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ACT18 幽霊騎士団

 日が暮れた頃から、風が強くなってきた。

 上空を見上げると、暗くなった空を厚い雲が南から流れてくる。

「嵐が来そうだな」

 リュードが呟いた。

 戦いは、もう始まっていた。

 周囲に漂う殺気に目もくれず、池の水面を眺めている。

 その自然な姿は、散策に立ち寄ったかのようだった。

 リュードは、鞘に納めた愛剣を杖のように大地に立てている。

 先に、シェルフィンとサキが屋敷に入った。

 残ったのはリュード一人だった。

 だが、周囲の闇に溶け込んだ殺気の数は、優に十を超える。

 どこからか、遠雷が聞こえ周囲が急激に暗くなってゆく。

「さて、どうするかい?」

 リュードが、暗がりの気配に声を掛けた。

「一人一人、順番で来るかい?

 それとも、まとめて来るかい?」

 リュードが指を打ち鳴らすと、空中にぼんやりと鬼火が浮かんだ。

 指を打ち鳴らす度に、鬼火が増えてゆく。

 鬼火がリュードの周囲を揺れながら、上下左右に周回してゆく。

 鬼火に誘われるように、一つの影が走った。

 暗闇から影が飛び出し、リュードと交錯する。

 リュードと交差した影が、音もなく倒れる。

「面倒だから、まとめて来いよ」

 リュードの挑発に、暗がりから人影がわき出てくる。

 池を背にしたリュードを包囲するように、人影が動く。

 その包囲の一角で、背後から別の人影が暗がりから浮き出てきた。ボロボロのマントをかぶった姿は、亡霊を思わせるものだった。

「?」

 振り返った男の顔が、驚愕に強ばった。

 そのまま、声も立てずにゆっくりと崩れ落ちる。

 マントのフードから、絶対神アグネアを模った仮面が覗く。

 不意に、かき消すようにそのマント姿が消え、すぐに別の一角に浮かび上がった。

 背後からの亡霊の襲撃に、包囲の一角が崩れた。

 リュードに襲いかかった二人が倒れるのと、亡霊が包囲を破ってリュードの前に姿を現すのが同時だった。

 亡霊の姿を見て、リュードが小声で声を掛けた。

「いいところに、化けて出てきてくれた」

「何を呑気に、こんなところで時間つぶしてる」

 亡霊の叱責に、リュードが苦笑した。

「何、まだ出番じゃないかと思ってね」

「ここは我らが始末する。早く行け!」

「任せてもいいが、殺してもらっちゃ困る。大切な証人だからな」

「そいつは難しい注文だ。だが、努力はしよう」

 亡霊が、再び暗闇に溶け込んだ。

 あちこちで、人が倒れる微かな音が響く。

 静かな戦いが、暗闇で繰り広げられている。

 リュードは、池の御殿と岸をつなぐ吊り橋に向けて歩き出す。


       ◆


 新築されたアンガス候の本邸は、池の上に建てたとは思えぬほどしっかりした物だった。

「素敵な御殿ですわね」

 あちこちを見聞し大広間に戻ってきたリアンが、ドーンに微笑んだ。

「水の上に建物を建てるとは、考えましたね。

 父もさぞかし喜ぶことと思いますわ」

「お褒めに頂き、光栄でございます」

 ドーンが、慇懃に頭を下げた。

 大広間の広いテーブルを挟んで、リアンとシェルフィンがドーンと向かい合わせに腰を降ろした。

 リアンは水色のドレスを身にまとい、長い金髪を巻き上げて宝玉をあしらった髪飾りで留めている。シェルフィンも若草色の長衣を身にまとい着飾っている。

 愛刀を腰に佩いたサキだけが、いつもの神殿警護官の動きやすい服装だった。間違っても、こういう場にふさわしい格好ではない。

 サキは、立ったままだった。

 腕組みをして、三人から少し離れて立った。

「ところで、魔除札の盗賊の正体がわかったってお話をしましょうか」

 サキの声に、ドーンが怪訝そうな表情を見せた。

「それはそれは……では、手前どもの金蔵から奪われた金品も見つかったのでしょうな」

「もちろんよ。

 その前に、この魔除札の盗賊ってのが、どんな仕掛けで盗みを繰り広げていたかから、じっくりとご説明するわ」

 サキが、魔除札の盗賊の手口を一つ一つ解いてみせる。

 ディンゴのようなこそ泥を使ったのは、類似犯を誘発し探索に混乱を与えるのが目的。

 そして、被害に遭った大商人の金蔵は、最初から何も入れていなかった狂言だという事実。

「狙われたっていう、他の商家も共犯ね。

 商売が順調になってくると、信用取引が出来る。

 金を借りて商品を仕入れて売りさばいてから、利息を付けて借りた金を返す。それを何度も繰り返して信用させておいてから、大口の取引を持ちかけて、多額の金品を借りる。

 そこで一切合切を盗まれて、お店は夜逃げ同然で畳むって詐欺の筋書きよ。

 最初から空の金蔵や倉庫に魔除札を残して、盗まれたって騒ぎ立てる手段は、よく考えたものだわ。どんなに護民官が外を警戒してても、最初から空の金蔵なんだから、盗賊を捕まえられやしない」

「言いがかりもそこまで来ると、聞き捨てなりませんな。

 証拠はどこにありますかねぇ?」

 詰問されても、ドーンは落ち着いたものだった。

 サキが口を開こうとしたとたん、シェルフィンが先に口を開いた。

「夜逃げしたはずの商家の連中が、あんたの所に雇われたってのが動かぬ証拠さ。

 悪いけど、あんたの所の手下達の正体を洗わせてもらったよ。

 他の国では、お尋ね者として手配中の殺し盗み何でもありの連中ばかりじゃないか」

 シェルフィンが、いったん言葉を止める。

「あたしは、魔除札の盗賊が出た時から、大切なものはどこに隠すか、気になってたのさ」

 シェルフィンが、ドーンを見据えた。

 シェルフィンが、何やら詰まった布袋をテーブルに放り投げた。

 テーブルに落ちた衝撃で袋の口が開き、中からおびただしい数の短冊状の紙片が流れ出た。

「あんたの金蔵に隠してあった代物さ……盗まれて空になったはずの金蔵の地下にあった」

 それは、大量の魔除札だった。

「うまく隠したもんだよ。まさか、からくり仕掛けを使って地下に荷物を下ろせるなんてさ。

 しかも一階の天井が二重になってて、地下に下ろした天井が新しい一階の床になるなんて、ちょっと思い付かなかったわ」

「まさか、天狼の総帥ともあろうものが、盗人の真似事するとは思いませんでしたねぇ」

 ドーンが、ため息をついた。

「だから、言っただろ?」

 シェルフィンが嘲った。

「あたし達天狼を陥れる勢力とは、どんな手段を使ってでも対抗するってね」

 シェルフィンの口から、威勢のいい伝法な啖呵がぽんぽんと出てくる。

「地下に隠されてた品物からは、あちこちの商家から盗まれた金品の一部も確認したよ。

 どうせこの調子なら、あんたの持ってる倉の地下を調べりゃ全部出てくるわね」

 シェルフィンに突きつけられた動かぬ証拠に、ドーンが押し黙った。

「イーレスという小さな王国をご存じ?

 そういえば二年ほど前ですが、その国でこういう事件がありましたわ」

 それまで黙っていたリアンが、静かに口を開いた。

 先ほどまでのシェルフィンのような、きつい詰問の口調ではない。

 まるで、世間話をしているような穏やかな口調だった。

 だが、その内容は禍々しい話だった。

 自由都市ボーダンの近くに、イーレスという小さな王国がある。

 イーレス王家の古くなった御殿を取り壊し、新しく宮殿を新築する計画があった。

 イーレスは商都ボーダンに近い交通の要衝だったため、諸国はイーレスの持つ権益支配には魅力があった。だが、それぞれの国が牽制し合う結果、イーレスを強引に支配下に置こうとする大国は現れなかった。

 新しい宮殿は、水晶をふんだんに使った輝かんばかりの美しいものだった。

「完成した暁には、イーレスの王族や王国の重鎮を招いて、盛大にお祝いする予定でした」

 だが、その宮殿に巧妙に作られた仕掛けがあった。

「吊り天井の仕掛けがあったそうです。重りを仕込んだ天井が丸ごと落下し、広間にいるものを押しつぶすという残酷な仕掛けです」

 リアンの言葉が続く。

「主立った王族や家来の重鎮を皆殺しにすれば、イーレス王家の機能は喪失します。その混乱の中で隣国と組めば、王国を乗っ取ることはたやすく出来ます」

 リアンは、一瞬言葉を切り、押し黙ったままのドーンを見つめた。

「幸いにも、直前にその仕掛けの存在が暴かれ、不幸な事件は未然に防ぐことが出来ました。だが、その首謀者は逃亡し、いまだに捕まってはおりません」

 ドーンの表情には、奇妙なほど感情が見えない。

 瞑目し、黒檀のような黒褐色の表情はぴくりとも動かない。

 リアンの声が、静かに響く。

「その折に、宮殿を建設するための資材を取り扱った商人がおりました。

 この男は拘束され、イーレス王国に拘束されております。

 その名はドーン・バルザック!

 ドーンになりすまし、レグノリアに拠点を移したあなたは、いったい何者ですか?」

 ドーンは、依然として無言だった。

 リアンの声に鋭さが加わった。

「歴史は繰り返す、と言います。

 特に、人智を越えた異能を用いるものは、同じ手段を使い回す傾向があります。時と場所を変え、似たようなことを目論みます」

 リアンが、真正面からドーンの目を見据えた。

「その怪人物の名は『グルジェフ』と呼ばれ、倒されても何度でも蘇り、世の中に破壊と混乱を呼び寄せる存在のため、『魔』とも呼ばれます」

 最初は、笑い声とは思えなかった。

 微かな振動が、ドーンの喉から漏れていた。

 ドーンが、目を見開いた。

 今までとは、まるで違うおぞましい光りをたたえた眼光だった。

「巧く化けてたんですけどね」

 ドーンと名乗っていた男が手袋をゆっくりと外すと、鳥の足を連想させるような長い爪を持った枯れた手が出現した。

 肌の色は、黒ではなく灰色だった。

「人目に触れる手だけは、年をごまかせませんからね」

 乾いた手を挙げ、ドーンは自分の顔を両手で覆った。

 己の顔に爪が食い込む。

 ゆっくりと手を動かすと、微かな音とともに顔が剥がれてゆく。

 顔の半分を覆う髭ともに、かさぶたでも剥がすように自分の顔の皮を剥ぎ取った。

「正体を見抜かれてるなら、今さら化け続ける必要もあるまい」

 口調までが、がらりと変わった。

 そこにあったのは、トカゲを思わせるざらついた灰色の肌をした老人の顔だった。

「今、あなた達に教えられたよ。

 一対一では、正体を暴かれない自信はあったが……四方八方から同時に光を当てられては、影に隠れようがないということを」

 ドーンの顔は、精巧な仮面だった。

 素顔の上に、柔らかな皮で造った仮面を被っていた。

 仮面な下の素顔の表情に合わせて動く、柔らかく精巧な仮面だった。

 それでも、日中の人前に出ると血の色が浮き出ぬ仮面であることが見抜かれる。

 黒檀のような南方系の肌の色も、伸び放題の黒い髭も派手なターバンも偽装するための小道具だった。

「後天祭でヴァンダール王家一族皆殺しの余興を用意していたが、間に合わなかったようだ」

 ドーンに成りすましていたグルジェフは、あっさりと野望を認めた。

 先天・後天の祝祭を利用して、王都の霊的守護を行っている神官と、政治の要になっている王族の殲滅。

 そのための殺戮の場が、アンガス候の屋敷だった。

 祝祭の直前に、ヴァンダール王国を構成する主要な諸侯は王都レグノリアに集まってくる。

 アンガス候の屋敷のお披露目の宴を口実に、集まってきた所を一気に殲滅、直後に外部からの戦力がレグノリアを一気に攻め落とす。

 淡々と、グルジェフが恐ろしい計画を語ってゆく。

「何故、こんな重要な話をしたかって?」

 グルジェフが酷薄な笑みを浮かべた。

「それは、あなた達はここで死ぬんですから!」

 直後に、グルジェフが素早く片手を振った。

 袖口から、何かが飛んだ。

「まずい!」

 飛刀に反応したサキが、愛刀を抜いた。だがグルジェフの袖口から飛んだ飛刀は三本、それぞれが矢のような勢いでサキとシェルフィンとリアンに襲いかかる。

 自分に飛来した飛刀は、サキは難なく弾き飛ばした。

 だが、シェルフィンとリアンまでは守り切れない。

 シェルフィンは、わずかに身体をひねって飛刀をやり過ごした。

 鋭い金属音がし、真上に弾かれた飛刀が回転しテーブルに突き刺さった。

「リアン姫!」

 リアンは、微動もせずに座っていた。

 いつの間にか、リアンが喉元に何かを掲げていた。

 横笛がリアンの手にあった。ただの笛ではない。笛に偽装しているが護身用の鉄笛だった。

「音が狂うので、こういうつまらないことに使いたくはなかったけどね」

 リアンが、横笛を懐に戻した。

 リアンの声色が変わっていた。やや高い声も、柔らかな言い回しもどこにもない。

 グルジェフの方に視線を移し、リアンが微笑んだ。

「あなたが正体を見せてくれたので、こちらも正体を明らかにしましょうか。

 ボクは、復活した魔除札の盗賊、それにアンガス候が鑑札を与えたドーン・バルザックの怪しい動きを調べてたんだ。アンガス候の屋敷の新築、って言ってもアンガス候から提供された資産の範囲では、これだけの建物はとてもじゃないけど建てられないはず。だから、その費用捻出に魔除札の盗賊が出てきたんじゃないかって疑いを持ったのさ。

 ボクは、あなたと違って勝手にリアン姫に成りすましていたんじゃないけどね。リアン・アンガスとは旧知の間柄で、リアンに子細をお話してお願いしたところ快く成りすましを許していただきましたから」

 リアン・アンガスを名乗っていた人間が何者なのか、持っている笛でサキにもシーナという少年だと見当が付いた。

 だが、驚いたのはシーナの次の言葉だった。

「初めまして、盗賊ギースを演じたゼノン・リシャムードの娘シーナと申します。そして、グルジェフという『魔』の放つ怨念と死闘を演じてきたレオナ姫の生まれたリシャムード一族の末裔!」

「なるほど」

 グルジェフが、喉の奥でくぐもった笑い声を立てた。

「リシャムード一族なら、邪魔立てがうまいはずだ」

 リアン姫に化けていたシーナが、苦笑した。

 椅子から立ち上がり、数歩下がって改めてドーンと対峙する。

「まだ、逃げ切る自信があるみたいだね」

「ふふん」

 鼻で笑ったような気配だった。

 グルジェフが手を振ると、テーブルに並べられた燭台に炎が灯った。

「せっかくなので、面白い余興をお見せしよう」

 巨大なテーブルに並んだ燭台の配置が奇妙だった。

 炎に照らされたテーブルに、奇妙な文様が浮かんでいる。

 四角を基調とした、異国の魔法陣だった。

「これを、倒せるかね?」

 微かな振動が、足元から伝わってくる。

 傍らの柱が震え、ボロボロと装飾が落ちてゆく。

 振動が共鳴するのか、震える柱が増えてゆく。

 大広間のあちこちで、柱の振動が始まっている。

「出でよ! 幽霊騎士団!」

 グルジェフの声に、力がこもった。

 音を立てて崩れた柱の中から、人影が現れる。

 柱の漆喰に塗り込められていたものは、サキを襲った騎士と同じものだった。

 違うのはその数だった。何体もの騎士が立っている。

「戦いぶりを、ここでゆっくりと見せて頂こう」

 追い詰められたはずのグルジェフの態度は、悠然としたものだった。

 騎士の目が、赤黒い憎悪の炎で輝いた。

 ゆっくりと、騎士達が動き出す。

(ちっ、まずい!)

 サキは、愛刀を握りしめた。

 一対一でも、苦戦する相手だった。

 まずいことに、シェルフィンもシーナも丸腰だった。

 サキが、騎士団と対峙する。

 騎士の一体が、ゆっくりと前に出てくる。

 動きは遅いが、並の刃では通用せぬ重厚な装甲と、無限の体力を持つ相手だった。

 しかも、生身の相手ではない。命を失う恐怖も抱かなければ、痛みも感じない相手だった。

 逃げ回っても、相手は疲労を感じない。逃げる方は体力を削られ、いつかはやられる。

 こんな代物を何百体も持ち出されたら、王都の騎士団でも全滅しかねない。

 騎士が、大剣を振りかぶった。

(来る!)

 サキが、微かに姿勢を低くする。

 一度対決しているから、騎士の動きはわかっている。

 その刹那、風が舞った。

 騎士の背後で、稲妻が輝いた。

(?)

 斬りかかってきた騎士が、突如静止した。

 面頬の奥で赤黒く輝いていた憎悪の炎が、消えている。

 大きく開けられた窓の外で、雷鳴が響いた。

 手から大剣が滑り落ち、跪くような格好で倒れてくる。

 騎士の背後に、骨喰(ほねばみ)を抜いたリュードが立っていた。

「まず一体」

 普段と変わらぬリュードの声だった。ゆっくりと、骨喰(ほねばみ)の刃を鞘に納める。

「遅いわ!」

 サキは、頬を膨らませた。

「来るのが遅いじゃないの!」

「間に合ったじゃないか」

 場にそぐわないほど、のんびりした声だった。

「こっちは俺が相手するから、姫さんはグルジェフを逃がさんようにな」

 リュードが、サキ達と騎士の群れの間に立つ。

 左手に、鞘に納めた骨喰(ほねばみ)の剣があった。

「反魂術と八陣図……凝った真似するなぁ。

 禁忌の術の相手するのは、百鬼兵以来だぜ」

 こういう相手と戦ったことがあるような、リュードの呟きだった。

 騎士が、リュードの動きにつられ一歩前に出る。

 大剣を抜き放った前列の二体が、リュードを左右から挟撃する構えを見せる。その刃をかわせば、後列の騎士が迎撃する構えだった。相手を避けて動けそうに見える道は全て罠だった。動けば動くほど、包囲が狭まる「八陣図」と呼ばれる巧みな陣形だった。

「!」

 一瞬閃光が走り、大気が震えた。

 いつの間にか、リュードが剣を抜いていた。

 ひとたび振るえば、触れない相手の骨まで断ち切るという異名を持つ魔剣だった。

 左右の騎士の甲冑が、崩れ落ちる。

 兜、胴、手甲、脚甲が音を立てて床に転がる。

 バラバラに崩れ落ちた姿は、まさに元の甲冑だった。

 二列目の騎士が前に出てくるのに合わせ、リュードが動いた。

 刀剣は、使い手によって魔力を帯びるという。

 それは華麗な舞いだった。

 剣を振るうリュードの姿が薄闇に溶け込み、骨喰(ほねばみ)の剣身だけが空中を踊っているように見える。

 剣撃の音さえしない、静かな戦いだった。

 聞こえるのは騎士の甲冑が触れ合う金属音と、騎士が倒れ込む音だけだった。

 振り下ろされる大剣は、リュードをとらえられない。

 リュードがすり抜けるたびに、騎士が膝をついて倒れてゆく。

 骨喰(ほねばみ)は、薄く鋭い刃を持つ。

 甲冑のような堅いものを断ち割るような剣ではない。

 いかな魔剣と呼ばれる骨喰(ほねばみ)でも、騎士の甲冑を裁ち切ることは不可能だった。

 だが、稲妻を反射して刃が光るたびに、甲冑が倒れてゆく。

 リュードの狙いは、甲冑の装甲ではなかった。

 騎士の甲冑が手足を十分に動かすには、その関節だけは装甲で覆えない。

 関節の内側のわずかな隙間が、甲冑を動かしているからくりの唯一の弱点だった。

(なるほど)

 サキは、リュードの戦い方を理解した。

 リュードは、グルジェフの呪術に対抗しようとしていない。

 いかなる呪術を使っているのか知らないが、甲冑の手足を動かす鋼の糸がなければ動かすことは出来ない。

 甲冑の関節の継ぎ目から骨喰(ほねばみ)の切っ先が忍び込み、甲冑の中の鋼の糸を断ち切っていた。

 鋼の糸が切れれば、甲冑を支えるものはない。

 燭台の火が風に揺れ、また一本の蝋燭の火が消える。

 剣が踊るたびに甲冑が崩れ落ち、燭台の火が一つ一つ消えてゆく。

「八陣図を使った割にはお粗末ね」

 シェルフィンの嘲る声が聞こえた。

 リュードと甲冑との戦いなど目もくれず、グルジェフをにらみつけている。

「どんな魔法陣にも弱点はあるわ。

 八陣図とて万能じゃない。破り方を知ってる相手でおあいにくさまだったわね」

 最後の燭台の火が消え、最後に残った甲冑が倒れた。

「八陣図を知っているとは……やはり、因縁のある相手だったか」

「占ってやったじゃねぇか。虎の尻尾を踏むなかれってな」

 揶揄するようなリュードの声が聞こえた。

「調子に乗って、天狼にまで喧嘩を売ったのは失敗だったな」

「急いては事をし損じる、か。覚えておこう」

 グルジェフが手を打ち鳴らした。

「!」

 それを合図に、建物が激しく震えた。

 鎖の鳴る音とともに、鋼の柵が床から一瞬でせり上がってきた。

 巨大な重りを使った、からくり仕掛けの柵だった。

(しまった!)

 グルジェフと対峙するサキ達を、前後の鉄柵が閉じ込めていた。

 グルジェフを追うことも出来なければ、逃げ道もない。 

 突然出現した鉄柵に、前後をふさがれた格好になった。

 リュードの骨喰(ほねばみ)は、薄く鋭利な刃だった。

 骨喰(ほねばみ)の鋭さでも、この鉄柵は切れない。

「今回の失敗は、潔く認めよう」

 鉄柵の向こうで、グルジェフが笑う。

「だが、全てを知ってしまったおまえ達は生かしては返さぬ」

 リュードが、鉄柵を掴んで揺さぶるがびくともしない。

「この屋敷は、鋼索の張力で形を保っておる。

 鋼索が切れると天井が落ち、柱が倒れ、壁が崩れ、その重さで床が抜け、池の中に沈み込む」

「ちっ! これを王族皆殺しに使う気だったんだね!」

 サキが怒りの声をあげた。

「如何にも」

 グルジェフの余裕に満ちた声に、サキは怒りが沸騰しそうだった。

「おまえ達を、反魂騎士団で一掃できれば使う機会もなかったが、残念ながら術を破られたのでな。奥の手を使うとしよう」

 憎々しいほどのグルジェフの落ち着きぶりだった。

「今回は思わぬ失敗が重なったが、それはお前達の命と引き替えにすれば釣り合う。おまえ達を倒した後、しばらく姿を消し、ゆっくりとこの国を滅ぼす次の一手を練るとしよう」

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