楽しいよ〜。千百合先生も真百合さんもすっごく良い人だし♪」

小百合が言葉を紡ぐより先に、幼なじみがプレゼンを始めてしまった。

まるで自分の事の様に得意げに話す桃子は調子が良さそうだ。

「お母さんが2人とも美人だし。小百合が羨ましい♪」

さりげなく同性婚の両親という事を含めて話したところで、小百合はドキリとしてちらっと明日香と時音の顔を伺ったが、すぐに心配が無駄な事だと思い知らされる。


「さゆりんのとこ2人ともお母さんなんだ!きっと真百合さんも良い人なんだろうなあ!ね?あすにゃ!」


「そうですね。赤井さんを見ていれば十分そうだと分かりますね。…ところでその呼び方はご遠慮してもらえませんか?」

小百合の不安をよそに、明日香と時音はいつも通りの微笑ましいやりとりを繰り広げていた。


すると、桃子がすっと耳元に口を寄せてささやいた。

「この2人なら大丈夫だよ絶対♪」


まるで小百合の心の内を見透かしていたかの様に優しい声を掛けられる桃子を今一度見直した。そして嬉しかった。


小百合の頭の中から、いつのまにか家庭訪問の不安など微塵もなくなり、今目の前にいる心温かい人達の事でいっぱいになっていた。


まあなんかもうなる様になるかと、ふわふわした心持ちで家庭訪問に挑む事にした小百合だった。

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