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世界で一番広大な森の中にある湖の一つが見える場所。大きな石の上に男とアマネは座っていた。樹々の隙間から漏れる光が水に反射して湖が光っているように見える。初めて見た景色にアマネは綺麗と言う言葉頭に浮かんだ。
「おじさん。こんなところに来てどうするの」
「人が多くいる場所で話すのは俺に都合が悪いんでな人のいない場所に来た」
男にとってアマネと人が多くいる場所に行くのはさほど問題ではない。だが、秘密を知った経緯や方法を人前で喋られると困る。特に命を狙っている人たちに聞かれてはめんどくさい。だから、人がいない場所で聞き対策を練る必要がある。
「お前の約束は果たそう。だが、お前はどうやって俺の秘密を知ったのか先に教えてくれ」
「その前におじさんのこと信用してもいい?」
「お前が決めろ」
名を明かした時からアマネは男といる時に限りフードを被っていないため表情がすぐにわかる。なおさら男はアマネの顔を見ることができない。
アマネが小さく笑うと太陽の様に眩しい笑顔を男に向けた。
「じゃあ私おじさんを信用する」
アマネは元気な声と眩しい笑顔を見せるが手が震えていた。気付いているのだろうか。
アマネはコートを取った。アマネのコートの下は一糸まとわぬ姿だった。想像以上に引き締まった身体を隠す物はない。白い肌に母の形見と同じ色の髪。
そして、八枚の白翼。
「これが私。気持ち悪いでしょ」
「・・・・」
言葉が出なかったのではない。何も言わなかったのだ。
「私の一番古い記憶からこの翼があった。お母さんも知らないしお父さんも知らない。頼れる人がいないんだもん。怖かった。だからさ、今まで一人で生きていたんだ。誰にも見つからない森の中で畑を耕して家を建てて生きていたんだ。これからもそうしようと思っていた。でもね、神様って酷いよね。欲張りもしないで静かに生きていただけなのに畑から食べ物を取れなくしたの。だからね、私は働かなくちゃいけないんだ。この気持ち悪い姿を隠したまま」
「・・・・・」
「お金持ちの人とかに見つからない場所で働ける場所を見つけたいんだ」
「・・・・・」
「なんでさっきから黙っているの?仮面をつけているからどんな顔をしているか分からないよ。下を向いていないでよ。言葉にして。私やっぱり気持ち悪い?」
アマネが掠れる声で伝える。コートを取った時より体は震えていて目が赤くなり頬に水滴が走っている。
アマネの身体を見ることが恥ずかしいわけでも怖くて喋りたくなかったわけでもない。昔の自分を見ているようでアマネの姿を見ることが男は辛かった。
悩んでいる理由は違えど考えていることは少年の頃の自分にそのまんまだ。誰かに自分を認めてほしくて自分が生きることを必要として欲しかった。
「不思議な身体だとは思ったが、気持ち悪いとは思わなかった。それだけだ」
アマネが欲しい言葉これではないだろう。アカネが今欲しい言葉は今も自分が欲しい言葉と一緒だ。
その言葉を口にすることも伝えることも簡単だけど、男はしない。男はアマネの親でも、恩師でもない。ただの、仕事を見つける代わりに秘密を言わないという関係だけである。
たったそれだけの関係の人がアマネのことを肯定しても心に響く物は少ない。
自分が最も大切な人から認めてもらうことが一番心に響くのだ。アマネの大切な人は昨日であったばかりの人ではない。
だから男が考える必要以上の言葉は言わない。アマネの気持ちが落ち着くのを黙って待っているだけだ。
アマネは熱かった身体が徐々に冷めていくように感じた。目の前には昨日であった人仮面をつけた人がいる。仮面をつけているから今どんな表情をしているのかが分からないけど、私の心が落ち着くまで待ってくれていた。酷い人なら醜い私を置いてこの場から去っているはずなのにおじさんは私が欲しかった言葉を言ってくれなかったけどここにいてくれている。ここに来てから数分しかたっていないのだろうけどアマネの中ではとても長く感じた。
これがおじさんの優しさなのだろう。ここに来るときには気が付かなかってけど風の音と鳥の鳴く声が聞こえてくる。
脱いだコートも見える。コートを取った時はこれぽっちも恥ずかしくなかったけど今は何も着ていない状態がすごく恥ずかしい。
おじさんに全てを一度見られたと思うと顔が熱くなるのを感じる。今は動かないまま下を向いている。寝ているのだろうか。
そっと地面に落ちているコートを羽織り、大胆なことは二度としない様に心に刻んだ。
「俺はお前の欲しい言葉は与えられない。だけど仕事はあたえることができる。俺について来るか、それともどっか行くか。お前が決めろ」
「ついて行く。だけど一ヵ所寄りたい場所があるの」
先刻までのことは無かったかのように元気いっぱいで話す。
「わかった。そこに寄ってから仕事を始めよう」
おじさんとアマネの短い旅が始まった。




