第一話 自己紹介しやがれ!
重いまぶたをゆっくりと開くと青い空。白い雲。頬を撫でる風は少し冷たく、柔らかい日差しがちょうど心地いい。背中はなんかチクチクしてるけど、ふかふかでもう一度眠りたくなる。
目を閉じると気持ちいい。なんで俺はこんなところで寝てるんだっけ。まどろみの中で思いを巡らすと、衝撃的な記憶にたどり着く。
笑顔の俺。頬を染める女の子たち。夜のことを考えて鼻の下が伸びる俺。頭の上に突然現れた雷雲。顔が引きつる女の子たち。突然雷に打たれる俺。
そうだよ、ふざけんなよ! チーレム結婚式をあげようとしてた、そして突然雷に打たれて意識を失ったんだった!
俺は上体をがばっと起こして周りを見渡す。のどかな牧草地帯。近くにあるのは風車、数軒の農家、柵に囲われた牛さんたち。背景には結構大きな山があって頂上付近は白い雪の帽子をかぶってる。あまりにものどかな景色、それ以外の感想など出てこない。
そして俺がいるのは、干し草の積まれた、なだらかな傾斜の屋根の上。下からモーモーという声が聞こえて若干、というかかなり家畜臭い。どうやら牛舎か何かの上みたいだ。
そう、ここまでは至って普通。次が問題だ。屋根の上で寝てるのはどうやら俺だけではないみたいなんだ。俺が確認できる限りでは、ピンクのドレスの女の子、エルフ耳の少年、そして黒いスライム。
「うーん? 意味がわからないね」
そこで俺は俺たち四人の間に一枚の羊皮紙が置かれていることに気がついた。それを手に取り読んでみる。めっちゃ汚い字で走り書きしてある。
『せっかくわしが転生させてやったのに、お前たちは調子に乗りすぎた。自分の傲慢さを反省し、もう一度最初からやり直し(弱くてニューゲーム)しやがれ!』
「はい?」
唐突すぎてムカつく気持ちすら出てこない。続きを読み進める。
『P.S.ちなみに能力は前とは反対の効果にしておいたから楽しみにしておくように。あとこの世界の一部はわしの孫のきよしがデザインしたから、一筋縄でいかんぞい(笑) by神』
「なんだこれは」
なんの悪戯か分からないけど、俺のチートスキルで前に手に入れた、スキル【次元跳躍】と【空間転移】を使えばすぐに元の世界へ戻れるだろう。驚かせやがって誰のドッキリだこれは?
「コールスキル! 【次元跳躍】、【空間転移】」
俺はいつもの要領で移動先を思い浮かんで叫んだ。もちろんそれは、俺の妻たちが待つ俺の城だ。しかし、コールしたスキルはいつまでたっても発生しない。
「コールスキルッ! 【次元跳躍】、【空間転移】!」
やっぱり何も起きなかった。何かがおかしい。青い空に白い雲がゆっくりと流れてゆく。モオーーーッと牛が鳴く。そよ風で牧草がなびく。何も起こらない。
「なんでだよっ! 糞がっ!」
俺は苛ついて声を荒げる。くそが。一夫多妻制を実現するために、一番のお気に入りの彼女のエルウィちゃんをあんなに苦労して説得したのに! なんで肝心なの時に帰れないんだよ!
「ちっ、うるせ……うるさいですわね」
俺が上げた声に対して不満そうにピンクドレスの女の子が目をこすりながら上体を起こす。栗色の髪でショートカットが似合う垂れ目の子だ。
この子に引き続いてもう一人ともう一匹も目を覚ます。
「あれ、僕のスボンは……」「全軍ッ、かかれ!」
長い耳で金髪のエルフ美少年。そして黒くて若干透けているレアそうなスライム。どちらもどうやら寝ぼけているみたいだ。俺は手元の羊皮紙にもう一度目を通す。これに書いてあることが本当ならば、こいつらも転生者ということなのだろうか?
いや、それでも今までで俺以外の転生者なんて会ったことがない。これは何かの冗談だ。
「おい、そこの女。俺は勇者リューヤ。名乗れ、こっから戻る方法を教えてくれたら俺の妻にしてやるぞ」
「はぁ? あんた何いってんの? あたしが貴族ボルボサナ家の娘だって知っての言葉遣いかしら? 後で処刑してやるわ」
「貴族の娘が牛舎の屋根の干し草の上で寝てるわけーねーだろが」
「はぁぁぁ? あんたねえ」
ドレスの少女は自分の周りをキョロキョロと見渡すと違和感に気がついたのか、一気に顔が真っ青になる。そして、牛糞の匂いに気がついて顔をしかめて鼻をつまむ。
「ちょっとどういうことなの。ここはどこ? 説明してよ!」
「それが俺も分からねえから困ってるんだ」
使えない女だ。はぁーーーっとため息をつく。しょうがないから例の羊皮紙を丸めて少女に投げて渡す。おっとっとと落としそうになりながら、彼女はそれを両手で受け取った。
「おいそこのエルフ、あと黒スライム。お前らも何か知ってたら吐けや」
しかし、どちらも俺のことを睨みつけるばかりでまともに答える気がなさそうだ。
「人に物を尋ねる時は、自分から言うのが礼儀というものでしょう」
「人間風情が、我に許可なく話しかけるな」
くそが! どいつもこいつもめんどくせえ奴らばかりだ。
「あのさぁ、俺は勇者なんだよ! だからさ、お前らは俺の言うことを黙って聞いてりゃいいんだってさ。それが分かんねーかな?」
「君みたいな子供に指図される筋合いは僕にはないね」
「ころすぞ人間」
三人の間にバチバチバチと火花が散る。牧歌的な風景とは圧倒的に殺伐とした空気が流れる。その時、例の羊皮紙を読んだ少女が均衡を崩すかのように一言目を発した。
「あんた達、もしかしてみんな元日本人なの?」
彼女の言葉に俺を含めた四人ともピタリと固まる。なぜなら“日本人”というワード、それは紛れもなく転生者でない限り、知りえない言葉だったからだ。
………………
…………
……。
「えーっと、さっきはごめん。俺は、花吹竜也。十八歳。元の世界ではチートスキルで勇者してた。日本では、これ言わなきゃダメか? えっと、ニートっす。ハハハ」
「はい、じゃああたしね! あたしは氷見かのん。二十三歳。元の世界ではいわゆる貴族令嬢をしていたわ! 貴族界をあたしの派閥で牛耳ってたの。えっと、日本では、……その、コンビニバイトのフリーターで喪女でした……」
「あの……、僕は、佐藤信彦。元の世界では技術指導とかして、ふふふ……モテモテになってました。好きなものは、ふふ……幼女で、日本にいたときは童貞の底辺社畜おっさん(45)でした。ぐすん」
「我はスライン。元の世界での名は魔王スラインだ。昔日本人だったのは確かだが数百年も前なので記憶はほとんどない」
とりあえず、最高に奇妙な絵面だが牛舎の上で俺たちは自己紹介をする。
相手が日本人だと分かっただけで、殺してやろうとか奴隷にしようとかそういう気がさらさら無くなってしまうのは自分でも不思議だ。きっと、日本にいたころの価値観のもとで話すことになるからだろうか。
こうやってあのギスギスした空気から一転して自己紹介する流れになったのも、他の三人もまた同じようなことを感じているからだろう。
「ところで、あんたたち……じゃなくて、あなた達。何か身に覚えはないの?」
俺たちは例の羊皮紙を囲むようにして東西南北に座っている。太陽はちょうど俺たちの真上にある。いまの時間は正午くらいなんだろうか。
お前たちは調子に乗りすぎた。確かにそんなことが書いてあった。俺が一夫多妻制を導入したことが、“調子こきすぎ”に当たるのなら、見に覚えがないことはない。その時、エルフ少年もとい中身はおっさんの佐藤伸彦さんが口を開いた。
「僕の頭の上に雷が落ちたのは、十歳前後の子の夜伽をうけようとスボンを下ろした時でした。正直あまり見に覚えはありませんね」
「「うわー……」」
俺とかのんがガチでドン引きする。一応歳上なので心の中だけで突っ込む。信彦さん、それはやばいですよ。調子こきすぎだと思いますよ。しかも自覚ないところがガチなやつだ。




