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ACT01 辻占いの神託

 魔除札と呼ばれるものは、正確には『魔除けの護符』と呼ばれる。

 短冊状の神託に奇妙な文様が描かれ、これを持っていると魔除けになるというお守りみたいなものだった。

 寄進の引き替えに神託として神殿で提供される護符には、それぞれの効能により、幾種類もあった。魔除け、無病息災、火除け、安産だの何やら十数種類ある。

 神殿の神託として渡されるものもあれば、神殿の参道に立ち並ぶ露店で売られているものまである。王都の中に、どれだけ魔除札があるのか考えただけでも、サキはうんざりする。

 魔除札から、盗賊にたどり着くことも難しい。

 カロンの説教が終わった途端、再びサキは神殿を飛び出した。

 夕刻まで、再び魔除札の盗賊の探索だった。

 神殿警護官の詰め所は、神殿の裏手にひっそりとある。神殿前の大広場を抜け、神殿の門の脇にある社務所の横を通り過ぎる。社務所の方に視線を移すと、何人かの神官が信者と応対している、その中に、姉のセアラの姿が見えた。

 すらりと背が高く、純白の長衣に神官を示す水色のサッシュが腰にある。サキと同じ長い金髪は、神官のしきたりで、背中のあたりで丁寧に束ねられている。落ちこぼれのサキとは正反対の、才色兼備の姉だった。

 そのまま、社務所の脇を抜け、木々に囲まれた長い石段を降りたところに、参道と呼ばれる並木道の大きな空間が拡がっている。様々な屋台が建ち並び、普段から参拝客で賑わっている。

 春秋の先天・後天祭の時期になると、この広い参道が参拝の信者で一杯になる。

「サキ様!」

 周囲をはばからない大きい声に、サキが振り向いた。

 大柄な赤毛の女性が、人混みをかき分けて、小走りに駆け寄ってくる。

 大工レオの妻、マリアだった。

 管轄の神域を越えてあちこちうろついているサキには、街の知り合いが多い。神殿の扉の修理とかで、旦那のレオとも面識がある。

「あら、マリアさん、お久しぶりね」

「ほんとお久しぶりです、お元気でしたか?」

「いつもの調子で、朝から晩までバタバタしてるわ。マリアさんもお元気そうね」

「うちの悪ガキどもが、サキ様に助けていただいたって聞いたので、探してたんですよ」

 マリアを追いかけて、スタンとハトルの兄妹が駆け寄ってくる。

「サキ姉ちゃん! さっきは助けてくれてありがとう!」

 足元にまつわりつくスタンとハトルの頭を撫でて、サキはマリアに向き直った。

「ううん、気にしないで。

 ここで起きた騒ぎは、あたしの持ち分だもの」

「それがね、昨日辻占いで不吉な占いが出てて、胸騒ぎしてた矢先の出来事だもの」

「辻占い?」

「災厄あり、赤い女性に遭遇すれば災厄は去る、ってね」

「赤い女性? ああ、これ?」

 サキは、自分の腰の緋色のサッシュを見て、苦笑した。

 好んで身に付けているものではない。神殿警護の任に就く者の証の緋色の腰帯だった。

「あんまり、占いの結果で左右されない方がいいわよ。特に悪い占いで思い悩んだら、身体に障るわよ」

 サキは、占いを信用していない。

 自分の神殿の神託でさえ『ホントかしら?』と疑っているのだから、市井の辻占いなど信じるはずもない。

 ましてや、マリアは占いが好きで、あちこちの神託を買い集めてしまう癖があるのも知っている。当たらなきゃ一晩でケロリと忘れ、当たったら覚えているという、実におおらかな性格だった。マリアには占いが的中したという記憶しか残っていないのだろう。

「でも当たるのよ、その占い師。他の占いと段違いに当たるの。

 運河の中央大橋を渡って、西側の通りの道端に数ヶ月前から時々店を出してるんだけど、とにかくよく当たるのよ。

 見料も銅貨六枚って格安だし、占ってもらうと必ず当たって、その後にほんのちょっとだけいいことが起きるの。

 前もね、家の中で失せ物を探したくて占ってもらって、家に戻ったとたん見つかったの」

「へぇ、それは良かったわね。

 それより、スタン、ハトルに怪我はなかった?」

 サキは、早々に話題を変えた。

 マリアは悪い人ではないが、話し出すと止まらない悪い癖がある。下手に捕まると、半刻は付き合わされてしまう。


       ◆


 陽が西に傾き始めた頃、魔除札の盗賊の探索を終えたサキが帰路についた。倉庫の建ち並ぶ港湾地区まで足を伸ばしたが、今日も成果は芳しくない。

 神殿に戻る途中、運河沿いの道にある辻占いに気が付いた。

 並木の下に折りたたみの小さな椅子と台だけを出した、ごく小さな露店の辻占いだった。

 ちょうど、前の客が立ち去るところだった。

 サキの視線に気が付いたのか、椅子に座っているフードを被った男が顔を上げた。青灰色の瞳が親しみを込めて輝いた。

「何か占って進ぜようか?」

 フードの奥から聞こえる声は、存外若い声だった。

「そうね、よく当たるそうじゃない」

 サキは、占いなど信じない主義だった。

 神殿の神託すら、サキは頼ったことがない。自分の霊力が皆無に等しいことは自覚している。サキの姉のセアラや妹のスーのように、神託を受けることさえ出来ない。

 普段だったら、辻占いの存在を気にも留めず足早に通り過ぎているのに、この時だけは何故かこの占い師を試してみたい気になった。

「見料は銅貨六枚。ささやかな幸せを呼ぶ占いさ。

 願い事か迷い事かね」

「占ってもらいたいのは、魔除札をばらまく盗賊につながる手掛かり」

 サキは、単刀直入に言い切った。

 折りたたみの小さな台の上に、銅貨を六枚放り出す。

 フードの中で、占い師の青灰色の目がいたずらっぽく笑ったような気がした。

「よかろう、ではその見料の銅貨六枚を、それぞれこの器に入れて、願い事を念じながら振ってから、台の上に伏せるがいい」

 占い師が、傍らに積み重ねていた古びた青銅の六個の器を、手際よく台の上に並べた。

 サキは、一つめの器に銅貨を一枚放り込む。

 言われるままに、願い事を念じながら軽く器を揺さぶってみる。

 銅貨が器に触れ合う金属音と振動を感じながら、器を台の上に逆さに伏せた。

 器を横一列に並べてゆく。

「さてさて、天と地の森羅万象の流転に従い、どのように銅貨が舞い踊ったか」

 占い師の手が動く度に、一つ一つ器がひっくり返され銅貨が一列に並んでゆく。

 銅貨の裏表の組み合わせに何の意味があるのか、占い師の手がその六枚の銅貨を重ね、呪文なのか、何やら異国の言葉を呟いている。

 積み重ねた銅貨を、ひとまとめにして別の銀の深い器に入れる。

 銅貨と銅貨、銅貨と器のぶつかる涼しい音が響いた。

「出た神託は陰陽の転換、下に沈む陰が浮かび上がり陽と交わるという日月循環の卦である」

 口上も慣れたもので、妙に芝居がかっている。

 厳かに銀の器を伏せる。

「今宵の陰から陽への転換は夜明け、風の舞う東の空を見上げるが吉」

 これが、占った結果らしい。

 銀の器の上でパチンと指を打ち鳴らし、器をどける。

「!」

 サキは、目を見開いた。

 入っていたはずの銅貨が消え、小さく折りたたまれた紙片が机上にあった。

「さぁ、その神託を持ってお帰り。お嬢さんの日常に、何か小さな変化が起こり、ささやかな幸せに巡り会いますように!」

 占い師は、驚いているサキを無視して次の客を手招きした。

「お次の方は、何を占って進ぜよう?」

 それなりに人気があるのか、いつの間にか客が数人並んでいる。

 サキはその場を離れ、人混みの中を考えながら歩く。

 神殿の神託も、似たようなものだった。

 事前に用意しているいくつかの神託の中から、選者が引き当てたものが、その人の求めている神託。当たるか当たらないかは、その人の解釈次第だろう。

(その気にさせる前口上と、凝った演出はたいしたものね)

 こういった鮮やかな手妻芸を見せられれば、神託が外れても銅貨六枚なら損には思わない。客が十人二十人もいればそれなりの売り上げになる。なるほど、マリアが喜びそうな仰々しい占いだった。

 サキは、運河の橋を渡り、神殿側の参道に入る前に立ち止まった。神殿にこんな場末の占いの神託を持ち込む訳にもいかない。サキは、懐を探り、先ほどの辻占いの神託を取り出す。

「えっ! えぇーっ?」

 神託を開いて、ぞっと背筋が寒くなった。

 折りたたまれた紙片を開くと、それは魔除札だった。

(あいつ!)

 慌てて元の運河沿いに戻れば、すでに辻占いの露店が消えていた。


       ◆


 神託を握りしめたサキが凍り付いているのと同じ頃。

 その運河の向かい岸に、運河を眺める三人の巡礼者がいた。

 砂に汚れた白色の長衣は、大陸の各地から神殿を訪れる巡礼者の姿だった。

 運河の水面が、夕日を映して朱色に輝いている。

 その運河の向かい岸には、こんもりと茂った森が見える。

 小さな丘陵地帯そのものが、神殿だった。

 運河沿いの道に大きな広場があり、そこから森の奥へと参道が続いている。その参道の百段程度の石段を登った先が神殿だった。

 荘厳な門と大小の尖塔を持つ、白亜の神殿の姿が木々の間から見えている。

「夜中には、風向きが変わる。今夜は、おあつらえ向きの東風かと」

 夕暮れ時の空を見上げた男が、小声で呟いた。

 目深にフードを被り、杖をついた巡礼者姿は神殿の風景に溶け込んでいる。シドニア大陸各地から、王都レグノリアにある聖教の神殿を訪れる巡礼者は多い。そもそも、ヴァンダール王国は、この絶対神アグネアを祀る神殿を中心とした王国だった。

 だが、フードの奥から覗いた巡礼者の褐色の眼光は、常人とは思えぬほどに鋭い。

 肌の様子を見ると、老人の域に達しているはずでありながら、その背中はまっすぐに伸びている。

「街の護民官が、夜通し警戒しているわ。仕掛けてるところに出くわすと、やっかいですわ」

 右隣の巡礼者が小声で返す。女性の声だった。

 年の頃は、相手の男と同じくらいだろうか。

 フードからのぞく瞳の色は青い。

「だが、お忍びでいられる時間は、もう大して残っていない」

 小さくうなずいた男が、それに答える。

 二人のやりとりを黙って聞いていた三人目の小柄な巡礼者が、やっと口を開いた。

「うん、あんまり時間がない。だから、今夜決行する」

 フードからの声は、まだ若い。

 フードの奥で輝く緑がかった蒼い瞳は、不思議な眼光をしている。

 冷静さを持ちながらも、奥底に強い熱量を持った眼だった。そのくせ、どこかいたずらっぽい輝きも持っている。

 小柄な人影は、運河の水面から神殿の本殿に視線を移した。

「また、二人には迷惑を掛けるけど、ちょっと我慢して欲しいんだ」

「わかってますよ……準備は?」

「全て整えてある。足りないのは今夜の風だけ」

「なら、お止めはしませんわ。存分にやんなさい」

「ありがとう」

 若い小柄な巡礼者が、小さく頭を下げた。

「問題なのは、これで神殿の連中に気が付いてもらえるか、だな」

 初老の男が呟いた。

「当時の詳細を知る人が、まだ残っていることを祈ってるわ」

 女がそれに応じた。

「十年も近く前の出来事だから、風化してるかもしれないわ」

「都合の悪いことは忘れちまうのが、人の常だ」

 二人の悲観を打ち消すように、若い影が笑った。

「そしたら、ボク達だけで全てやるしかない」

 初老の女性が、微かに笑った気配があった。

「それはそれは……たいそうな御覚悟だこと」

「一族の名誉のため、かな?」

 若い影がそう切り返す。

 その声には、消して曲げることのない強い意志が込められていた。

「二人は予定通りに探索を続けて。今夜も連中が出没するようなら、居場所を突き止めて欲しいんだ。

 こっちの仕事は、ボクがやる」

「御意」

「じゃあ、ここで分かれよう。

 明日の朝、またここで」

 そう言い残した小柄な巡礼者が、港の方向へときびすを返した。


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