第四話 完全勝利しやがれ!
手のひらから発射された何十個もの火球が【ねこにゃん】に襲いかかる。夜の闇の中で尾を引きながら飛翔する数多のそれは、まるで花火みたいに炸裂する。どうやらこのキッズ仕様の世界にスキルコストは存在しないらしく、詠唱しただけ発動できるみたいだ。
「「「ぱおーーーーーん!」」」
火球の勢いに、【ねこにゃん】も少し怯んだのか三体ともその場で二の足を踏む。
「信彦、休まず撃ち続けろ! かのんっ!」
「うわああああ! コールスキル! ファイヤボール! コールスキル! ファイヤボール!」
信彦も言われたままにファイヤボールを撃ちまくる。馬鹿の一つ覚えみたいだけどこれでいい。ていうかこれしかない。
身体が半透明になったかのんが、建物の影から【ねこにゃん】の背後に忍び寄る。いいぞ、作戦通りだ!
「喰らいなさい! コールスキル! ファイヤボール! コールスキル! ファイヤボール! コールスキル! ファイヤボール!」
彼女の手のひらから撃たれた三つの火弾は【ねこにゃん】のちょうどお尻の穴へ飛んでいき、しゅぽっ、しゅぽっ、しゅぽっとその中に吸い込まれた。
「「「ぱおぱおぱおぱおっ!!!」」」
ケツの中を燃やされた【ねこにゃん】達はその場に横たわり、苦痛でのたうち回る。華麗に一撃離脱を決めた彼女は俺らに分かるようにガッツポーズをしている。
かのんには痛そうなところを狙おう、としか言ってないけど、彼女の弱点はお尻なんだろうか……。
それはさておき、これは好機。一気に決める必要がある!
「行くぞスライン!」
俺は後ろで二の足を踏んでいるスラインを無理やり両手で抱えると、悶え苦しむ【ねこにゃん】の方へ走り出す。
「うわああああ、やめろおおお、我を戦場に連れ出すなああああああああああ!」
「うるせえ、はやくトドメをさしやがれください!」
発狂するスラインを抑えつける。心の中の本音とスラインへの敬語が入り混じった変な言葉になってしまった。
俺は大きくジャンプして、一匹の【ねこにゃん】の背後に回り込み、スラインをぐいっと前に突き出す。
「はやく殺りやがれくださいっ!」
「うわああああああああああああっ! す、スラスラッシュ!」
スラインが小さい腕を少し振るうと、【ねこにゃん】の肌に傷がつき、紫色の髑髏のエフェクトが出る。その瞬間、スラインの攻撃を受けたそれは、力なくその場に横たわる。
後二匹!
「さすが魔王様、強えじゃんでございますねぇ!」
「おかしな尊敬語より、我をもっと丁重に扱えぇ!」
俺はスラインをもう一度抱きかかえると、二体目の【ねこにゃん】の懐に飛び込む。怒った【ねこにゃん】やたらめったら首を振る。その一発が俺に当たりそうになったが、間一髪数センチのところで躱す。
「馬鹿者! 我に当たったらどうする! もっと慎重にいけ!」
「はいはい分かりましたよ!」
俺はすんでのところで、尻尾を躱し、スラインを【ねこにゃん】のお腹の前に突き出す。
「――こらっ危ないだろッ。スラパンチ!」
スラインがちょこっと腕を突き出す。それが対象に触れた途端、またも髑髏のエフェクトが出て即死する。ほんとに何の攻撃でもいいみたいだな。デメリットさえなければド強え。
「最後の一匹、頼みますよ!」
「ふんっ、我の手にかかればこの程度容易いわ! ふはは!」
スラインも何か調子が出てきたのか、少し乗り気になってきてる。暴れる最後の【ねこにゃん】へと俺は駆けていく。
「ぱおおおおおおおおっん!」
やられた仲間を偲ぶように残った個体が雄叫びをあげる。俺は構わず直進するが、その時【ねこにゃん】の身体が黄色に光りだす。
やべえ、こいつもスキル持ってんのか! 考えた時にはもう遅い。なんと【ねこにゃん】の首が急に伸びて俺の方に襲いかかってきたのだ。
「くっ!」
「ひえええええええええええええええええええええ!」
さっきの自信はどこに行ったのやら、スラインが恐怖に慄き絶叫する。ちっ、完全に隙を突かれた。スラインを庇いながらコイツの攻撃を受けきるしかないか?
「「コールスキル! ファイヤボール!」」
俺の直前にまで迫った【ネコニャン】の頭が二つ火球の爆発で空の方向に弾き飛ばされる。ちらりと両サイドを見ると、かのんと信彦だった。ナイス!
俺は走った勢いをそのままに、スラインを抱え【ねこにゃん】の首の下にスライディングして潜り込む。
「チャンスだスライン!」
「はっ、はひぃ! スラアッパー!」
もう魔王様の威厳ゼロなくらいアヘアヘになっとるやん。それでもスラインの一撃は髑髏のエフェクトとともに対象を一撃で葬り去る。俺はスラインを抱え直すと、片足で踏み込んで【ねこにゃん】の下から素早く離脱する。
骸となった【ねこにゃん】はドスンと大きな音を立てて地面に崩れ落ちた。これで完全勝利。何だかんだ勇者だった頃の身体の動かし方とかは忘れてないらしい。
「はぁはぁ、死ぬかと思った……、死ぬかと思ったぁ!」
俺の腕の中の真っ黒スライムは滝のような汗を流して呼吸を荒くしている。
「ばっちいから俺の服を汗で汚さないでください。魔王様」
「お前が無茶するからだ馬鹿野郎!」
お怒りの魔王様を地面に下ろしてあげる。かのんと信彦が笑顔でこっちに駆け寄ってくる。なんだかんだで俺たちの初仕事も無事に終わりかー。
そんなことを考えていた時、一匹の【ねこにゃん】の死体から緑色の光が俺たち四人の方にゆっくりと飛んできて、それぞれの胸の中に入っていった。
「なんだこれ?」
「すごいです、勇者様方っ! 本当に【ねこにゃん】を倒してしまうだなんて!」
緑の光について何か確認する間もなく、例の少女が俺たちの方に走ってきていた。他の村人たちも笑顔でこちらに向かってきている。
「今夜はお祝いです!」
俺達はそのまま少女に手を引かれ、村の英雄として夜通し飲み明かしたのだった。
………………
…………
……。
鳥の鳴き声が聞こえる。窓から漏れる陽の光が眩しい。どうやら昨日は飲んでそのまま眠ってしまったようだ。
「はぁ、頭痛い……」
横に手をついて起き上がろうとするが、何かもにゅもにゅと凄い柔らかい感触がする。何だこれはと思って、そっちを見てみると薄いシャツ一枚だけでかのんが眠っている。俺の手は彼女の胸の上に置かれている。
もう一回確認するように揉んでみる。はぁ、至福の柔らかさ。着痩せするタイプなのか、手のひらからはみ出る程度には豊かなおっぱいだ。襟元から白い肌と柔らかそうな谷間が覗く。思わず俺はゴクリと唾を飲む。
昨日夜の記憶がない。咄嗟に自分のベルトを確認するが、緩んでるとかはなさそうだった。
「はぁん、王子ぃ。焦らさないで……」
「お、おい。かのん!」
夢の中にいるのだろうか、彼女は俺の身体を掴むと同じ布団の中に引き込む。そして、俺の頬に優しくキスをする。栗色の柔らかい髪のショートカット。柔らかい唇。長いまつ毛。昨日は意識する暇が無かったけど、元の世界でモテモテだったのも納得できるくらいには綺麗だ。
さっきの柔らかい感触も思い出されて、ドキドキしてくる。元の世界に戻る時、こいつもハーレムの一員に加えてやってもいいかな、とか思えてくる。
その時、彼女のまぶたが開き、こげ茶色の瞳が俺の顔をとらえた。何の感情か分からないけど、彼女の瞳孔が大きく開く。
「ちょっと、なにこれ……!」
眉間に皺をよせて、両手で俺を突き放す。そしてすぐに起き上がると、何かされてないか気になるのか、自分の身なりを確認し始める。やばい、これは確実に怒ってらっしゃるお顔だ。俺も俺の身を守るために弁明しなければならない。
「俺だって、起きたらこんなことになってるから。びっくりしたんだ」
「王子様にだって、こんな恥ずかしい姿見せたこと無いのにッ!」