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第1話 赤井小百合、走ります。

その時は、いつだって不意にやってくる。


「あ、待ってよ京子ちゃん!」

「はいはい、いつも桜は遅れてばかりなんだから〜」

そう言いつつも、その顔には呆れなんてものはなかった。

「いつもにこにこ桜のこと待ってくれるのは京子ちゃんだけだよ…ありがとね」

感謝の言葉を掛けながらナチュラルに京子の頭を撫でる桜。

「ちょっと!そうやって撫でないでよね!」

「いやあやっぱりその反応可愛いね〜」

2人はそんな他愛もない会話を交わしながら教室後ろのドアから出て行った。


うおぉぉぉぉぉぉおおおおいぃ!!!!


その光景を窓際の一番後ろの席からちらりちらりと見ていた赤井小百合は思わず叫んだ………心の中で。

(いかんよそんなことこんな公衆の面前で皆倒れるよ尊みで!あぁなんでナチュラルにそういう偉業をやってのけるんだ光の中に住む住人は!私みたいな影人(かげんちゅ)には到底無理だよあぁあ有難う有難う…)


ひとしきり心の声を発した所で我に返る。

さっと左の窓を見てみると、そこにはどうしようもなく緩み切った自分の顔。美容室なんてコミュ障の私には無理!と、しょうがなく自分で切っているぱっつんの前髪が、ちょっと太めの眉を際立たせている。さらには、興奮すると紅潮する頬が、インドア派由来の白い白い肌のせいで余計に目立つ。

情けないの一言で済むはずもない顔をしている。


鏡に映ったしょうもない顔から目を背け、机に顔を伏せた。

あぁ、どうして女の子同士の絡み合いというのは、こうも美しく可憐であるにも関わらず、

そんじょそこらにありふれているのか…

百合を眺めるの大好きマンに、こんな光景を惜しげもなく見せてしまったらそりゃあこっちも良からぬ妄想をしてしまうわけで…はい。


誰からも問われていないのに、脳内で言い訳を展開する小百合。

またまたにやけ顔になってきた………その時。

ポンポン!と少々強めに背中を叩かれる。

うわぁっと情けない声が漏れて、間髪入れずに顔を上げた。

「どうしたの?具合でも悪い?」

目の前に、少し不安げな面持ちの女の子が立っていた。

「桃子…?」

「なにその拍子抜けな返事は、まあでも大丈夫そうね」

そう言って安堵の表情の桃子。

この子は同じクラスの安井桃子。私の幼馴染だ。

家が隣同士という、まさにthe幼馴染と言っても良い。

背は私よりだいぶ高い。と言っても160センチぐらいだろうか。髪型にはあまりこだわりが無いらしく、肩に届かないくらいの黒髪ショートで毛先がちょっとくしゅっと遊んでいる。髪のふんわり感が性格にも表れているからか、同い年だが、お姉さん感をふんだんに醸し出している。

特に胸のお姉さん感ったらそりゃあ…小ぶりのメロン程かな?いつか柔らかさを確かめねば。

なんて少々脱線してしまったが、それらの要素が組み合わさってのお姉さん感なのだ。

私が何をするにも支えてくれるお姉さん。

陰ながらだったり、真正面からだったり。

「どうしたの?まじまじと見つめられたら照れちゃうよ」

桃子のお姉さん力を考察していたらつい見つめていたらしい。

ごめんごめんと平謝りで告げる。

それから、今日起こった些細な事や昼休憩に食べた購買のキャラメルフランスパンのキャラメルがちょっと固かった事、数学の八坂先生が美しかった事なんかをだらだらと語り合った。

10分ほど経っただろうか。今日のネタが尽きかけてきた頃に、桃子が会話の方向を変えてきた。

こういうところにも機転が利くのがとてもお姉さんだ。


「ところで今日も部室に行くの?」

「あぁー…い、行きますか?」

「疑問形で返すな〜」

柔らかいツッコミを差しこむ桃子。

部室に行く。それすなわち部に所属しているということ。

この私立華ヶ丘女学院に入学してからほんの数日。

周りでは、友達作りに励んだり、その作った友達と部活見学に行ったりと、それはもう「これぞ青春!」を楽しんでいた。

私だって、桃子と一緒にそういうことをするんだろうなあと入学前はなんとなく当たり前のように考えていた。

だけど今の状況は全く違う。どこで間違った?

深く考えるまでもなくその答えは一瞬で浮かんでくる。

もはや考える行為が無意味だと思えるほど答えが浅いのだ。


教室から出て、桃子との何気ない会話と並行してそんなことを考えていたが、すぐさま頭から吹き飛ばして部室に向かう。

全校生徒約200人程のあまり大きいとは言えないこの学校。

3階建ての校舎が3つ、カタカナの「コ」の字型に配置してある。小百合達1年生の教室や職員室は北校舎。部室や特別教室、下駄箱のある東校舎。2、3年生の教室がある南校舎となっている。校舎に囲まれている部分には、校庭がどーんと居座っている。

にも関わらず、サッカー部や野球部という言わば部活の花形スポーツ軍団は存在しておらず、グラウンドを優雅に舞っているのは陸上部だった。

グラウンドの隅、校舎から一番遠い所では、硬式テニス部が可憐にラケットを操っている。統制の効いている高い声がとても綺麗だ。

そして、校舎のすぐ真横に位置しているのがハンドボールコートだ。校舎の窓ガラスが割れないように、コートの校舎側の面は電信柱の様な支柱を起点にしてネットが貼られていた。一昔前ニュースにもなり、世間を賑わせていた時もほんの少しあったらしいハンドボール。7対7で繰り広げられる、接触プレーが日常茶飯事の激しい球技だ。「空中の格闘技」とも呼ばれてたり呼ばれなかったり…(小百合調べ)


2階にある教室を出て廊下を歩いていると、窓からはそのハンドボールコートを見下ろすことができた。

窓際を歩いていた小百合は歩みを止めた。

「どうしたの?」

突然立ち止まった小百合を振り返り桃子が聞いた。

「やっぱり…瀬野さんってカッコ可愛いよねえ…」

小百合の視線の先には、巧みなステップを踏み、しなやかにジャンプシュートを決める瀬野明日香の姿があった。


日本の街を歩いていてもあまり見かけない様な銀髪が、腰の辺りまですらりと伸びている。

髪の手入れがしっかりと施されているのか、その銀髪はどこを見ても歪みが無い。夕日の明かりを受けた髪はほんのり赤みを帯びていた。

「やっぱり小百合的にはああいうクール系統が好み?」

いつの間にか背後に回り込んでいた桃子は、小百合の両頬をぐりぐりと撫で回しながら、いたずらな笑顔を浮かべて聞いてきた。

「う〜ん…そういうすすす好きというか憧れなの…か?」

平静を装ったつもりだが、明らかに動揺していた。


瀬野さんとは特に話した事があるだとか面識があるだとか、そういう事は全くない。

同じクラスで席が一つ斜め前だという要素しか今のところ無い。

入学して間もない上にコミュ障の私が、そう容易に会話出来るはずがない。しかもあの美人さを装備しているお方だ。

高嶺の花と言わずに何という…

でも、ときどき………


ひとしきり瀬野さん情報を整理したのち、瀬野さんに再び視線を戻した。その時!

「うわぁっ!こっち見てる!」

普段の行動ののろさからは想像もつかないスピードで身をかがめる小百合。どうも、瀬野さんがあのキリッとした目つきで見てきたらしい。

あまりの素早さに桃子は取り残されたが、あくまでも自然に瀬野さんに手を振っていた。


そうだ。ときどき、こういう風に目が合う瞬間があるんだ。

まさか私のことを気にかけて…いや!そんなはずがない!

…でもじゃないとこんな偶然にも…

ああでもないこうでもないと、頭が沸騰しそうになる小百合。その体がひょいっと浮き上がった。

「ひとまず部室に退散だ!」

小百合の両脇を猫を持ち上げる様に抱えあげた桃子。

そのまま…はさすがに恥ずかしいので下ろしてもらい、

一目散に部室へと駆けた。

瀬野明日香の視線は、まだ小百合の方に残っていた。


いつ以来だろうか、こんなにも走ったのは…。


瀬野見つめポイントからすぐの階段を駆け上がり3階へ。

登り切って右手にある渡り廊下に繋がるドアを開けると、

春先にしては少し冷たい風が頬を撫でてくる。

10メートルほどの渡り廊下が無限に続く様にも思えた。

瀬野さんの視線の熱さが脳裏にこびり付いて離れない。

振り切るためにスピードを上げた。


「あはは!小百合が必死に走ってるだけなのに!面白いなんて!」

桃子に笑いのクリーンヒットを食らわせたのも気に留めず、部室がある東校舎に飛び込んだ。

キュッと上履きを鳴らしブレーキをかける。

ここでようやく力が抜けたのか、桃子の笑い声がすぅっと耳に流れ込んできた。

「私たち一体何から逃げてるのかなっ!アハハハハ!」

「そうだよねえ小百合!あはは!」


これが「青春」なのかなと、もはや徹夜明けのハイテンションの如く思考が暴れていた。


全力疾走と全力笑いで暖まった体を冷却する為にも歩き出す。

東校舎3階は文化部の部室がすべて並んでおり、軽音部からは朗らかな笑い声が響いたり、お世辞にも上手いとは言えないギターが鳴っていたり、はたまた占い同好会なるものの部屋からはただならぬ妖気があふれ出ていたり(目には見えないが)、それぞれが色んな意味で賑わっていた。


その占い同好会の右隣に並んで位置しているのが文芸部の部室だ。

「なんかもう既に疲れている私がいるよ…」

部室を目の前にして、小百合が心底うんざりそうにぽつり。

「たまにはこういう刺激も良いじゃない♪」

桃子のそんなポジティブ感、私には一生装備されないだろう。そう思えた。


部室には既に明かりが灯っている。

ここからが実は本番なのだ。

スイッチを切り替えるとはまさにこうだ!と言わんばかりに、瀬野さんの件を頭の隅に追いやった。


今現在、華ヶ丘女学院文芸部に所属している部員は2人。

そう、今部室の前に立っている小百合と桃子だけだ。

つまり、部室には誰もいないはずである。

しかし、まだあらゆる可能性が十分に考えられる。

顧問の先生がいるとか顧問の先生がいるとか、そして顧問の先生がいるとか…。

無限の可能性を示したかった小百合だが、もうそれしか出てこない。それほど部室の中にいる存在が強烈すぎるのだ。


ふぅー、と息を吐く小百合。

ため息混じりの一息を出し切るよりも前に、引き戸をがらりと開いた。



「おー…やっと来たなぁ 待ちくたびれたぞー」



キャスター付きの椅子に座ったまま、けだるげに手をひらひらさせて手招きしている成人女性が1人。

「先生こんにちわ〜」

桃子がなんの気兼ねもなく挨拶をすると、のそっとその人は

立ち上がり…

「あぁ、今日の桃子の胸もいいなぁ」

…顔をうずめた。


「先生ちょっと待て待てそれは無い!」

とっさに小百合が桃子から引き剥がしにかかるが、謎理論でその人は抵抗する。

「顧問特権だぞ!いいじゃないかいいじゃないか」

なかなか離れない自称顧問にプッツン気味の小百合は、ええかげんにせいっとその頭に軽ーく手刀を入れた。


「小百合ちゃん、先生に挨拶もせずにその扱いは酷いなあ」

頭をさすりながら痛いフリ。

手刀を受けてちょっとだけ乱れた短い黒髪を整えていた。

「すみません…先生」

桃子をいい様にもてあそんで羨ま…けしからんと思ったばかりに、ついつい制裁を加えてしまった。反省。

少ししゅんとした小百合だったが、それもまたすぐ吹き飛ぶこととなる。


「あ、だからその《先生》って呼び方は違うでしょ?」

再び椅子に腰掛け、膝上10センチ丈のクリーム色のタイトスカート、そこからすらりと伸びる黒ストッキングで包まれた脚を組みながら問う。

悪魔が微笑んでいる…。小百合からは間違いなく悪魔に見えていた。


先生に舐める様に見つめられ、どこそこに目が泳いでしまう。

一瞬、桃子の表情も捉えたが、どこか笑いを堪えている様に見えた。


「はい………《お母さん》」


うんうんそれでよろしいと言わんばかりの笑顔でうなずいた《お母さん》と呼ばれた人。

そうだ。今、目の前にいるのは、華ヶ丘女学院の教師であり文芸部の顧問、

そして…小百合の母「赤井千百合(ちゆり)」だった。




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