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ACT14 封印された黒歴史

 昼前に老虎に顔を出したサキは、いつもと違う様子に気が付いた。

「あら、お姫さん、待ってたのよ」

 シェルフィンが、サキを奥の部屋に誘った。

 老虎には上客用の個室がいくつかある。他の酔客と顔を合わせたくない客や、密談に利用したい客のための部屋だった。

 その部屋の一つに、奇妙な顔ぶれが集まっていた。

 老虎のテーブルに並ぶ面々は、盗賊ギースに襲われたという商家の主人達だった。いずれも、交易・両替・仲買を担う各種ギルドの長老達だという。

 これは、十年前の魔除札の盗賊ギースの詳細を知りたいという、サキの依頼に対する天狼の答えだった。

「本当は、この話だけは墓場まで持って行くつもりでございました。

 しかし、天狼の御意向により全てをお話しいたします」

 サキは、思わぬ展開に面食らった。


       ◆


「盗まれていない?」

 サキは、自分の声が裏返ったのに驚いた。

 あまりの衝撃的な内容に、思考が整理できていない。

「あれは、王都を巻き込んだ大芝居でございます」

 天狼の商人達の告白が続いている。

 影で手を引いたのは、王族のゼノン・リシャムード。王族でありながら、天狼の友だった特別な家柄だった。

 おおっぴらには王都に協力できない立場の漂泊民の商人達も、リシャムード家が関わる場合、話は別だった。

 天狼は、リシャムード家の依頼には従う。ゼノンが必要としたかなりの額の資金を秘密裏に捻出するために、商人達は知恵を絞った。

 内密に動かせる金額にも、限度がある。

「盗まれたことにして、帳簿をごまかしたんでございますよ」

 王家の税吏には、天狼が動いたことを知られたくない。天狼も王都レグノリアで商売する以上、王家にそれ相応の税を納めている。

「街の護民官の立場もありますので、この芝居は盗賊ギースが護民官に追い詰められ、死んだものとして姿を消すところまでの筋書きが用意されていました」

 必要な額の資金を集めたところで、盗賊ギースの居場所を告げ口するものが出て、ギースが包囲されて消えるという筋書きだった。

「アンガス候も、その大芝居に一枚噛んでおりました。

 ゼノン・リシャムード様に盗賊ギースとしての隠れ家として無住の屋敷を提供し、落盤で屋敷が崩落する舞台を用意したんでございますよ」

「何で、アンガス候まで?」

「ゼノン・リシャムード様とアンガス候は、ある事件をきっかけに義兄弟の契りを結んだ大親友だと聞いております」

 サキの頭が混乱してきた。

「どうして、そんな面倒なことしてまで、表に出せない資金を集めたのかしら?」

「運河の掘削費用の捻出でございます」

「えぇっ?」

 サキは、驚いた声を上げた。

 今日は、驚かされることばかりだった。早朝から神殿の大広場に描かれた魔法陣騒ぎに奔走し、昼前に老虎に来れば盗賊ギースの事件の真相が待っていた。

「都の縦横を走る運河は、気まぐれに掘削したものではありません。

 特に、この王都の主要な建物や道は、全て一つの法則に従って造られております」

 このレグノリアの街並みまで、魔除札の盗賊と関わっているとは思わなかった。

「知らないのは、王家ぐらいでございますよ」

 言葉尻に、王家への痛烈な皮肉が混じっている。

 この国の王家と天狼の二重構造に、つくづく思い煩わされる。

 運河の掘削費用は王家の費用だけでは、とてもまかないきれない。

 王家に任すと、費用不足を理由に都市計画を断念したり運河の方向を変更したりしかねなかったという。

「変更は駄目なの?」

「そりゃ、街の人や物の流れの循環が途切れますから」

 サキの目の前に、王都の詳細な絵図面が拡げられた。

「神殿を起点にして、結界岩や王城、城門を結ぶように道や運河が走っております」

 それは、壮大な都市計画だった。

 道の一本、運河の一本、主要な建物の位置さえ、ある一定の法則に従って造られているという。絵図面で人や物の流れを説明されると、この運河が王都レグノリアでどれ程大切なのかがよく分かる。

 サキは、神殿警護官の仕事の一環で、街の絵図面は何度も見ている。だが、ひとたび説明を受けると街の姿がまるで違って見える。

 驚くべき話の連続に、サキは返事も出来ない。

「一番の懸念は、これを真似した模倣犯の出現でした……その為、天狼で使う秘密の合図をゼノン様にお伝え致しました。ゼノン様が関わった魔除札の盗賊ギースは、魔除札に針で七つの穴を穿ってあります」

 サキは、リュードやシェルフィンが魔除札の真贋を見分ける方法を知っていた理由がやっとわかった。

「今回の魔除札の盗賊には、ゼノン様は一切関わっておりません……もしもまた、この都の為に多額の費用を集める必要があれば、我々に必ずお声がけがあったはずです」


       ◆


 魔除札のギースの記録でさえ黒塗りなのだから、リシャムード家の記録に至っては、読むだけ無駄だった。

 神殿に戻るなり、サキは渋るロムの尻を叩いて、リシャムード家の記録を探させた。

 ロムが書庫から引っ張り出した記録は、主要な部分が完全な黒塗りになっている。家系図さえあちこち黒塗りで、経歴や功績さえ消されている。

「王家の意地にかけても開示しません、って意味でしょうね」

 サキが放り出した資料を一瞥して、ロムが肩をすくめた。

 公式文書からは、リシャムード家に関わる内容が抹消されている。

「そんなに、この家系ってやばいの?」

「あれ? 知らないんですか?」

「知らないから調べてんのよ。あんた知ってんの?」

 サキは、ロムに視線を移した。

 ロムは王族ではなく、レグノリアの平民だった。幼少からのずば抜けた記憶力や几帳面な性格から、過酷な試験をくぐり抜けて神殿警護官付きの文官になった男だ。

「そりゃ、市井では有名ですから……下町の悪ガキですら、リシャムード一族の功績は知ってますよ」

 あっさりとロムが認めた。

「先に言いなさいよ!」

「聞かなかったじゃないですか」

「気が利かないわね。で、どんな家なの?」

「えぇと……」

 サキに問い詰められ、ロムが言いよどむ。

「さっさと言いなさいよ!」

 サキの剣呑な表情に、ロムが助けを求めるように、傍らで黙っているカロンを見た。

 話していい、と言わんばかりに、カロンが小さくあごを引いた。

「……シェフィールド家と縁戚関係にある家柄です」

「シェフィールド家? うちの?」

 サキの声のトーンが、高くなった。

 聞いたことのない、とんでもない話が出てきた。

「確か四代前くらいのリシャムード家のお姫様が、シェフィールド家に嫁いだって聞いてます。

 リシャムード家のライナ姫がシェフィールド家に嫁ぎ、ライナ・シェフィールドとなりました。伝説のレオナ姫の姉と聞いておりますが」

「叔父貴ぃい!」

 サキは、沈黙を守っていたカロンに矛先を向けた。サキの曽祖母がリシャムード家の人間だったとは初耳だった。

 椅子から立ち上がったカロンが、サキに目配せして歩き出した。

 サキに付いてこいと言う意味だろう。

 詰め所を出て、裏庭に出る。

「盗賊ギースの事件にリシャムード一族が関わったというその話、どこで拾ってきた?」

「商人ギルドの交易商、両替商、仲買商とかの各長老から」

「怖いな、『約定』の力は」

 カロンが、ため息をついた。

「言いたくない話に限って、嗅ぎ付けてきやがる」

 カロンの口調が伝法になってきた。

「あの時……魔除札の盗賊ギースの本当の正体は、俺が暴いた」

「ええっ?」

 サキは、驚いてカロンの顔を見上げた。

「じゃあ、叔父貴は全てを知ってたの?」

 カロンが、小さくうなずいた。

「報告書を書いたのも俺だからな……黒塗りにしたのも俺だ」

 衝撃的な告白に、サキは耳を疑った。

「俺が神殿警護官の中堅だった頃……十年も前だ」

 カロンが話し始めた。

「その頃の俺は、今のサキと同じだ。

 動かない王家に業を煮やし、神殿警護長官にやいやい文句言いながら、盗賊ギースを追っていたんだ」

 カロン達の探索の甲斐もなく、全てが曖昧なまま、ギースがいなくなり事件は終結している。

 犯人も捕まえられず、奪われた金品の行方も掴めないままだった。

 事件の不手際の批判の矢面に立ったのは、神殿警護長官だった。このために、神殿警護長官がその責めを負って職を辞している。

 だが、探索の途中からカロンの中に、ある重大な疑念が浮かび上がっていた。

「もしかしたら、最初から盗まれていないんじゃないか? もしかしたら、これは全員が共犯なんじゃないか?」

 カロンには、そうとしか見えなかった。

「あの時ほど、己の推理が外れて欲しいと思ったことはない」

 カロンの表情は、どうしようもない悲しみをたたえている。

「だが、そういう目で事件を洗い直すと、一つの答えが見えてくるのさ」

 カロンは、独力で盗賊ギースの正体にたどり着いた。神殿警護官の仲間も、街を主管とする護民官の誰一人それは知らないことだった。

「その事件当時、神殿警護長官を務めていた者を知っているか?」

「知らないわ」

「当時の神殿警護長官の名は、ゼノン・リシャムード……」

「!」

 カロンが、大きなため息をついた。

「ゼノンが用意したのは、盗賊ギースが包囲され、消えるまでの筋書きじゃない。

 ちゃんと、その先まで筋書きがあったんだよ。

 これだけの不手際だ、盗賊は消えましたが金は戻りませんじゃ誰も納得はするまい」

 サキにも、カロンの言葉の意味はわかる。

「普通の盗賊だと、街の治安を司る護民官の責任になる。

 だが、魔除札がくっつくと神殿警護官の管轄に出来る。

 だから、わざと魔除札の盗賊を演じたのさ。

 そうすれば、盗賊を逃した不手際は神殿警護長官の責任になる」

 カロンは、盗賊ギースが消えた翌日、ゼノンに自分の推理を話した。

「その時に、王都に秘められた王家と天狼の争いの顛末と『約定』と言うものの存在を、ゼノンが教えてくれた。

 この王都に秘された歴史は、王都の人間と天狼が絡み合った複雑なものってことをね」

「……」

 沈黙したサキは、カロンの次の言葉を待った。

「『人一人の力は小さなもの……だけど、無限の可能性を秘めている』、か……」

 魔除札が降った日の朝、サキがカロンに叫んだのと同じ言葉を、カロンが呟いた。

「その時に、ゼノンが言った言葉と全く同じだ。

 サキに言われて、その瞬間、悟ったのさ。

 あの空から降ってきた魔除札は、当時の事情を知る俺への伝言だったんだよ」

「伝言?」

 サキの問いに、カロンが小さく笑った。

「これは本物の盗賊ギースではない、これは偽者が引き起こしている。

 過去の事情を知るものがいれば、ためらわずに天狼の力を借りろ、ってな。

 だから、サキを黒龍小路に行かせる気になったんだ」

 サキは、カロンを誤解していた。

 てっきり、天狼が嫌いなのだろうと思っていたが、天狼を友として王家と天狼の不信・対立を嘆き、それでも王族の一員として板挟みの中で苦しんでいた一人だった。そして、その想いはゼノン・リシャムードと同じだった。

 これだけの騒ぎに関わっても、ヴァンダール王家にリシャムード家がつぶされなかったのは、レオナ姫の呪いの存在を恐れたからだろう。リシャムード家は今でも王族の一員としての資格は失っていない。だがそれ以降、ゼノン・リシャムードは、決して王家の表舞台には姿を現さない。

「ゼノンが神殿警護官長の職を辞し、ヴァンダール王国の北の外れにある所領へ戻る日に、俺はリシャムード家の屋敷の前で待っていた」

 王家に疎まれ職を辞したゼノンは、住み慣れた王都レグノリアを離れ、自分の所領に引きこもった。

 その旅立ちは、わずかばかりの家来と家族だけを連れた寂しいものだった。

 見送りなど、誰もいない。

 せめて、自分だけでも見送りたいと考えたカロンは、リシャムード邸の正門の前で待っていた。

「馬から降りたゼノンが、俺に伝えた言葉がある。

『もしも……いつの日か「約定」を継ぐ者が出たら、この屋敷に来させて欲しい。ここに来れば全てがわかる』ってね」

「あたし?」

「リシャムード邸に行って、サキが自分の目で見てくるがいい。

 もっとも、十年も無住で荒れ果てた幽霊屋敷になっているという噂だがな」

 カロンの煮え切らない態度の理由が、やっとわかった。

 十年前の本物の魔除札の盗賊事件について、サキにほじくり返されたくなかったのだろう。

「確かめに、行ってみるしかないわね」

 サキは、大きなため息をついた。

 亡霊の次は幽霊屋敷となると、ぞっとする。

 サキは、リュードを引っ張り出すために神殿を出た。

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