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ACT03 降ってきた魔除け札

「……これは……」

 しばらくの沈黙の後、叔父のカロンがやっと声を絞り出した。

 テーブルの上に置かれた魔除札を前にした神殿警護官達も、険しい表情のまま無言だった。

 早朝から周辺を駆け回って、サキが拾い集めた魔除札の数は数十枚ある。この調子だと、回収される魔除札の数はさらに増えるだろう。

「この魔除札は、神殿で売られているものでも、参道で売られているものでもありません」

 書記のロムが、冷静に事実を告げる。

 金髪の巻き毛と細面が特徴のヒョロッとした長身の男だった。神殿警護官を示す緋色のサッシュが、サキ以上に似合わない。

「神殿で、寄進の引き替えに渡している魔除札は、全て手書きですがその手跡とは異なっています。

 また、神殿の参道で売られている露店商の魔除札も洗いましたが、こちは版木で刷ったもので、やはり手跡が異なります。

 これは、恐らくは、何者かが一枚一枚手で描いたものでしょう」

 この書記を務める若い男は、ロム・アレクサという若い男だった。

 サキや叔父のカロンのような武闘派ではない。神殿警護官の事務処理を手伝っている、文官だった。

 記録を取ったり、古い書類の管理から役人文章作成まで一手に引き受ける文官だった。肉体労働とは無縁の線の細い長身の男だが、頭脳労働の粘り強さには驚くべきものがある。知的作業なら、神殿警護官随一の能力だろう。

 恐らくは、ここしばらくの魔除札を残す盗賊に関して、現場に残された全ての魔除札の特徴を熟知している。


       ◆


 魔除札を犯行現場に残してゆく盗賊の存在は、今回が初めてではなかった。

 十年前に、ギースという名の盗賊が何件もの豪商を狙い、数千斤の金銀財宝を盗んだ事件があった。

 狙われたのは、東方や南方諸国からの隊商と陸路海路を通じて取引する交易商や、為替商を始めとする漂泊民の裕福な豪商ばかりだったという。

 この時、ギースの素顔を見たものは誰一人いない。

 ギースは聖教の絶対神アグネアをかたどった仮面を被り、素顔を隠して夜のレグノリアの都を跳梁跋扈したという。誰一人傷付けず、誰一人にも気取られぬまま金蔵に忍び込み、自分の犯行を誇示するかのように現場に魔除札を残していったという。

 そして、ある日を境に、忽然とギースの名前は世間から消えた。

 一説によると、神殿警護官と街の護民官がギースを追い詰めたという。

 場所は、アンガス候の王都の所領である屋敷だった。

 ギースの手下が密告したという噂もあるが、判然とはしない。

 アンガス候が、ほとんど辺境にある自領から出てこないのを利用し、アンガス候の屋敷を根城にしていたという。

 包囲されたギースを襲ったのは、地震だった。

 突然の落盤が屋敷を崩壊させ、大地の奥に飲み込んでいったという。

 そして、ギースの死体も発見されず、盗まれた膨大な財宝も見つからずに幕を閉じた。

 ギースがどこかに隠したと言われる財宝の行方は、今でも冒険者達の話題にのぼると言うが、その宝の山を掘り当てたものは、まだいない。

 その十年前の事件の再来ならば、その時の記録が役に立つはずだった。サキに命じられ、ロムが書庫から引っ張り出した古い記録は惨憺たる内容だった。

「ロムぅ~!」

 サキのうなり声に似た呼びかけに、書き物をしていたロムが跳び上がった。

「ちょっと! 何よこれ!」

 サキが、ロムに八つ当たりを始めた。

 当時の報告書の綴りを、テーブルに放り出した。

 枚数にして十枚もない、薄っぺらな報告書だった。その中身は、さらに薄っぺらなものだった。

「肝心な部分が、ほとんど黒塗りじゃない!」

「ああ、黒塗りね」

 サキににらまれたロムが、苦笑を浮かべる。

「黒塗りの部分は、王家の判断で削除された部分って意味です」

「何で!」

「見せたくないからじゃないですかね」

「そんなことわかってるわよ! 何で見せたくないのよ?」

「私に言われましてもねぇ」

 ロムの答えに、サキも八つ当たりをあきらめた。当時のいきさつを知らないロムを締め上げても、事件の解決には何の役にも立たない。

 黒塗りの報告書の追求をあきらめたサキは、次の対策を考えることにした。

(当時の状況を知っているはずの人は誰?)

 狙われたのは、漂泊民の商家だったはずだ。

 だとすれば、漂泊民の側に何か情報が残っていると考えるのは、サキにとってはごく自然な思考だった。

 一番の問題は、漂泊民が王家のサキに協力してくれるかどうか、だった。同じ王都レグノリアに暮らしながらも、王家の手の及ばぬ唯一の存在が、国を持たない漂泊民だった。

 シドニア大陸には、国を持たない漂泊民と呼ばれる一団がいる。

 どこの国にも所属せず、失われたはずの太古の英知を受け継ぐと言われ、このヴァンダール王国の王都レグノリアにも相当数の漂泊民達が住んでいる。

 だが、奇妙なことに王都レグノリアでは王家側と漂泊民側の棲み分けが行われ、同じ王都に住み暮らしているのにも関わらず双方が無干渉で暮らしている。この漂泊民達が、十年前の魔除札を残す盗賊ギースの被害者なのだから、一番状況を知っているはずだった。


       ◆


「漂泊民だとぉ?」

 カロンの表情が、にわかに厳しくなった。短い金髪と碧眼のカロンが顔をしかめ、サキの出した探索の方針に、心底驚いた様子だった。

「王都に十年前の盗賊ギースの記録がないなら、当時の状況を調べ直すしかないわ。被害に遭った漂泊民の商人達なら何か知っているはずよ」

「無理だ!」

「どうしてさ?」

 頭ごなしに否定されたサキは、かちんときた。

「……いや、今のお前じゃ無理だ」

「だからぁ! どうして無理なのよ!」

「漂泊民には手を出せない……この都の百年も前からの、決まり事だ。

 王家と漂泊民は互いに手を出さず、棲み分けているからこの都が落ち着いているんだ」

 サキと同じく直情径行型のカロンだが、漂泊民に関してだけは煮え切らない態度が出てくる。とにかく、王家側と漂泊民側の棲み分けを重視して、漂泊民側に対しての手出しを嫌う。

「なんで?」

 サキには、カロンのためらいが納得できない。

「王家だろうが漂泊民だろうが、同じ赤い血の流れてる人よ。

 どっちが優れてるとかじゃなくて、同じ王都に住んでるんだから協力し合わないって法はないわ!」

 サキに言わせれば、何か方法があるはずだった。

 棲み分けていようが対立しようが、同じ場所で生活している限り、双方に連絡手段が皆無とは思えない。

 商人のギルドの連中の中には王都の市民もいれば、漂泊民も紛れているはずだ。

「漂泊民には漂泊民のしきたりがある……単身、漂泊民の中に飛び込んで、何も知らないお前一人で何が出来る?」

 カロンがそう言って、サキをにらむ。

 頭ごなしに否定されれば、サキも黙っていられない。

「あたしは、叔父貴に神殿警護官としての道を教えてもらったわ!

 市民だろうが、異国からの巡礼だろうが……聖教徒ならば、王家側の市民だろうが漂泊民だろうが、受け入れるのが神域のはず!

 神の前では貴賤も民族も関係ない、その人達の幸せを護るのがあたし達の務めじゃないの!」

 サキは、負けじと言い返した。

 漂泊民を避けるかのようなカロンに対する反発も、サキの心のどこかにあるのかも知れない。

 カロンが、うなり声をあげた。

「王族でありながら漂泊民の中に飛び込むということは、お前が王族の地位を失う危険もあるんだぞ。

 それでも、この国の平和のために、捨て石になる覚悟があるというのか?」

 カロンの問いに、不意にサキの脳裏に下町のスタンとハトル兄妹の笑顔が脳裏をよぎった。

 どうせ、霊力ゼロのサキが神官として生きる道はない。失うものは少なかった。

「皆が笑顔で暮らせる世の中を創れるなら、王族の立場を失っても構わない!」

 サキの断言に、カロンが何とも言えない複雑な表情を見せた。

 不快な表情、ではない。怒りの表情でもない。強いていうなら、あきらめと悲しみに近い表情だったが、若いサキにはその意味がわからない。

「お前の努力が無駄に終わる危険も辞さない、ということか?」

「やってみなきゃ、わかんないわ!

 人一人の力は小さなもの……だけど、無限の可能性を秘めてるわ!」

 サキが叫んだ。

 ほとばしり出る感情に突き動かされた言葉だった。

 サキの叫びに、カロンの表情が変わった。それは、何か重要なことを思い出した、という驚愕の表情だった。

 だが、サキの言葉は止まらない。

「あたしは、人の心を信じたい!

 たとえ漂泊民だって、同じ人だもの!

 王都の平和に協力してくれる人はいるはずよ!」

 サキの叫びに、大きなため息が返ってきた。全てをあきらめたような、ため息だった。

 不意に、カロンが立ち上がった。

「ここで待ってろ、俺が戻ってくるまで神殿の外に外出するんじゃないぞ!」

「叔父貴、どこへ?」

「神官長の所だ。サキのややこしい希望について、相談に行ってくる」

 カロンがそう言い捨てて、神殿の本殿の方に足を向ける。


       ◆


 霊力が皆無のサキが落ち着く先は、叔父のカロンと同じ神殿警護の道だった。

 叔父のカロンと同じ、神殿警護官になりたい。

 七歳になったサキが、この希望を口にした時、当然家族には猛反対された。

 だが、猛反対の一族の中で、祖父と叔父のカロンだけがサキの味方をしてくれた。カロンも、霊力が足らずに神官になれなかった。そのため、カロンは神殿警護の道を選んだ。サキが、叔父のカロンと同じ道を選択するのは必然だった。

 神官長の祖父は怒らず、幼いサキの頭を撫でた。

「なら、剣が必要だね。宝物庫に、いい剣がいくつかあるから、好きな物をお選び」

 喜んで宝物庫に飛び込んでいったサキは、ためらわずに『好きな物』を選び出した。

 それは、よりにもよって長い間封印されていた因縁付きの湾曲した大刀だった。

「あたし、これがいい!」

 サキは、幼いサキの身長より長い大刀を抱きしめていた。

「そうか、それを選んだか」

 祖父が苦笑した。

「その大刀は、あるお姫様が持っていた名刀だから、努力すればサキにも扱えるだろう」

「お姫様が使ってたの?」

「ああ、昔々のお話だよ。その大刀を持ったお姫様が、このヴァンダール王国を救ったって伝説がある。サキも、頑張ってそのお姫様みたいになるんだよ」

「うん!」

 蒼い目を輝かせたサキは、強く大刀を抱きしめた。

「その刀と、早く友達になりなさい。そうすれば、刀の操法はおのずとわかる」

 その日から、サキは大刀を抱えて放さなかった。

 こんな大きな刀は、幼いサキにはとても鞘から抜けるはずもなかろう、そのうち飽きて手放すだろうと、周囲は高を括っていた。

 だが、サキが寝床にまで大刀を持ち込んで抱えて眠っているのを見た周囲は青くなった。刀と友達になれとは言われたが、ここまで来ると、妖刀に取り憑かれたとしか思えぬ異様な光景だった。

 刀を取り上げようか、サキを座敷牢にでも幽閉しようか、とまで周囲が思い詰めたのを覆したのが、ある出来事だった。

 その大きな異変があったのは、その日から半年も経たぬうちだった。

 神殿を、怪異が襲った。

 異端の魔道士と、カロン達神殿警護官が戦う事件があった。

 その戦いのさなか、カラスに化けた使い魔が神殿に来襲した。

 隙を衝かれ、結界を破られたのだった。

 カラスの大群の来襲にうろたえる神官を尻目に、カラスが庭にいたサキ達姉妹に襲いかかった。

 霊力のないサキには、その幻影が見えなかった。

 サキにとっては、最初からカラスが一羽しかいないのに何でみんなが騒ぐんだろう、程度だった。

 中庭で愛刀を持って遊んでいたところに、何か騒々しくなった雰囲気の中で、サキは柄に手を掛けた。

 今まで、サキが何度抜こうとしても抜けなかった刀柄が、その時だけ動いた。

 抜けなかったはずの大刀が軽々と鞘走り、きらめきを放った。

 鞘から抜けた大刀は勢いよく天空に切っ先を向け、一羽のカラスを撃墜した。

 使い魔のカラスの頭を叩き割り撃墜したとたん、来襲していたカラスの大群が一瞬で消滅した。幻術で無数のカラスに見せかけていたが、実体は一羽のカラスだけだった。

「抜けたっ!」

 サキは、鞘から大刀が抜けたことに、はしゃいでいた。

 使い魔を一撃で倒したことなど、サキの興味の対象外だった。

 大刀を抜いたらカラスが勝手に落ちてきた、くらいしか認識していない。

 その日から、愛刀を抱えたサキの行動が、さらに常軌を逸してゆく。鞘から抜けるようになった愛刀を一日中振り回し、寝食を忘れて刀術の稽古に没頭してゆく。


       ◆


 カロンからの報告を聞き終え、神官長が長いため息をついた。

 書斎に、奇妙な沈黙が降りた。

 九十歳を越える神官長は、サキの祖父だった。

 老いたとはいえその身体はまだ壮健で、神殿内の様々な神事を取り仕切っている。

「こりゃ、本物の後継者かも知れんな。刀を選んだのではなく刀の方に選ばれたとしか思えん」

 神官長が、カロンに謎めいたことを呟いた。

 大刀の由来を知るカロンは、顔をしかめた。

「でも、あの刀って……とんでもない霊力で呪われてませんでしたっけ?」

「呪い……まぁ、ややこしい因縁付きの刀ではあるが」

 サキにその刀を与えた本人だから、神官長も当然その刀の由来は承知している。

「ついに、その日が来た、ということだ」

 神官長が、窓から神殿の大広場に視線を移した。

 カロンにも、いずれそうなる日が来るという予感はあった。

「少し時期が早い気がするが、あの刀に選ばれた以上、必然の結果……とはいえ、もう少し普通の生活をさせてやりたかったんですが」

 カロンが渋い顔をした。

 自分の一族に、ややこしい人生は歩ませたくはない。

 ましてや、自分の分身同然に育てたサキの行く末を心配するのは当然だった。

 神官長は、カロンの父親でありサキの祖父に当たる。カロンの思いは神官長にも共通している。

「喜んでいいのやら、悪いのやら……複雑な気分だよ」

 神官長が、何度目かのため息をついた。

「今でも十分に普通じゃない生活してるみたいですが、ここから先はとんでもない人生ですよ」

 サキの父親の弟に当たるカロンは、自分と同様に霊力が皆無なサキを自分の子供のようにかわいがっていた。自分と同じ神殿警護官の道を選んだサキには、我が子のように接しながら神殿警護官としての全てを教えてきた。

「本人が選んだのか、刀に選ばれたかは知らんが、あれはレオナ姫の生き写しだからなぁ」

 そう言った、神官長がどこか遠い目をした。

 ふとカロンを見つめ、話題を変えた。

「神殿の裏庭に、樹齢数百年の老木があるだろ?」

「ええ」

「儂が、まだ幼い頃だ。

 都を去る直前のレオナ姫が、あの老木の枝に登って昼寝をしていた姿を覚えてる……いつぞや、全く同じ老木でサキが刀を抱きかかえて昼寝をしているのを見た時には、肝を冷やしたもんだ。

 昼寝していた木の枝といい、刀の抱きかかえ方までが生き写しだ」

 カロンには、神官長の言っている光景が理解できた。

 夏の暑い日の昼下がり、裏庭の老木の樹上で刀を抱きかかえたサキが昼寝をしているのを、何度も目撃している。後でサキ本人に聞くと『暑い日差しを遮り、風がよく通る場所』という簡潔な答えが返ってきた。

 猿や猫じゃあるまいし、あんなに熟睡していてよく木から落ちないもんだ、と妙な感心をした覚えがある。

「よかろう、天狼の力を借りることとしよう」

 神官長が断を下した。


       ◆


 神官長の祖父に会いに行った叔父を待つ間、サキは神殿の裏庭に出た。

 万事において単純明快なはずのカロンにしては、漂泊民のことになると妙に口が重かった。漂泊民だろうが王都の平民だろうが王都の住人には違いはない。

 カロンも、サキに負けず劣らずの正義感の持ち主のはずだ。

 サキに神殿警護官としての道を示し、実の子供のように仕込んでくれたカロンの性格を知っているだけに、サキにはカロンのためらいが気になった。

 今回の魔除札の盗賊が出てきてからのカロンの様子は、どこかおかしい。事件の解決をサキに命令しながらも、漂泊民へのサキの接触を嫌がる理由がわからない。

 鞘を払った愛刀を構えると、ささくれだっていたサキの心が落ち着いてきた。

 刀の柄を握った右手を高々と頭上に挙げ、左手を下を向いた刀背に添えた奇妙な構えだった。

 それは、数年前の夢に見た構えだった。

 サキの愛刀は長くて重い。その重さに耐え普通に構えるのは、小柄なサキには無理があった。

 猫族のようなしなやかな肢体を持つサキは、瞬発力はあるが怪力ではない。

 最初の頃は大刀の重さに負け、振り回すどころかまともに構えられなかった。

 何日も、工夫の日々が続いた。

 その工夫に余念がなかった頃、不思議な夢を見た。

 鏡に映った自分の姿なのか、どこか離れたところから自分で自分を眺めるような不思議な情景だった。

 背負った大刀を抜き放った影法師が、奇妙な動きを見せた。

 竜巻のようにその場で二転三転して周囲をなぎ払い、大刀を上下逆さに構えて止まった。

(!)

 その瞬間、サキは飛び起きていた。

 覚醒した瞬間、そこが自分の部屋ではなく、神殿の裏庭に座り込んでいたことに気が付いた。

 鍛錬しているうちに、力尽きていたらしい。

 愛刀を掴んで、夢に見たように構えてみる。

(なるほど)

 サキは、夢の構えに納得した。

 これなら、しっくりくる。

(これは、思い付かなかったわ)

 自分の姿だったのか他人の姿だったのか、夢の詳細は判然としないが、その影法師の姿はサキによく似ていた。

 違ったのは、夢の中では大刀を背負っていたことだった。

 サキは愛刀を背負って何回か試してみたが、夢の中のようにうまく抜けなかった。

(宿題ってことね)

 サキは大刀を背負うのをあきらめ、左腰に戻した。

 サキの鍛錬の種類と課題が、また一つ増えた。


       ◆


「サキ! ちょっと来い!」

 カロンの声に、サキは我に返った。

 詰め所の裏口から、カロンがサキを手招きしていた。

「もう一度だけ聞く、本気で漂泊民達の協力を得ようというのだな?」

 詰め所の中には、他に誰もいない。

「もちろん、本気よ!」

 サキの言葉に、微塵もためらいはない。

「王家には、いざというときに漂泊民の力を借りる『約定』がある。

 だが、お前がそれを使うには『約定』の代償として、この都の礎になる覚悟がいる」

 カロンの口から『約定』という、サキが初めて耳にする言葉が飛び出した。

「後戻りは出来ないぞ、たとえお前が王家から疎まれても貫けるか?」

「あたしの覚悟は、さっきも言ったでしょ?

 あたしは、王家だろうが漂泊民だろうが関係ない。

 この王都で暮らす皆に幸せが訪れるなら、王族の地位なんかいらない!

 あたしがなすべきことは、この都の人々が笑顔で暮らせること、そのためなら、いかなる苦労も受け入れるわ!」

 サキの真剣な表情に、カロンが微かな笑みを見せた。

「わかった、もう二度と聞くまい。

 今すぐ、この手紙をあるところに届けて欲しい」

 カロンが、一通の手紙を懐から取り出した。

 封印は、神官長の祖父のものだった。

「どこの誰に?」

「黒龍小路……漂泊民の中で天狼と呼ばれる一団の、住む街だ」


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