FILE00:プロローグ
小説家になろうに掲載させていただくのはかなり久しぶりです。この小説は一年ほど前に書き上げたものを加筆修正してます。至らない部分もあると思いますがよろしくお願いします。
扉をノックするとすぐに返事があった。
「入れ」
ノックした少女はそれに従い、ノブを捻って中に入る。
室内には応接用のソファとテーブルが一組。それと、本がびっしりと詰まったいくつもの本棚。部屋の奥に設置された、大きな執務机では白人男性が、書類に目を通していた。
部屋の中は清掃が行き届いていて綺麗だが、執務机の上だけは書類が散乱している。
その執務机のすぐ前まで少女は歩いていき、
「大佐殿、参りました」
彼女は直立不動で言った。
「早速だが、少尉。任務だ」
大佐は何の前置きもせず、そう切り出した。
「はっ」
少尉と呼ばれた少女の顔が、自然と強張った。
任務内容は本来なら作戦指揮官が伝えるのだが、それをわざわざ大佐自らが説明しているのだ。それから考えて、任務の内容が単純ではないことは、少女には容易に想像出来た。
大佐はファイルケースから一枚の書類を取り出し、それを少女の前に置いた。
「まずは、これに目を通してくれ」
「はっ」
彼女は机に置かれた書類を手に取り、上から下へと目を走らせる。
その書類には少女と同じく、まだ少し幼さを残した東洋人の少年の顔写真が貼ってあった。
その書類には他に、少年の名前や住所、血液型、生年月日、身長、病歴などのさまざまな個人情報が記載されている。つまるところ、この書類は経歴書だった。
外見や経歴からして、特に不審な点はない。ただ唯一、両親を亡くし、その後の面倒を見てくれた祖父も亡くなり、今は親戚の叔母が保護者代理という点が、特異と言えば特異だった。
それでも一見して普通の少年が、任務とどう関係あるのか、少女には理解出来なかった。
「この少年がどうかしたのでありますか?」
一通り書類の内容を確認してから、少女は大佐に尋ねた。
大佐の顔つきが険しくなる。
「これより先の話は、一部、AAA級事項――最重要事項に該当する。任務内容についてはもちろん、今日この時間に私と面会していたことについても、一切の口外を禁ずる。いいな?」
少女のような、一介の尉官でしかない兵士に、AAA級の情報が公開されるというのは異例のことだった。
そして、作戦指揮官ではなく、大佐がじきじきに任務について説明する理由は、AAA級機密事項にあったのだ。
AAA級機密事項は下士官はおろか尉官や、佐官ですら知らされないこともある。AAA級機密事項の取り扱いは厳しく、書類でのやりとりは禁止され、データも何重にもプロテクトがかけられる。さらには情報を持った者同士の面会についても、記録は破棄され、その時刻にその場所には存在していなかったことになる。これは、誰が情報を持っているかというのを隠蔽するための処置だった。ここまでする理由は、AAA級機密事項というのは漏洩すれば、彼の組織の存亡を揺るがすような、事態になる可能性すら秘めているからだった。
少女はそのことを知っているため、これまでにないくらい顔を引き締め、
「はっ」
機敏な敬礼を見せた。
「任務について話す前に、一つ確認がある。少尉は確か日本語を使えたな?」
「? 両親が世界魔法機構日本支部に配属されていたので、その間、日本に住んでいました。日常会話くらいなら問題ありません」
彼女は少数ながらも、軍に所属している日本人の友人と会話をする時は、積極的に日本語を使うようにしていたし、日本に配属されることになった友人に日本語をレクチャしたこともあった。だから、彼女は日本を離れて一〇年ほどになるが、日本語が錆付くことはなかった。むしろ、上達しているほどだ。
「ならば問題ない。今回の任務は簡単に言えば護衛任務だ。だが、事はそう簡単ではない。賢者の欠片というのを知っているかね?」
「詳しいことは解りませんが、確か、伝説級の魔力増幅具だというのは聞いたことがあります」
「その通りだ。賢者の欠片は伝説級の魔力増幅具の一つで、魔力を数倍にまで増加させ、魔法の威力も格段に高めることが出来ると言われている。……では、ここからが本題だ。これは公にはされていないことだが、今から一〇年前、賢者の欠片を守っていた一族が何者かに襲撃を受けた。そして、それ以降、賢者の欠片の所在が解らなくなってしまったのだ。強奪されたのか、賢者の欠片を守っていた一族がどこかに隠したのか、どさくさに紛れて行方不明になったのか……。それはここ一〇年間、誰にも解らなかった。賢者の欠片を守っていた一族の生き残りというのは、もうこの世に一人しかいないからな。しかも、当時は幼かったため、襲撃にあった時のことを覚えていない。だから、誰もが賢者の欠片の行方は永遠に解ることはないだろうと思った。しかし、つい先日、賢者の欠片があるかもしれない場所が解ったのだ」
「それは、確定情報ではないのですか?」
大佐は言った。
「確定情報ではない」
あるかもしれないだけ。本当にあるのかもしれないが、ないのかもしれないのだ。こういうあやふやで、先の見えない任務ほど、兵士にとって過酷なものはない。
「場所が場所だけに、あるかどうかの完全な断定は困難なのだ。しかしながら、我々としては、この件を見逃すわけにもいかない。もし、万が一、敵がその情報を掴み、賢者の欠片が悪の手に渡るようなことになれば、大変な事態になるだろう。特に、アブソルのような超過激派の手に渡れば、テロ行為などに使用されることは必至だ。そうなった場合、アブソルとの全面戦争が勃発するのではないかとすら、最高評議会の議員らは危惧している」
全面戦争という言葉に、彼女の顔に緊張が走った。現在のところ、活動が活発化してきているとはいえ、アブソルとは小規模な武力衝突しか起きていなかった。それでも互いに死者を出している。もしも戦争ということになれば、この何倍もの血が流れ、何人もの死者を生むのだ。しかも、それは自分の任務の成否に直結するかもしれないとなれば、否が応にも、少女は責任を感じた。
「事の重大さはよく解りましたが、賢者の欠片の在り処と、この少年にどういう関係があるのですか?」
「私としても、信じ難い話ではあるのだが、その写真の少年の中に賢者の欠片が埋め込まれているらしいのだ」
「体内に埋め込まれているって……そんな、自殺行為じゃないですか。世界魔法機構できちんと調査はしたのですか?」
賢者の欠片を体内に取り込むというのは、自殺にも等しいことだった。血液でも、違う血液型の血を輸血すると拒絶反応が起こるように(O型など特別なものもあるが)、魔力においても性質の違う魔力が体内に入り込むと、拒絶反応を起こすのだ。特に賢者の欠片のような、人の魔力とは性質がまったく異なる魔力の場合、その拒絶反応の症状というのは重くなる。普通なら死に至ってもおかしくはないのだ。
「そもそも、その情報源というのは信頼の出来るのですか?」
「君のその質問はAAA級機密事項であり、このことについて君には知る権限がない。それに、私にも知る権限がないのだ。情報源についても、調査内容についても一切知らされていない。だが、調査の結果、評議会はこの情報に信憑性があると、決定付けたのだ。そうなれば、我々はその決定に従うしかない。君としても、情報が教えられないのは不本意ではあるかもしれないが、それが組織というものなのだ」
「申し訳ありませんでした」
「確かに賢者の欠片を体内に取り込むということは、自殺にも等しいことだ。だが、彼は代々賢者の欠片を守り抜いてきた家の末裔でもある。何らかの事情により、拒絶反応が起きないのかもしれん。彼の魔力が賢者の欠片の魔力と相性が良いのか、それとも性質が似ているのか、はたまた別の理由があるのかは解らないがな。もしかしたら、その少年は特別な存在なのかもしれん」
「は、はあ」
少女は納得のいったような、いかないような声で答えた。
「それでは、君に正式に辞令を通達する。心して聞け」
「はっ!」
「ウィンリィ・フォン・シュバイツァー少尉。君は明後日の八月二0日にイギリスを発ち、日本へ向かえ。日本に入国後は、速やかに目標の護衛にあたれ。もしも敵勢力と遭遇した場合には、交戦を許可する。迅速に敵勢力を排除し、目標に被害が出るような事態だけは避けろ。それから、すぐには君の住居を用意することが出来ない。それまでは、目標の自宅近くにある旅館を使うように。それと、作戦行動中の君のコードネームは、フラグメント1となる。……説明は以上だ。護衛するにあたり、何か質問はあるか?」
「目標に我々のことや、任務の内容は知らせるのですか?」
「それは君に一任する。君が護衛するにあたり、効率がよくなると判断したら説明しろ。ただし、不信感を抱かせるようなことだけは避けるように。不信感を抱かせてしまえば、護衛任務はより困難なものになるだろう」
大佐の言う通りだった。不信感を抱かせてしまえば、護衛任務は難しくなるだけだった。相手が女性で、護衛する人間が男だった場合、ストーカーとして警察に突き出されかねない。だったら、目標には護衛のことを打ち明けないほうがいいだろう。
「他に質問は?」
「もう一つあります。護衛任務は私一人で行うのですか?」
「出来るだけ早く人員を補填するつもりだが、当面は君一人でやってもらうことになる。君も当然知っていることと思うが、最近になってアブソルの活動が活発化してきているのだ。世界魔法機構をあげて彼らの対応にあたらなくてはならない。そのため、今すぐに人員を割くことが出来ないのだ。とはいえ、彼の中に賢者の欠片があるという情報は、AAA級機密情報だ。つまり、敵がこの情報を手に入れるのは非常に困難なわけだ。だから、そうそう敵との戦闘になることもないだろうし、そうならないことを願っている。目標はあと二週間ほどで夏休みを終える。そうすれば学校が始まるため、護衛は比較的楽になるだろう。いろいろと大変だと思うが、少しの間、一人で頑張ってくれ。すまないな」
大佐は頭を下げた。
「いえ。とんでもありません」
「他に質問はあるかね?」
「特にありません」
「そうか。では、以上だ。下がっていいぞ」
「失礼します」
閲覧ありがとうございました。感想などありましたらおねがいします。