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ACT07 怪商人

 目の前に立つ男の第一印象は、『怪商人』だった。

 南方の出身なのか、レグノリアでは珍しい漆黒の肌と癖のある黒い巻き毛、顔中を覆った髭と頭に紅白のターバンを巻いた丸顔の小柄な男だった。

 黒檀のような肌はどこか生気のない不気味な色をしている。

 だが、その死人のような肌とは裏腹に、その黒い目だけが不思議な光をたたえている。

 これが、ドーン・バルザックという交易商人だった。

 つい、赤と白の派手なターバンに目が移ってしまう。

 青と黄色の派手な色を重ねたゆったりした衣装も、見つめていると目が痛くなってくる。この格好で街を歩けば、一発で居場所がわかる。町中で見つけてくれと言わんばかりの格好だった。

「狙われる心当たりは……まあ、この稼業は、知らぬうちにあちこちから恨みを買うこともあるのでね……皆無というわけじゃないが」

 突然のサキの訪問にも、動じるわけでもなく嫌な顔もせずに応対してくれた。

 ドーンは主に海路を利用して、主に南方諸国からの交易品の取引をしているという。

 ドーンの商家は店と言うよりも、小さな倉庫のような場所だった。

 がらんとした空間に、商談用のいくつかのテーブルと椅子があるきりで、何かを並べて売るという雰囲気ではない。

 だが、調度類はそれなりに贅を尽くしたものだった。テーブルも椅子も異国の紫檀をふんだんに使った豪華なものだった。

「この時期は、金蔵も品物を入れる倉も空なので、盗賊にも狙われないのでしょうな」

「空?」

「金は、無駄に遊ばせておくものではないのでねぇ。稼いだ金が品物に化けて、海路でこちらへ届くのを待っているところですから」

 ドーンの店で働く配下も皆、注文取りなどであちこち出かけているらしく店にはほとんど人もいない。

 ドーンは、サキよりもリュードの方に興味を示した。

 そのリュードはと言うと、物珍しそうにドーンの店の調度を観察している。

「失礼ですが、この男は?」

「王都の下町の動向に詳しいので、探索の手伝いに雇った男です」

「首から下げた宝珠といい、腰に付けた護符といい、その身なりは、方術士のように見えるが」

 ドーンがリュードの正体を一瞥しただけで見抜いたことに、サキは驚いた。サキには、方術士と魔道士の区別がいまだに付かない。サキの頭の中では、方術士も魔道士も『魔法使い』だった。これがリュードになると、『胡散臭い』という言葉がその前に付く。

「東方諸国にある、魔道に似た技術と聞くが」

「よくご存じで」

 リュードが軽く返す。

 商売のために諸国を旅してきたドーンは、大陸のどこかで方術士に遭遇したことがあるのだろう。

「死人を蘇らせたり、鬼神を使役するとまで言うが……出来るのかね?」

「そりゃ、腕のいい方術士なら、そのくらいやってのけるかも知れませんがね」

 リュードが、手を振って笑い飛ばす。

「こっちは、しがない辻占いで生計を立ててる三流の方術士でね。

 死人を蘇らせたり、なんざ……とてもとても」

 だが、ドーンの方術士に対する興味は尽きることがなさそうだった。

「その占いに、興味があるな。私の運勢を占ってもらえまいか?」

「見料は銅貨六枚の、ささやかな占いですが」

 手袋をしたドーンの手が、机上に現れた。

 机上に転がった六枚の硬貨に、サキは目を見開いた。銅貨どころか金貨が並んでいる。金貨一枚あれば、つつましく暮らせば一年は飢えずに済む。

「こりゃ剛毅な。釣り銭は出ませんぜ」

「方術とやらを見るのは初めてだ。遙か東方の方術を見せてもらえるなら安いものだ」

「ふむ、では念入りに占わせて頂こうか」

 リュードは硬貨を六枚重ねた。

 サキがリュードに初めてあった時の占いとはやり方が異なった。

 リュードの手がテーブルの上で一振りされたとたん、音を立てて金貨が転がった。

 テーブルの上で、金貨が独楽のように回転している。

 回転が止まった金貨が、一つ一つ倒れて並んでゆく。

 六枚の硬貨がそれぞれ裏表を見せて並ぶ。裏表の組み合わせは六十四通り。硬貨の並び順を加えると四百近い組み合わせになる。

 リュードは、この硬貨の裏表の組み合わせを使って、相手の運勢を読むという。

「これは良い卦が出ました」

 リュードが、机上に並んだ金貨の裏表を示す。

「ドーンさんの今の運勢は騎虎の勢い、誰にも止められますまい。

 ただし、虎の尾を踏むなかれ……虎から振り落とされぬようお気を付け下さい」

 ドーンが、満足げに笑い声を立てた。

「そうか、そりゃ気分がいいですな。これからも時々、占ってもらうとしようか」

「そりゃよかった」

 リュードが、机上の金貨を手の中に入れる。テーブルの上で一振りして手を開いた。

「おおっ、なかなかのもんだ」

 ドーンが、手を叩いて喜ぶ。

 リュードの手から、金貨が全て消えている。

「そりゃそうと、ドーンさん、その手は?」

「全身に醜いやけどがあってね。商売人としては客を驚かせては申し訳ないので、こうして隠してる」

「あっ、それは失敬。聞いてはいけないお話でしたね」

「なんの。交易の仕事も危険ばかりでね。昔、燃えた船から逃げ出した時のものさ」


       ◆


 サキ達が立ち去った後も、ドーンはしばらくその場を動かなかった。

 その目は虚ろで何も光を映していない。誰もいない部屋の中で小半時も身じろぎもしなかった。

 サキ達に対する快活な態度とは裏腹に、物静かなものだった。

 やがて、ゆっくりと立ち上がり、奥の自室の扉を開いた。

 鉄枠で補強された扉は分厚く、普通にあるようなものではない。金蔵か牢獄にしか使わないような、頑丈な扉だった。

 ドーンは静かに中に入り、閂を掛ける。

 鎧戸が閉められ、薄暗い部屋の中央にドーンが立った。

 天井近くの壁面に開けられた明かり取りからのわずかばかりの光が、薄暗い部屋の唯一の照明だった。

「方術士か……邪魔なのが出てきたようだ」

 ドーンが、光の届かない物陰に向かって呟いた。

 まるで物陰に、誰かがいるかのようだった。だが、物陰の暗がりに人の気配はない。

「金貨六枚では不足だったか……その力量も、まだ測りかねる」

 ドーンの表情は、先ほどまでと打って変わって、驚くべきほど無機質なものだった。

 黒褐色の顔には、何の表情も浮かんでいない。まるで、仮面のような無表情さだった。

「試してみたい気にさせる奴よ……ぜひとも、術比べをしたくなる」

 ドーンは、手探りで椅子に腰を降ろし、再び虚空を見つめる。

 その姿は、木彫りの彫像のように微動だにしない。

 やがて、奇妙な言葉がドーンの口から漏れた。

「手の内を見定めるまで、しばらくは、様子見するがよかろうな」


       ◆


 ドーンの店を出て、建物やその周囲を観察し終わったサキとリュードは、運河の反対岸を歩いていた。港が近いせいか、水面を渡る風に潮の香りが混じっている。

 小半時ほど雑談を交えてドーンの商売や、魔除札の盗賊について話をしたが、さほど収穫があったわけではない。

 ドーンの商売には隙がない。

 怪しいのは、ドーンという人物の風貌や衣装そのものだろう。

 第一印象は極めて怪しいが、ドーンが魔除札の盗賊と関わりがあるという証拠が見つからない以上、それ以上の手出しも出来ない。

 だが、サキの直感にはドーンの存在が、喉に刺さった魚の骨のように何かが引っ掛かっている。

「確かに、怪しいんだけどね……尻尾を掴めないことにはこれ以上突っ込めないわ」

 リュードに愚痴を入れたサキは、運河の水面に視線を移した。

 向かい岸にドーンの商家や交易商の大きな倉庫が建ち並び、運河の水面には、荷物を満載した小舟が盛んに行き来している。

 大通りの荷駄と同じく、運河も重要な物流の要になっている。

 ここ五年ばかり前に開通したこの運河の存在は、王都レグノリアの急激な発展を支えている。港からの品物を荷揚げせずに直接王都の奥まで届けることが出来るため、商業地区が港湾の旧市街区から、新市街区へと拡大の一方だった。

「それより、リュード?

 あの占いは、一体何なの?」

「なーに、大した占いじゃない」

 サキの問いに、リュードが笑っている。

 サキには、大した占いじゃないのに金貨を六枚を出すドーンの神経がわからない。

 サキの横をふらふらと歩いていた、リュードの表情が真顔になった。

「あのドーンって商人、並の神経の太さじゃねーな」

「そりゃ、占い一つに金貨六枚よ」

「いや、そっちの話じゃない。

 相当な修羅場をくぐった奴だ……したたかで、肝が据わってる。

 こっちが魔除札の盗賊の正体としてドーンを疑っている事なんざ、最初から見抜かれてて遊ばれただけだ」

 リュードが不意に立ち止まり、運河の向こうに見えるドーンの商家に視線を移した。

「奴は、俺を試したのさ。方術士としての実力を試すのに、金貨六枚なら安いもんだ」

「ドーンは、方術を知ってるの?」

「ああ。『初めて見る』みたいなこと言ってたが、確実に本物の方術士を見たことがあるはずだ。下手すりゃ方術も多少は囓っているかもしれん」

「リュードが、どのくらいの実力を持ってるのか試してきたってこと?」

 サキの問いに、リュードが小さくうなずいた。

「だから、当たり障りのない神託を並べてごまかしたのさ。大した力量じゃないって思い込んでくれれば、幸いだ。

 本当に出た神託は、『虎の尾を踏むなかれ』だけだ。

 そのまま云うのも差し障りがあるので、多少柔らかく表現したが、調子に乗ると足をすくわれる、虎がすぐ近くに居ることを忘れるなかれ、という不吉な神託だ」

「リュード、あなたってそんなに方術士としての実力あるの?」

 サキの疑いを込めた視線に気が付いたのか、リュードが足を止めてサキの顔を見て笑った。青灰色の瞳が、いたずらっぽい輝きを見せている。

「俺の占いが的中するのは、三回に一回くらいかな」

「それじゃ、駄目じゃない!」

「大丈夫さ、占いの結果を客の様子を見てほんの少しの幸せがあるように曖昧に解説しておけば、そこからは客が勝手に当たったって思い込んでくれる」

「でも、あたしが占ってくれた時、最後に出てきた神託が魔除札だったのは何故?」

「最初に自分で、『占ってもらいたいのは、魔除札をばらまく盗賊につながる手掛かり』って言っただろ?

 だから、占いの結果を信じたくなるように、魔除札を選んで出したのさ」

「選んで出した?」

 サキは、リュードの意外な答えに驚いた。

「神託の護符には魔除け、無病息災、火除け、安産だの何やら十数種類ある。その全種類を小さく折って隠し持ってるのさ。

 客の占った結果にこじつけられる護符を選んで、最後に出すと客が喜ぶのでね」

「それって、イカサマじゃないの!」

 サキの非難に、リュードが楽しそうに笑った。

「でも、姫さんの占いは当たっただろ?」

「そりゃ、確かに……明け方に魔除札が空から降ってきたわよ」

 サキは、渋々リュードの占いが当たったことを認めた。リュードの辻占いで魔除札が出てきた時も驚いたが、明け方に神殿に魔除札が降ってきた時には心底から驚いた。

「まさか、リュード……あなたが、空から降らせたんじゃないでしょうね?」

 リュードのクスクス笑いが返ってきた。

「銅貨六枚じゃ、そんな念入りな真似はしないさ」

「まったく、胡散臭いったらありゃしないわね」

 方術士と名乗っているが、どこかイカサマ臭い。

 どこが『ほんの少しの幸せ』を得る占いなんだろうと思ったが、それ以上突っ込むのは避けた。

 結果的に、王家がひた隠しにしていた『約定』が出てきて、こうしてサキに天狼が力を貸してくれるのが『ほんの少しの幸せ』かも知れない。


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