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ACT08 凧の行方

 『約定』が発効されたとたん、魔除札の盗賊の動きがぴたりと止まった。盗賊がどこに消えたのか、その動きが皆目見えなくなった。

「探索の情報が、漏れてるんじゃないかってね」

 サキは、機嫌が悪かった。

 盗賊の動きがないのは良いことだが、捕まらなければ話にならない。

 探索の状況や、今後の対策をリュードに話しながら運河沿いの道を歩いている。

 毎日、運河沿いの商家を順に見て歩いていた。

 狙われた商家は、全て運河沿いにあることをリュードが指摘した。

 確かに、侵入と逃走に小舟を使った可能性が一番高い。

「もう少し落ち着いて、整理しようや」

 少し遅れて歩くリュードが、のんびりとした口調で返してくる。

「まず、魔除札を残して消える盗賊がいる」

「そんなことはわかってるわよ!」

「だが、ギルドの説明では二種類の盗賊ってことだろ?」

「大規模な盗賊と、ちゃちな類似犯、ってことよね」

「それと、神殿に向けて魔除札をばらまいた奴の関わり」

「三つの事件を、同時に追っかけてるってことね」

 サキは、ため息をついた。

 確かに、リュードの指摘するように、今は落ち着いて整理することが必要かも知れない。気負い込んで闇雲に突っ走っていくよりも、一つ一つを解決していくことが大切だろう。

 サキは、冷静さを取り戻すように、空を見上げて大きく息を吐き出した。

「?」

 空を見上げて、異変に気が付いた。

 近くの空を、何かが舞っている。

 林の木の上を鷹の姿をした黒い影が、フラフラと揺れている。

 鷹にしては飛び方がおかしい。

「リュード! あれ見て!」

「行ってみよう」

 サキは、近くの林に飛び込んだ。遅れずにリュードが付いてくる。

 林の向こうの休耕地あたりだった。

 林を抜けたサキが目をこらした。

「あら、あれは……」

 空き地に、凧を揚げている赤毛の二人の子供がいた。いつもの如く淡い茶色の麻の着物をまとっている。

「あら、スタンとハトルじゃない」

 サキの姿を認め、スタンとハトルが破顔した。

 落ちてきた凧を、ハトルが抱えている。

 幼いスタンとハトルよりも、大きな凧だった。

 鷹が羽を開いたような形を模したその凧は、軽く丈夫な柳の枝を組み合わせ、薄い紙を貼った黒いものだった。

 子供が遊ぶ凧とは明らかに違う。玄人の細工師が作ったような本格的な物だった。

「あっ、サキのおねーちゃん! この凧、うまく飛ばないの」

「この凧どうしたの?」

「サキおねーちゃんみたいな、知らないおにーちゃんにもらったの」

「違うよ! おにーちゃんみたいな、おねーちゃんだよ」

 ハトルが訂正する。

 スタンとハトルが言い争いを始めたのを無視して、リュードが凧を手に持ち奇妙な顔をした。

「この凧は、左右が長く上下が短いな……これじゃあ安定しないぞ。

 ぼうず、ここに何か付いてなかった?」

「あっ、これがくっついてたけど外しちゃった」

 スタンが、目の粗い網のような袋を示した。

 柳か何かを割いて作った袋は、奇妙なことに袋の上下の口が開いている。袋というより網状の筒みたいなものだった。

「なるほど、わかったよ」

 リュードがスタンに笑いかけた。

 サキが感心するほど、子供あしらいがうまい。

「凧の尻尾がないので、巧く揚がらないんだ。紐みたいに草を編んで、三尺くらいの尻尾をくっつけるといい」

 そう言って、リュードは傍らの草むらの蔓草を引き抜いて縦に裂き、凧の下の部分に即席の尻尾をくっつけた。

 糸を持って凧を支え、二三回釣り合いを調整すると、凧がふんわりと浮きあがった。

「あっ、揚がった!」

「この凧は力強く飛ぶから、落として壊したり、糸を手放してなくしたりしないようにな」

 空に浮きあがった凧をつなぐ糸を、スタンの手に渡した。

「ありがとう、お兄ちゃん」

「代わりに、この網袋をもらってもいい?」

「うん」

 凧揚げに熱中し出したスタンとハトルの兄妹に手を振って、サキとリュードは歩き始めた。

 空き地から再び雑木林を抜け、大通りに向かう小径に戻る。

「サキお姉ちゃんみたいなお兄ちゃん。お兄ちゃんみたいなお姉ちゃん、か。何が何やら……意味深だな」

 リュードの言葉に、サキはカチンときた。

「意味なんか、わかってるわよ。

 凧を渡した相手は、女っぽい男か、男装した女ってことでしょ!

 あのちびっ子ども、何もあたしを例えにしなくてもいいんじゃない?

 どーせ、あたしは女っぽくないわよ!」

 サキがぷーっと頬を膨らませて、先を歩くリュードの背中をにらむ。

「えらい剣幕だな」

 先を歩くリュードの声が笑っている。

「去年、あたしが神殿警護官になった直後に、神殿でちょっとした捕り物があったの。相手に気が付かれちゃまずいからって叔父貴が言うから、おとり役のあたしがドレス着たのよ。

 そしたら、あたしの親父が娘の姿に気が付かないだけじゃなく、叔父貴が涙流して笑い転げたんだから!」

 それ以来、ドレスなど着ようとも思わない。

「くっそぉ、あのちびっ子ども……古傷えぐってくれるわね」

 再び、リュードの背中をにらんだ。

「今、笑ったでしょ!」

「笑っちゃいないさ」

 笑いながらリュードが振り向いた。

 リュードは、スタンから譲ってもらった編み目の袋を示した。

「一つはっきりしたことがある。

 少なくとも、魔除札を空からばらまく方法がこの都にあった、ってのがね」

「凧を使って?」

「凧を揚げる時に二本の糸を使ったか、それとも何か別のからくりを使ったかは知らないがね。

 凧が空に揚がったところで、魔除札を入れたこの袋の底を抜くことで魔除札は空を舞う」

 リュードの説明は、サキの疑問を氷解させるものだった。

 人智を越えた力で魔除札が降ってきたらサキにはお手上げだが、人がやったのであれば怖くはない。

「人の仕業ってこと?」

「そりゃそうさ、凧の術は方術にもある」

 リュードが、奇妙なことを言い出した。

「何故?」

「常人に出来ないことを起こせるのが、魔道や方術さ。

 別に無から有を生み出すなんて、魔法陣だろうが呪文だろうが無理難題だ。要は、それをやってのける方法を知っているか、どうかだけさ。

 魔道や方術は、決して摩訶不思議なものじゃなく、いろいろな技術をこっそり駆使してるから神秘的に見えるだけださ」

 リュードの説明は簡単なものだった。

 大半の技術は、賭場のイカサマと大して変わらない。

 方術の中には、遠く離れた相手と会話する方法や、届くはずがないところへ物を届ける方法もある。

 凧の形や数を事前に取り決めておけば、遠くに簡単な言葉を送ったり受けたり出来る。戦で包囲された城の外から城の内部に夜陰に乗じて包囲した敵に気が付かれずに、手紙みたいな小さな物を送り込んだりも出来るという。

「じゃあ、これを仕掛けた奴は……方術士?」

 リュードが笑った。

「この手の技術には、いろいろな流儀があるのでね。疑わしいのは方術士だけじゃないさ」

 サキには、魔道士も方術士も区別がない。

 怪しいことをやっている変な連中、程度の認識だった。

「少なくとも、これをやってのけた相手は、魔道や方術に近い知識を持っているのは確かだな。

 俺達天狼の中にも、断片的にこういう異能の技術を扱える奴はたくさん居る」

 リュードが、サキの方を見た。

「それ以外だと……そうだな、例えば、神官とか」

「冗談じゃないわよ! 神官がそんな馬鹿なことを引き起こすわけないじゃない!」

 サキは猛抗議した。

 神官としての適性はないが、自分の家系にそんなイカサマがあることは認めたくもない。

「そうか?」

 リュードの眼が、いたずらっぽく輝いた。

「この件は、神官も関わるぜ」

「何で!」

「魔除札が明らかに神殿に向かって放たれたのは、神官に対する何らかの示威行動じゃないか?」

「示威行動? 挑戦ってこと?」

「もしくは何らかの示唆、警告」

 サキの頭がこんがらがってきた。

「こういう場合、自分が相手の立場になって考えるのさ」

 リュードが、奇妙な言葉をサキに投げた。

「お姫様が凧を使って神殿に魔除札をばらまくとして……何を目的としてやる?

 単に人心を惑わすなら、神殿じゃなくて旧市街区とかにばらまいた方が効果的じゃねーか?

 神殿にいる誰かに、何かを伝えようとしたんじゃないのか?」

「誰かって……誰よ?」

「俺は、神殿の知り合いは姫さんしかいないぞ。

 俺にわかるはずがないだろ」


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