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ACT15 幽霊屋敷

 考え事をしながら歩いていたサキは、いつの間にか結界岩の祠の前に立っていた。無意識のうちに、結界岩の祠に足が向いていたらしい。

 ここに来ると、サキは何故か落ち着く気がしていた。

 真っ二つに割れた結界岩に拝礼し、出会ったことのないレオナ・リシャムードに思いをはせる。

 結界岩を真っ二つに叩き割ったレオナ姫の愛刀が、ここに戻ってくるのも不思議な因縁だった。

(国を捨てる時、レオナ姫はどんな思いだったんだろう?)

 よっぽどの覚悟がなければ、自分が危機を救った国を捨てる決断はしない。

 結界岩の祠の前で、背後から声が掛かった。

「サキさん、またお会いしましたね」

 サキは、聞き覚えのある声に振り向いた。

「シーナ?」

「名前を覚えててくれて、うれしいな。サキさんもこの場所が気に入ったみたいだね」

「そうね、ここに来ると不思議と落ち着くわ」

 サキの答えに、相変わらずの隊商の護衛のような姿のシーナが微笑んだ。

 長い金髪の上から首に砂塵除けの長い布を巻き付け、フードの着いた旅行用のマントを羽織っている。

 シーナは、どこかで摘んできた小さな花束を結界岩に供え、胸の前で手を組み一礼する。神官の家に生まれたサキよりも、聖教の作法にかなったきれいな拝礼だった。

「どう? 久しぶりに戻ってきた王都は?」

 サキの言葉に、シーナの表情が少し陰りを見せた。

「久しぶりに戻ってきたんだけど……この国も、まだまだ不安定ですね」

「何かあったの?」

 サキの問いに、シーナが微かなため息をついた。

「ボクは、この街でいろいろと盗賊の噂を聞きました」

 シーナの言葉に、サキは顔をしかめた。これを言われると、当事者のサキには一番痛い。

「ごめんなさいね、あたし達がふがいないばかりに……きっと、捕まえるわ」

「サキさんが謝ることじゃないんです。本当に問題なのは、人々の心に潜む魔の存在なんだ」

 シーナが奇妙なことを言い出した。

「嫉み、憎しみとかの負の波動は、誰の心にもあります。一人一人の負の波動は小さなものでも、これが集まると大きな負の波動を生み出します」

「詳しいのね」

 シーナの言葉に何と返していいか、サキにはわからない。まるで神官長の祖父の説法を聞いている気分になってくる。

「この王都レグノリアは、結界が未完成なので……おかしなモノが侵入してきます」

「結界?」

 この結界岩の祠のことを示しているのか、それとも別のことを意味しているのか、サキにはわからなかった。

 サキはシーナを見つめ返した。

 シーナが、結界岩を仰ぎ見た。

「この結界岩に限らず、王都レグノリアの繁栄、安寧を維持するために結界を張っています……でも、これでは不十分なんです」

 奇妙な言葉だった。

 サキは、シーナをいぶかしげに見た。

 シーナが、眼下に拡がる王都の街並みを示した。

「これだけ大きな都になると、そう簡単に結界は張れません。

 絶大な霊力を持った術者がいない今、結界のもろくなった部分から妖魔が侵入してきます」

 シーナが、少し悲しそうな表情を見せた。

「侵入した妖魔が、皆の心に潜む負の波動を増幅させて、世の中が乱れる、ってこと?」

 シーナが言っている言葉の意味が、サキにも何となくわかってきた。

 それには応えず、シーナが結界岩に背を向けた。

 シーナが、静かに歩き出した。シーナの足が祠の敷地を出たとたんに止まり、サキの方を振り返った。

 シーナを見送るサキと、シーナの視線が絡まった。

「サキさん、身の回りに気を付けて下さい。

 今、サキさんの身に災厄が降りかかって来ていますから」

「占い師みたいね」

 サキが微笑んだ。

「ボクは占い師じゃないけど……こういう予感は当たるんだ」

「ありがとう、気を付けるわ」

 シーナが立ち去った後も、サキは結界岩の祠の前に立ち尽くしていた。

(シーナ、何者なんだろう?)

 敵意はなかった。むしろ、サキに親しみを持っている気配だが、何者なのか見当も付かない。

(あっ!)

 サキは、突然一つの考えにたどり着いた。

 スタンとハトルの幼い兄妹に凧を渡した人物。

『サキおねーぇちゃんみたいな、知らないおにーちゃんにもらったの』

 スタンの声が脳裏に蘇ってきた。

(凧を使って神殿に魔除札を降らせたのは……まさか、シーナ?)

 埋没していた記憶が次々に浮かび上がり、つながってゆく。

『なんか、もの悲しい調べの音色が遠くから聞こえてきてさ……振り向いたら、目の前にボロボロのマント姿の男が暗がりに立ってたんだ』

 魔除札の盗賊の真似をして、半殺しにされたこそ泥のディンゴの言葉が浮かんでくる。

(シーナが、偽物の魔除札の盗賊狩りをしていたってこと?)

 サキの思考が乱れる。

(でも……どうして?)


       ◆


「これはまた、年季の入ったもんだ」

 リュードが、感心したようにゼノン・リシャムードが住んでいた邸宅の門扉を見上げている。

 森の中にある小径の石畳はあちこちひび割れ、割れ目から雑草が顔を出している。その石畳の小道を歩いた先に、鉄格子のような門扉が姿を現した。

 黒さびを浮かべた鉄格子の向こう側も、森の中と変わらない荒れ方だった。

「何年も、無住だったのかしらね?」

 サキは、薄気味悪そうに鉄格子の向こう側を透かし見た。

 魔物か何かが棲んでいる、という噂もうなずける。

 周辺の森と屋敷の敷地を分ける境界は石組の塀だが、蔓草が縦横無尽に絡まりちょっと見ただけでは、人の手が加わったものにはとても見えない。

「ありゃ? 不用心だな」

 リュードが門扉に手を掛けると、重い音を立てて扉が開いた。

 普通の神経の持ち主なら、この幽霊屋敷の敷地に侵入する度胸はない。

 明らかに門の内部の気配は、何かが潜んでいるようなものだった。

「閂掛けてないのか?」

 門から中をのぞき込んだリュードが閂を見やる。

「なるほど……ぜひ、いらっしゃいってことか」

 サキの耳に、リュードの呟きが聞こえた。

 リュードを見ると、あちこちをのぞき込んでいる。

 一人で納得して、サキには何も教える気はないようだった。

「姫さん、入ってみよう」

 かつては果樹園だったのか、うっそうと茂る樹木の間で、朽ち果てた葡萄棚の残骸が倒れずにいくつか残っている。

 庭園に置かれた奇妙な石像やら石塔は、遙かに遠くの異国のものらしい。

 足元の砂利も雑草で覆われ、かろうじて元は小径を作っていたらしいと判別できる程度だった。

「手入れしている時には、きれいな庭園だったはずよね」

 サキは、庭園の本来の姿を想像してみる。

「なるほどねぇ。確かに何か化けて出てきそうだ」

 サキの問いに小さくうなずいたリュードが、興味深げに周囲を見回している。

 苔むした石像は、何かの魔物をかたどったものらしい。

 石を組み合わせた四つ足の石像は、白骨化した馬がたたずんでいるようにも見え、今にも動き出しそうな姿にも見える。

 涸れた池の噴水では、魔物が口を開け天空をにらんでいる。

 その周囲には、数体の子鬼達の石像が並んでいる。

「こいつらが夜中に動き出したら、さぞかし壮観だな」

「ちょっと、リュード!

 薄気味悪いこと言わないでよ!」

 オバケが大嫌いなサキは、今すぐにでも逃げ出したい気分だった。

 霊力が皆無な故に、精霊だろうが妖怪だろうが見えないものは見えない。

 だが、何かの得体の知れない気配の存在はわかる。

 ここは、絶対に何かがいる。

「リュードは、何で怖くないの?」

「亡霊?」

「他に何がいるのよ!」

「人様に悪さしなけりゃ、別に隣に居ても害はないだろーに」

 サキには、この神経が理解できない。

 リュードというこの男は、たとえお星様が隣に落ちてきても生活の邪魔にならなきゃ別にいいや、という信じがたい神経の持ち主のようだった。


       ◆


「あら、あなたは?」

 老虎は、日没から日の出までの酒楼だった。

 客のいない昼間に老虎を訪ねる客は、滅多にいない。

 夕刻前に老虎に来た客は、フードを目深に被った細身の姿だった。少しうつむき、無言で静かに椅子に座った。

 テーブルに、細長く畳んだ手拭いを奇妙な形に折ってそっと置いた。

「!」

 天狼にしかわからない、秘密の合図だった。

 各地に点在する天狼同士では、互いの顔と名前を知らぬ場合がある。

 互いの出自を確かめたり、言葉を介さずに何らかの意思疎通を図る必要がある場合、こういった天狼以外の他人にはわからぬさりげない合図が使われる。

 細長く折り畳んだ手拭いの形、テーブルへの置き方で何十通りのメッセージを伝えることが出来る。

 テーブルに置かれた手拭いの置き方は、『助力請う』というメッセージだった。

「そんな隅っこではなく、奥のお席の方が風通しがいいわ」

 シェルフィンは、天狼に伝わるその合図に対する決まり言葉を口にした。

 開店前の老虎に、他の客はいない。人払いは無用だった。

 客が静かに目深にかぶっていたフードを外し、口元を覆う布を静かに喉元へ引き下ろした。

 緑がかった蒼い眼がいたずらっぽく輝いた。

 フードの奥から素顔を表したのは、シーナだった。

 首の後ろで束ねた金髪が、微かに揺れる。

「お初に、お目に掛かります」

 シーナの挨拶に、シェルフィンが破顔した。

「とぼけちゃってるわね。一昨年にここでお会いしたわよ」

「あの時には、ご迷惑をおかけしました」

「あなたがここに顔を出すってことは、また相当な迷惑がありそうね」

「おそらくは……独力では無理なので、お知恵をお借りしようかと」

「空から降ってきた本物の魔除札でわかったわ。あれはあなたの仕業ね」

「はい、ボクの仕業です」

 シェルフィンの指摘に、シーナが悪びれもなく認めた。

「凧を使うとは考えたわね」

「もう、バレてましたか。新しい神殿警護官は優秀ですね」

「あら、もうサキに会ったの?」

「うん、結界岩の前で」

「じゃあ、子細は理解してるわね」

「ええ、まさかあの刀と『約定』を同時に継ぐとは、ちょっとビックリしてます」

「まぁ、あなたとは深い縁がありそうなので……いずれゆっくりとお話する機会もあるわ」

 シェルフィンの言葉にうなずいたシーナが懐から、折りたたんだ書類を取りだした。

「天狼の情報網で、調べて欲しいことがあります」

 シーナが、一綴りの書類を置いた。

「素直に、サキに正体を明かして協力してもらえばいいのに」

「これは、ボクが解決すべき問題です。むしろ、邪魔されたくない」

「意地っ張りだねぇ」

 シェルフィンは苦笑した。

 この一族は、いつもこうだった。

「まったく、あんたの一族はどうして代々こうなのかしらね。

 何でもかんでも、自分一人で世の中の災厄を全て背負っちまう」


       ◆


 ゼノン・リシャムード邸の玄関の大きな扉は、閉ざされている。

「やはりね」

 リュードの呟きに、サキが振り向いた。

 リュードが指し示した先を見る。錠前の下の敷石に、赤茶けた錆の粉が落ちている。

 閂に付いていたさび付いた錠前には、最近になって鍵を開けた形跡があった。さびが落ち、鋼の地肌が微かに輝いている。

「誰かが、ごく最近立ち入っている」

「誰?」

「この館の持ち主じゃないのかな?」

「まさか、ゼノン・リシャムード?」

「居るかどうかはわからんが、とりあえず入ってみよう」

 リュードが、扉の取っ手に手を掛ける。

 微かに音を立て、扉が開いた。

 屋敷の中は、庭に劣らず怖いものだった。

 サキは、逃げ出すより先に、悲鳴をあげて泣き出したくなってきた。

(何で、ここに来ることになっちゃったんだろう?)

 こんな場所に足を踏み入れる自分の運の悪さも呪いたいが、まるで励ましにならないリュードの存在が恨めしい。

 入り口のホールにある暖炉の上には、いかめしい武器が掛けられ、左右にある青銅の彫像が、いまにも動き出しそうな躍動感を持ち、こちらをにらんでいる。

 入り口から入ってきた光を反射したのか、彫像の目が輝いた。

(まさか、これが動き出して襲ってきたりしないよね)

 嫌な予感がした。

 壁に掛かった絵画も、ぞっとするような不気味なものばかりだった。

 鏡に向かった男性を描いた絵では、鏡の向こうから骸骨が笑いかけている姿が描かれている。

「洒落がきついわ……悪趣味にも程があるわよ」

 その絵の隣に、本物の姿見の鏡が据付けられている。

 サキはその鏡から顔を背けて、自分の姿を極力見ないようにした。現実に鏡をのぞいて反対側に骸骨がいたら、サキだったら悲鳴をあげる。

「何で、こんなものばかり集めたんだろ?」

 サキの呟きに、リュードがクスッと笑った。

「こういうものが都の中で悪さしないように、この屋敷の中に安住させたのさ」

「ちょっとぉ、やめてよ!」

 隣の食堂は大きなテーブルに銀の食器が並び、つい今し方まで誰かが使っていたような姿だった。

 食器につもった埃と、天井の燭台にかかった蜘蛛の巣を見れば、最後にここの住人が使ってからの時の経過がわかる。

「この絵って」

 回廊に飾られた肖像画の前で、サキの足が止まった。この屋敷の、歴代の住人達の肖像画のひとつだろう。作成年代が古く、顔料も落ちてその姿ははっきりとはわからない。

 その絵は、大きな馬の脇にたたずむ女性の姿だった。サキの視線が、絵の中の女性の左手に引きつけられた。長い弯刀を、杖のように大地に突き立てている。

「これって……」

「レオナ・リシャムード……シドニア大陸を大刀一本持って縦横無尽に駆け抜け、この都を災厄から救った伝説のお姫様さ」

「リュードは知ってたの?」

「天狼で、レオナ姫の名前を知らない奴はいないさ」

 サキの視線と、額縁の中のレオナ姫の視線が合った。

 くすんだ色彩の中、レオナ姫が見ている情景は何だろう。

(すみません、御刀をお借りしております)

 サキは、胸の前で手を組んで瞑目した。


       ◆


 回廊の行き止まりに階段があった。

 微かにきしむ螺旋階段を、サキとリュードが登る。

 二階の部屋の錠前は外れていた。

 いくつかの寝室が並び、その奥に他の部屋とは異なる扉の部屋があった。

 サキとリュードは、その一室に足を踏み入れた。

 書斎と言うには少し狭い空間の壁に、王都を描いた大きな絵図面があった。

 大きな帆布一杯に描かれた絵図面が、壁に貼り付けられている。

 サキは、息を呑んだ。

 絵図面に描かれた王都の要所を道と運河で結んでゆくと、大きな図形が浮かび上がってくる。

(これって……まさか、魔法陣?)

 漂泊民の商人達が言っていた言葉が、脳裏で反響する。

『都の縦横を走る運河は、気まぐれに掘削したものではありません。

 特に、この王都の主要な建物や道は全て一つの法則に従って造られております』

(一定の法則って、魔法陣だったのね)

 都市全体の構成が、巨大な五芒星の魔法陣になっている。

 絵図面の隅に記された年号を信じるのなら、それは百年近く前に描かれたものだったが、その時代にはまだ存在しなかったはずの運河や道路、建物が記されていた。

 そして、描かれている一部の建物などは、まだ存在していない。

「これは、王都の絵図面じゃない。王都が完成したあかつきの未来絵図だ」

 リュードの言葉に、サキは絵図面を凝視した。

「これが、レオナ姫の都市計画……霊的に王都を守護しようとしたの?」

 ヴァンダール王家の象徴としての王城さえも、魔法陣の一角を構成する結界の一つに過ぎない。神殿を中心に五芒星を構成している各角の一つには黒龍小路も含まれている。

「そうか……わかったわ」

 不意に、サキの鼻の奥がつーんと熱くなった。

 なんとも言えない複雑な感情が、サキの胸にこみ上げてきた。

 悲しみ、怒り、不信、絶望、友愛、希望、様々な感情が複雑に渦巻いて、サキ自身では制御できない感情だった。

 絵図面の意味が、はっきり理解できた。

「レオナ姫は、この都市計画の実現には王家と天狼が力を合わせる必要があることを理解していたのね。

 だから、王家と天狼の争いに心を痛めたんだわ……でも、自分の存在が邪魔になって、その計画を断念せざるをえなかったのね」

 サキの目頭が熱くなった。

 ありったけの知恵を絞り、全身全霊を傾けて練り上げた王都のあるべき姿への都市計画。

 ところが、その都市計画を実行する最中に王家と天狼の争いが生じてしまった。事態を収拾するために、レオナ姫が姿を消したことにより計画も頓挫してしまった。

「都市計画をあきらめ、国を捨ててまで……両者を和解させようとするなんて……」

 涙が止まらない。

 もしもサキが、その場にいたら、とてもではないが正気は保てなかっただろう。レオナ姫の苦しみが痛いほどわかる。

「苦しくて、悲しくて、情けなくて……きっと、無念だったろうな、レオナ姫」

「だから、リシャムード家はそのレオナ姫が残してくれた都市計画をあきらめなかったのさ」

 リュードに言われるまでもない。

 サキにもわかっていた。

 レオナ姫は、王国の将来まで見捨てたわけではない。

 ただ、自分の存在が逆に王家と天狼の対立を生んでしまったことを悟り、自ら国を去るという重い決断をしただけだった。

 それ以降、代々のリシャムード家当主は表舞台から身を退き、それでも天狼の力を借りて、王都のあるべき姿の実現に単身で尽力していたのだろう。

 歴代のリシャムード家の当主は、このレオナ姫の描いた都市計画の実現に奔走し、王家に疎まれながらも天狼達と力を合わせコツコツと実現を目指していたが故の、魔除札の盗賊ギースという大芝居。

 そして、その実現のために盗賊ギースに扮していたのが、ゼノン・リシャムードだった。

「最初から、責任を負うつもりだったのね」

 サキが呟いた。

 目尻に浮かんだ涙を、そっとぬぐう。

「神殿警護長官としての自分の立場ではやってはならない所行、だけどリシャムード家の当主としては、天狼の力を借りて運河掘削をなんとしてでもやり遂げたい。

 だから、そんな大芝居をしてまで資金を集めたのね」

 天狼の味方をするということが、王家の中での立場が悪くなることを意味するのは、レオナ姫を輩出したリシャムード家では嫌と言うほどわかっていたのだろう。

 王家に疎まれ、ヴァンダール王国の北の山岳地帯にある小さな所領に引きこもって以来、この都に姿を現さないゼノンの思いを想像した。

「!」

 不意に、黒龍小路でシェルフィンに初めて会った時の言葉が脳裏に蘇ってきた。

『別にレグノリアの都だけじゃないけど、私達みたいな漂泊民……天狼を疎ましく思う存在もいまだに多数いるの。

 あなたが『約定』に従って天狼とのつなぎ役になるってことは、あなたも王族達の一部から疎ましく思われる存在になるってことなの。

 今のままなら、王族の一員として平穏な人生を送れる。

 でも、ひとたび『約定』を受け入れると、もう後戻りはできないわ。

 『約定』が発効されたことは、すぐに天狼にも王家にも伝わる。

 強い権限を持つ代わりに、重い責任も伴うし、あれこれと妨害してくる存在も出てくるものよ。

 ここから先に、お姫様を待っているのは、王家の一員としてではなく市井に生きる一人の人間として戦ってゆく人生になるわ』

 シェルフィンの言葉は、リシャムード家の生き様そのものだった。

 シェルフィンの言葉が、サキの心に染みこんだ。頭ではなく、心で理解した一瞬だった。

(あたしは、レオナ姫の理念を必ず受け継いでみせる!)

 涙は乾いていた。

 先ほどまでの、この幽霊屋敷に対する恐怖感よりも、厳粛な気持ちの方が勝っていた。

(この絵図面のせいだわ)

 サキは、胸の前で両手を組み、そっと頭を下げる。

 何かが、サキの心の中で変化している。

 王家がひた隠しにしてきた歴史と、自分の刀の由来を思うと、どうしても不思議な運命を感じざるを得ない。


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