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木製のカウンターで男はピーナッツをちまちま食べていた。仮面はピーナッツが入るぐらい外している。そうして何時間か時間を過ごし、他人の会話を盗み聞きしたが戦争の話は聞こえてこなかった。戦争の情報を手に入れるため店主に聞いてみた。
「戦争の情報は入っているか?」
「また戦争かい。残念だが戦争の情報はないな、傭兵さんよ」
傭兵と名乗ったことは無いが戦争の話ばかりを聞いているので店主から傭兵と思われている。戦争を潰している張本人と言うより傭兵の方が情報収集には便利かだと考え店主に間違いを指摘していない。
「お前さんよ、酒飲むときぐらい仮面外したらどうだい」
「誰にも顔を見られたくない」
「お前さんの顔はかなりカッコイイと思うんだが」
「何年も見ていない」
男の言っていることは本当だ。男の部屋には食料、薬、イス、机、形見、仮面以外に物はなく部屋にいる時間が極端に短い男にはこれだけあれば十分だった。基本部屋に戻る時は薬がなくなった場合か戦争から戻ってきた場合。
必要な物しかない部屋は男の帰る場所だ。そこに毎日戻っていたら毎日を生きることだけで満足してしまいそうに思った。それでは母との約束を守れていない。頻繁に帰ってはいけないのだ。
普段は酒場にいるか散歩でもして時間を潰し宿に泊まる。もちろん部屋から出ていたら仮面をかぶっているため自分の顔は見ない。店の窓や鏡に映るのはフードを被った人の姿だ。
「そうかい。傭兵のお前さんなら知っていると思うけど、戦場の悪魔には気を付けろよ。出会ったら殺されっちまうからな」
「あぁ」
酒を運びに去って行った店主を見て男は小さく「戦場の悪魔かぁ」と呟いた。その人は悪魔と名前についているのだからきっと快くは思われていないのだろう。ピーナッツを食べている男の別名だが、どこか他人事のように考えていた。
それから誰とも話すことなく時間が過ぎ窓から見える空が茜色になった。夜が近づいてきた。まだ店の中はスカスカだったが繁盛はこれから。情報を得やすいのは夜だ。しかし、荒くれ者達の酒癖は酷い。めんどくさい人たちに絡まれたくないので明日の昼にまた来ればいい。
宿へ戻ろう。男はポケットから袋を取り出し小銭を取り出す。小銭をテーブルの上に置く音と扉が開く音が重なった。
荒くれ者たちが来るには随分早い。誰だ。視線を入り口に移す。店の前で少年に話しかけた女。
店内に足音を響かせカウンターに姿勢よく歩いて来る。コートの背中部分が少し膨らんで見える。何かを隠しているようだ。
店の前では気が付かなかったが背丈が高い。
「ビール一つ」
女は椅子の一つに座り酒を頼んだ。こういう店に入ったことないのか落ち着かない様子だ。
店に入って飲み物を頼めるぐらいだ、金に困っているわけではないだろう。だとしたらこんな場所に何をしに来た。男の中で疑問が生まれ、最後のピーナッツを口に運ぶ手が止まる。
この女が帰ってからにしよう。
「はい、ビール」
「ありがとう。あ、待って。あなたここら辺詳しい?」
去る店主を呼び止め女は訊ねた。
「詳しい方だと思うが何か」
「この場所の近くで目立たないで働ける場所を探しているんだけど教えてくれない」
「傭兵でもならない限りこの場所に職はない。普通の奴らはゴミ山に飯を漁りに行くぐらいだな。店に入れるくらいだから金に困っているわけではないだろう」
「死ぬまで生きれるほどの金はない。そうか、教えてくれてありがとう」
瞬く間にビールを飲み干し、懐から小銭を出すと女は店から出て行った。
職を探していたらしい。俺も店主と同じでこの場所は傭兵以外の職が思いつかない。他の職があったにしろ興味深い話が聞ける相手ではなかった。
最後のピーナッツを強く噛み金の入った袋をポケットにしまうと店を出た。冷たい風が身体を刺す夕闇の中フードを深く被った女が立っていた。
「あんた何者?」
「お前こそ何者だ。普通の人ではないだろう」




