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序章 シェフィールド家の邪々馬姫

「ふざけんじゃないわよ!」

 サキは、掴みかかってきた男の右腕をねじり上げていた。

「あ痛たたっ!」

 船乗りなのか、よく陽に焼けた浅黒くガッチリした体格の男が、細身のサキに掴まれて動けない。

「子供にわざとぶち当たるったぁ、どういうことよ?」

 人込みの多い雑踏で、わざと通行人に当たって怪我させたりする手合いだ。あわよくば、逆に金品を強請ったりする。

 神殿につながる広場の雑踏の中で、小さな子供を足蹴にする奴をサキは見逃さなかった。

 世の中が荒んでくると、荒んだ歪みが弱者にぶつけられる。

「頭を冷やしといで!」

 サキは、その場でくるりときびすを返した。

 利手を逆手にねじられ、そっくり返った男の軸足を払う形になった。

「ぎゃぁ!」

 運河の岸辺だ。

 サキが、掴んだ手を放すと、もんどり打った男が宙を舞い、水面に叩き付けられる。派手な水しぶきが上がった。

「ばーか! 神殿の近辺で、悪さなんか二度とするんじゃないよ!」

 サキは、泳いで向こう岸に逃げる男の背中に罵声を浴びせると、足を返した。

 神殿の参道で、男の子と女の子が震えていた。

 女の子をかばうように立った十歳くらいの赤毛の男の子は、口を切ったのか微かに血が出ている。

 二人の顔に見覚えがあった。確か、近くの下町で大工を営むレオのところのスタンとハトルの兄妹だった。

「さっ、もう大丈夫」

 膝を落としたサキは、二人を抱きかかえるようにして微笑んだ。

「悪いおじさんは追い払ったからね、早くおうちにお帰り」

「ありがとう、サキねーちゃん!」

 子供達が下町の方向に去るのを見届け、サキがきびすを返す。

 神殿の参道の雑踏を歩くサキは、猫のようなしなやかな身のこなしだった。足取りは軽く、軽快に歩む姿も猫のように見える。

 瞳の大きな顔も猫に少し似ている。サキの青い瞳は海の緑が混ざったような不思議な青色だった。

 化粧をして、それなりに着飾れば相当な美人なのだろうが、男勝りのサキは、乱雑に金髪を頭の後ろあたりで紐で束ねただけで、ろくに化粧気もない。

 唯一の女性らしさといえば、腰に巻いた緋色のサッシュだけ。これとて、神殿警護官を示す色のものだから仕方なく身に付けている。

 サキの左腰には、小柄なサキの身体にはふさわしくない大刀が吊されている。刃渡り三尺、柄の長さを加えれば四尺になろうかという大刀だった。

 大刀を腰にすえ颯爽と歩くサキは、ある意味有名だった。

『シェフィールド家の邪々馬姫』

 サキは、周囲にこう呼ばれているのを知っていた。

 代々神官を継ぐシェフィールド家の三姉妹の真ん中だが、いわくがあって神殿警護の仕事をしている。

 ゆったりとした褐色のズボンとサンダル、白い麻のシャツの上から黒い革の袖なし短衣を羽織った姿は、十七の少女のものではない。

 隊商の護衛をする鏢師と大差のない姿で、王都を闊歩している。


       ◆


 シドニア大陸の最西端に位置するヴァンダール王国の王都レグノリアの街は十万人規模の都市だった。

 太古、この大陸には高度な文明があったという伝承が大陸各地にある。人が神の域に迫ろうかという時、神の怒りに触れたのか、人の浅知恵が文明の制御に失敗したのか、大異変が起きた。炎の嵐が七日七晩吹き荒れ、人々は文明の全てを失った。

 だが、生き残ったわずかばかりの人々は屈しなかった。

 数千年を経て、再び文明を築き直している。今は、そんな時代だった。

 サキは、この王都レグノリアで生まれ育った。

 王家の血筋を引く神官の家柄に生まれたのに、サキだけは何故か霊力がなかった。

 姉妹には精霊を見たり、神託を受けたりする能力があるのに、サキだけはそういう能力が皆無だった。

 必然的に、神官になる道は閉ざされていた。代わりに、サキは神域を守護する神殿警護官の道を選んだ。

「サキ! ちょっとこっちに来なさい!」

 神殿の裏手にある詰め所に足を踏み入れるなり、叔父のカロンの怒り声に出迎えられた。

 カロンの顔を見なくてもわかる。

 この声の調子だと、かなりの叱責が待っている。

「おまえ、また暴れたんだって?」

 机の向こうに、カロンの大きな姿があった。

 普段はおおらかで優しい叔父だが、職務になると極めて怖い上司だった。

 カロンは、神殿やその領域の治安を維持するサキ達神殿警護官の頂点に位置する。

 今日のカロンの顔は、優しい叔父の表情でなく、上司の顔だった。明るい金髪と海の緑を思わせる碧眼は、サキと同じ一族のものだった。

「えっ? さっきの、もうバレたの?」

「さっきの? またやったのか!」

 サキは、心の中で舌打ちをした。

 また、墓穴を掘った。

「おととい、下町で暴れた件だ」

 一瞬、サキは記憶をたどった。暴れた覚えがない。

 一呼吸ほど考えて、やっと指摘された件の内容を思い出した。

「えっ? ああ、喧嘩を止めたやつね」

「喧嘩を止めた? さらに騒ぎを大きくして三人怪我させたって、街の護民官のデュラン候から、実に懇切丁寧な嫌味を頂戴した」

 カロンが渋い声を出した。

「街の護民官が来ないから、代わりに手を出したのよ!

 感謝されることはあっても、文句言われる筋合いはないわ!」

 神域を担当とする神殿警護官と王都の下町界隈を担当する護民官は、昔から仲が悪い。

 それぞれの縄張り争いという部分もあり、その中間地帯の線引きが曖昧だった。

 正義感の強いサキは、縄張り外だからと犯罪の見て見ぬ振りが出来ない性格だった。ちょくちょく神殿警護官の縄張りを逸脱し、下町で騒動を起こす。今回のように喧嘩の仲裁に入ったつもりが、逆に喧嘩を買って、さらに騒ぎを大きくすることもしばしばだった。

 カロンの蒼い目が、サキをジロリと見つめていた。サキの弁明を信じた目ではない。

「まぁ、いい。今後、下町での行動は慎むようにな」

 お説教が終わるかとサキが油断したところに、二の矢が待っていた。

 カロンの大きな身体が、机の上に乗り出した。六尺を超える鍛え抜かれた身体は膂力に優れ、精鋭の近衛兵と対等に戦えるという噂がある。

 思わず、反対側に立つサキが気圧されて逃げ腰になる。

「街で喧嘩しているよりも、優先的にやらなきゃならんことがあるだろう!」

 矛先が、もっと面倒な方に向かってきた。

 神殿警護官の職務は、神殿の領域での治安維持だった。

 本来なら、神殿の警護とか暇な仕事が多い。

 だが、神殿が関わりそうな事件に引っ張り出されることはある。

 今回の事件は、まさにそういった類いのモノだった。

 今、サキが携わっている探索は、奇妙な盗賊の探索だった。犯行現場に、挨拶代わりに魔除札を残してゆく。狙われているのは運河沿いの商人達なので、それこそ護民官の仕事だが、神殿の神託に使われる魔除札が現場に残されるとなると、これは神殿警護官も関わらざるを得ない。

「聞き込みはやってるわよ!」

 サキは、頬を膨らませた。

 とにかく商人達は口が重い。

 どの商家に盗賊が狙いたくなる金品があるのかわかれば、次に狙われそうな商人を予測できる。

 また、盗品を売りさばくルートがわかれば、そちらから盗賊の正体を掴むことも出来る。

 だが、運河沿いの商人達が属す交易・両替・仲買など各種の商人ギルドを訪ねても、何のかんのと理由を付けて門前払いだった。神域を守る立場の神殿警護官では、商業地域では何の権威もないことを、サキは思い知らされた。

「ギルドの連中、絶対に何か知っているはずなのに……知らぬ存ぜぬで押し通すつもりなのよ!」

「そりゃ、商売に関わる情報を簡単にもらすものか。商道徳に反するような奴は、逆に信頼できんぞ」

「そんなことは、わかってるわよ! だったら、どうすりゃいいのかがわかんないのさ!」

 サキが口を尖らした。

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