一方その頃…(北方国境沿い)
ヒュドラ連邦北方方面軍第一軍先鋒隊隊長シードスは、ほくそ笑んだ。
なんと楽な任務か、と。
ルゥルゥ国遠征
それを耳にしたとき、文字通り飛び上がるほど嬉しかった。
その夜、第一軍の他の隊長達と共に祝杯をあげたほどだ。
正直、西方を攻めると聞いたときは落胆した。
北方方面軍には声がかからなかったからだ。
西方方面軍と中央軍だけで片がつくのだろう。
このまま我々はこの北の果てで何の手柄も建てられずに朽ちていくのだとやけ酒を飲み交わした。
”聖王国が撃ち漏らした魔物から連邦を守る”
”連邦の民の安寧は我らにかかっている”
などと上層部は言ってるが、所詮は獣退治。
中央では誰も評価などしてくれない。
だが、戦争は違う!
血湧き肉躍る戦争!
戦場を知らぬルゥルゥ国の弱卒どもを血祭りにあげ、文化の極みなどと驕った当方の街々から散々分捕ってやろうではないか。
一部の兵士たちはリク・ルゥルゥに敵うわけがないと囁いているらしいが、学のない者たちはこれだからいかん。
巷では英雄王なとと騒がれているが、所詮は成り上がり者。
この前突然頭に響いてきた声だって、どうせペテンだ。
常識的に考えて、ありえない。
あの最強の魔王、ワーズワースが戦わずして膝を屈した?
あの生ける伝説、魔法王が自ら臣従した?
大地を引き裂く、史上最強の魔法使い?
バカバカしいにもほどがある!
そんなこと、あるはずがないではないか!!
こんな明らかに嘘とわかるホラ話を吹聴するなど、リク・ルゥルゥとやらもずいぶんと底が浅い。
もはや夢物語。
子供だましにも程がある。
やつらに現実というものを教えてやろう。
そしてイヅルの栄光にすがって平和を享受してきた東方に戦争というものを教えてやろう。
全世界に、我ら連邦の偉大さを知らしめてやろう。
「隊長、到着しました」
部下から声がかかって現実に戻った。
眼の前には片側が崖、もう片側は切り立った岩山という細道がある。
すでに東方との国境は侵犯しているが、まだ戦闘は始まっていない。
ルゥルゥ国の雑魚どもは我ら連邦の旗を見ただけで虫のように逃げていった。
だがこの細道の先にはルゥルゥ国の砦がある。
そして砦の先にはルゥルゥ国本土があり、もはや我らを邪魔するものは何もない。
きっと必死で防衛してくるだろう。
だが、守備兵の数は雀の涙。
対する我が軍はその十倍以上。
もはや結果はわかりきっている。
これから起きるのは戦争ではない。
虐殺だ。
思わず笑みが溢れる。
この面白みも何もない北の地で我慢してきたかいがあったというものだ。
この細道を渡りきったとき、この俺の新たな人生が始まるのだ。
「総員、我に続け!!」
細道へと足を踏み入れる。
横に並ぶと4、5名でいっぱいになってしまうので、あまり広がらずに慎重に。
少し進むと、ちょうど道の中間あたりに一人の男が立っていた。
細道は湾曲しており、片側が岩山なので今まで気づいていなかった。
だが、一人でいったい何ができるのか。
一秒でもいいから時間稼ぎをしようとでもいうのか?
自己犠牲の精神は素晴らしいが、この大軍を前にしては文字通り虫けらのように踏み潰されるしかない。
やはり東方は馬鹿ばかりだ。
リク・ルゥルゥというバカの親玉もさっさと片付けよう。
大王陛下がお喜びになればよいのだが…。
「ようやく、お出ましか」
男は笑っている。
この状況で笑えるとは、その度胸だけは褒めてやろうじゃないか。
来世では、もう少し賢く生きることをおすすめしよう。
「死ね」
それが、シードスの最期の言葉だった。
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ヒュドラ連邦北方方面軍第三軍抜刀隊隊長サオールは、訳がわからなかった。
楽な任務ではなかったのか、と。
防備の薄い北方からルゥルゥ国を侵犯して国内をかき乱す。
それによって連邦軍本軍と東方連合軍の決戦の勝敗を盤石なものにする。
ただそれだけの任務だったはずだ。
ルゥルゥ国が北方にもつ拠点は古びた砦が一箇所。
兵力はわずかに500。
我が北方方面軍一万の前ではもはや戦争にもならないだろう。
砦を無視していこうという話すらあったほどだ。
第一軍先鋒隊隊長シードスのあれほどまでに強烈な志願がなければ、実際捨て置くことになっていただろう。
だが、実際はどうだ。
すでにシードス達は砦を攻略していてもおかしくない時間帯なのに、いまだ砦に到着したという連絡すら来ない。
むしろ第一軍と第二軍は大混乱に陥っているらしい。
”死神がいる”と。
北方方面軍で最も剣に秀でた我ら第三軍抜刀隊に声がかかるほどの事態。
訳がわからないが、命令ならばと部下を率いて前線へと向かう。
先程まで遠くから響いてきた「突撃ー!」という声ももう聞こえてこない。
「先程、第一軍の将軍も死神の手にかかったそうです」
なるほど。
突撃と叫んでいた本人がいなくなったわけか。
細道へと到着した。
この、すぐ眼の前にある曲がり道。
そこを曲がった先へたどり着いた者で、命ある者はいないという。
バカバカしいと笑うのは簡単だ。
だが、実際に一軍が壊滅している。
恐ろしいまでの、現実だ。
部下数名が先頭に立ち、一団となって前へ進む。
曲がり角を超えた先に、一人の男が見えた。
それは、絶望だった。
「キィエエエエエエエエ!!!」
先手必勝と、部下達が一気に襲い掛かる。
さすが俺の鍛え上げた愛弟子達。
お前たちの判断は完璧だ。
相手がその男でなければ。
「今の奴ら、なかなかの腕前じゃん」
まるで稽古でもつけたかのような声。
部下たちはすでに事切れている。
だが男は息切れ一つしていない。
そしてその剣からは、まるで水のごとく血が流れ落ちていっていた。
通常、数人切れば剣はダメになる。
人の血糊や脂で、どんな名刀だろうと駄剣に成り下がる。
だが、その男が持つ剣は違った。
今までどれだけ多くの血を吸ったかもはや数える気もおきないが、何の影響も受けていない。
それほどの名刀、いや魔剣。
そんなものは、この世でただ一振り。
「ふざけるな…」
いったいどうしてこんな馬鹿なことが起きたのだ。
「なぜお前がここにいる…!」
この男にだけは、それをもたせてはいけない。
数年前、聖王国に行ったときにたまたま目にした試合。
聖王国最強たる聖王と、野良犬のような剣士の戦い。
一方的な戦いになるかと思って見始めたそれは、一進一退の手に汗握るものだった。
聖宝具を全身に身にまとった聖王にボロボロの刀一本で立ち向かう男。
最後は刀が折れ男は敗北したが、もし装備が同等だったら…と想像せざるを得ない。
その後、風のうわさで男の名を聞いた。
男の名は、ジェンガ・ジェンガ。
伝説に聞く斬れぬものなき最強の魔剣・斬鉄剣
この男がそれを手にしたならば…
「聖王すら、敵ではない…!」
サオールが自身でそれを確かめることは、彼の今生では叶わなかった。
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ヒュドラ連邦北方方面軍総司令ポーロスは、眼の前が真っ暗になってブツブツ呟いていた。
楽な任務と言っていたのは誰だ、と。
実際、楽な任務だったのだ。
二十倍の兵力でもって砦を一つ制圧し、その勝利の勢いをかって東方連合軍を後ろから脅かす。
決して勝利する必要はなく、東方がそれなりの兵力を準備したのならさっさと逃げ出せばいいという遊撃隊。
逃げ回って東方の国土を荒らしてればいい。
それだけで手柄になる。
なんと楽なことか。
そう、思っていた。
だが、現実は違った。
すでに先頭の部隊は砦を制圧し村々を焼き払っていてもおかしくない時間帯。
にもかかわらず手元に来る報告はそんな内容は一切ない。
「第一軍将軍閣下、戦死されたとのことです!」
「第二軍、壊滅したとの報が!」
「第三軍、将兵の損耗率が過半数を超えており組織を維持できません!」
「第四軍第五軍、脱走兵が後を絶ちません!憲兵隊すら脱走する有様です!!」
すでに軍が軍の形態を維持できていなかった。
この場の参謀ですら、すでに半数以下となっている。
残りの半数はどうなったか?
聞くまでもない。
賢いやつは逃げ、馬鹿なやつは死んだのだ。
残っているのは中途半端なやつらだけ。
そしてそれは自分も同じこと。
「お前が、この軍の総司令か?」
気づけば司令部で生きているのは自分と眼の前の男だけになっていた。
逃げ遅れた馬鹿も全員死んだ。
ようやく最後の馬鹿の順番か。
「その通りだ」
ポーロスの死を以て、連邦北方方面軍は完全に崩壊した。
行軍中のがけ崩れによって起きた災厄とされ、大将軍エキドナ・カーンによって事実はもみ消された。
だがその彼女ですら真の事実は知らない。
これが、たった一人の男の手によることを。
というわけでジェンガのお話でした。
次回から本編に戻ります。
今週の土日は更新が難しそうだったので本日の更新となりました。
次回は来週末を予定しております。間があいてしまい、申し訳ありません。




