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幕間 大戦士視点(68~71話)

 目の前にいるのは外見通りの平凡な男ではない。

 稀代の英傑、リク・ルゥルゥ。


 見た目に惑わされてなるものか。

 無礼を承知で瞼を閉じる。

 だがその小さな抵抗すら、その偉大さの前では無意味だった。


「今後は”蛮人”という呼称を禁じ、奴隷となっている南方の民も全て解放しよう」


 思わず目を見開く。

 今この瞬間、我らの同胞たちは解放された。

 一人の男の、ただの一言で。


 喜びか驚愕か。

 震え上がる全身を必死で抑える。


 開いた眼に映るは、東西の指導者達。

 金髪と銀髪の女神の如き美貌をもつ姉妹。これが噂の王妹、アルカ・ルゥルゥとカルサ・ルゥルゥか。

 影のように佇み主を支える男、ルゥルゥ国宰相ボード卿。そのにじみ出る知性は隠しようもない。

 イヅルの末裔、日輪の如きミサゴ・イヅルは今日も健在だ。

 恥辱の日の西方連合総大将、ハトゥッシャ・ハッティもいる。山のような戦士たちを屍を引き換えにしても近づくことすらできなかった、憎しみという言葉すら生ぬるいこの男すら、視界の隅の脇役にすぎない。


「黙りなさい」


 威厳に満ちたその声の主は、巨大な杖を手にする黒髪黒目の十代半ばの少女。

 伝説と寸分変わらぬその姿は間違いない。

 彼女こそ魔法王、ランシェル・マジク。

 

「リク王陛下の御意志は私の意思。不満がある者は私に言いなさい」


 この生ける伝説すら臣従させる男。

 それが、英雄王。


 南方が連邦に結ばされた同盟という名の隷属。

 それを白日の下にさらけ出し、さらには救いの手を差し伸べようという。

 愛でもって人を裁く”慈愛の裁定者”。

 噂話には聞いていたが、これほどとは…。


「大首長アスパシア・ペリクレスの名のもとに、謹んでお受けいたします」


 当然、アスパシアは誘いを受ける。

 合理的に考え、断る理由がない。


 だが、世の中は合理非合理だけで動くものではない。


「大首長!?」

「まさか、同盟を受けるおつもりで!?」

「我らに西方を許せとおっしゃるのですか!」

「だから私はこのような小娘が大首長となることに反対したのだ!!」

「黙りなさい」


 アスパシアの一言でこの場はおさまった。

 だが、納得などできはすまい。

 西方との同盟などと知れ渡れば、南方全土が火山のごとく荒れ狂うだろう。


 だから大戦士がいる。


 南方の民から尊敬を集める戦士たち

 その戦士の中の戦士たる者こそ、大戦士


 その意は、全ての戦士の総意となる。


「我らを納得させてみよ。さすれば貴様の望みは叶う」


 はじめまして、英雄王。

 ずっと貴方に会いたかった。


 ---


 英雄王との話し合いが始まる。

 だが実際はただ南方の感情を押し付けるだけの一方的な口撃。

 少し興奮して机を壊してしまったが、その程度で英雄王は動じない。

 むしろそれがきっかけだったのだろうか。


「では、そろそろ表へ出ようか」


 話し合いの終了宣言。

 そのこの世に並ぶものなき強大な魔力で決着をつける気か。


 敵うはずがない。

 戦えば皆殺しだ。


 圧倒的なまでの戦力差に今度こそ全身が震え上がった。

 そんな我が身を一顧だにしない英雄王。

 外套を羽織り、さらに強まる王者の風格。


 震える声で問いただす。


「話し合いをやめるということは、戦うということか?」

「そうだ」


 絶望。

 だが、続く回答が氷水のように頭を冷やしてくれた。


「俺とお前の、一騎打ちだ」


 そんなものに何の意味があるのか?

 勝敗などわかりきっている。

 英雄王の圧勝だ。


「武器は?」

「使わない。己の肉体だけでの勝負だ。当然魔法も使用禁止だ」

「…意味がわからない。英雄王、あなたがそんなことを提案する理由がない」


 背格好を見れば一目瞭然。

 英雄王の肉体は戦士として鍛え上げられていない。

 むしろ敗北することを望むような提案だ。

 しかも話し合いは話し合いで継続したいという。

 意味がわからない。


 混乱する視界の中心に拳が突き出された。


「お前とは、この拳で語り合う

 男同士、これが一番わかりやすいだろう?」


 それはきれいな拳だった。

 まるで一度も人を殴ったことがないような。


 ---


 大勢の戦士たち、そして同じくらいの西方の兵士たちが見守る中、決闘が始まった。


 武器は不可

 魔法も禁止

 使えるのは己の肉体のみ

 勝敗は相手が敗北を認めるか否か

 相手を殺せば自分が敗北する


 圧倒的にこちらが有利だった。

 なにせ相手は世界最強の魔法使い。

 魔法を使えば一瞬でこちらは消し炭だ。

 殺すのがダメでも魔法でいくらでも拷問することだってできるだろう。

 しかし自らそれらを全て封じるとは、いったいいかなる理由か?


 追加の質問をするが、全てこちらの有利さを補強するような内容だった。

 全く意味がわからない。

 全くわからないが、わからないことがわかったのなら十分だ。

 どうせこちらに選択権などない。

 あとは戦いの中で確認しよう。


 戦いの構えをとる。

 乾いた大地に少しだけひび割れが起きた。

 戦士たちが歓声を挙げているが、大地を引き裂く英雄王の前ではむしろ恥ずかしさがこみ上げてくる。


「そろそろ、始めようか」


 その言葉を合図に、一気に間合いを詰める。

 そして、腹に軽く拳を叩きつけた。


 あくまで魔法を禁止したのは会談開始後のこと。

 到着前からすでに肉体強化魔法をかけていれば言い訳などいかようにもできる。

 腹筋が金剛石以上の硬さを誇る可能性を考えた、小手調べだった。


 無論、我が拳ならば金剛石すら打ち砕くことは可能だ。

 そうしなかったのは、もうひとつの可能性も考えていたから。


 それは、見た目通りの肉体だった場合のこと。

 間違っても殺さないように、優しく優しく殴りつける。


 そして、英雄王は吹っ飛んだ。


 拳が受け取ったのは柔らかな肉の感触。

 見た目通り、戦闘とは縁通り優しい体つきだった。


 一瞬驚いたが、一気に別の感情が襲ってくる。

 戦士たちが大歓声を挙げているようだが、もはや耳に入ってこない。


 自分は侮られているのではないか

 戦うに値する存在ではないと言われているのではないか

 怒りで頭がいっぱいになってしまった。


 魔王ワーズワースを屈服させた男が!

 魔法王をも上回る大魔法使いが!!

 いったい何故そのような無様な姿を晒すのか!!!


 こちらの声が聞こえているのかいないのか、ゆっくりと立ち上がる英雄王。


「これは、お前が一方的に俺をボコるための儀式さ」


 ゆっくりと立ち上がるその姿は決して無様などではない。 


「だから、殺すことを禁じた。俺が死んだら、戦争が始まる。もう誰にも止められない。だから、殺すことは許さない」


 砂や埃さらには汚物にまみれても、その姿は気高く美しい。


「我こそは、東西の盟主、リク・ルゥルゥ。東方の栄光も、西方の繁栄も、全て我が手中にあり!」

 

 こちらを射抜くようなその瞳から一切視線をそらせない。


「ゆえに、東西の過去の罪も、全責任は俺がとる!!」


 生まれて初めて目にする存在に、言葉もでない。


「大戦士、ウェルキン・ゲトリクス!!」


 それは、南方に存在しないもの。


「お前たち南方の憎しみも怒りも、全て俺にぶつけてこい!!」


 王者の姿が、そこにはあった。


 ---


 その後も戦いは続いた。

 大戦士の端くれとして、自ら敗北を認めるなど死より忌避すべきこと。

 戦士たちの声援を受け、ただひたすら攻撃を続けた。


 だが何度倒れようと英雄王は立ち上がり

 いつしか戦士たちの声援はなくなった


 自らが提案した治癒魔法も全て拒否し

 全身で無事な箇所がないにも関わらず

 なおその姿は神々しい


 それは、そんな御方をこれ以上傷つけたくないがゆえの言葉だった。


「英雄王。そろそろ、降伏されてはいかがだろうか?」


 拒否されるどころか、笑い飛ばされた。

 しかも、さらに殴れと言う。

 死んでいてもおかしくないその身で、なにゆえそこまでできるのか。


 激高し、感情を叩きつける。


 初めてその名を耳にしたときは、すぐ消えるだろうと考えていた。

 だが、いつしかその名を耳にしない日はなくなっていた。


 実際にその成果をこの目で見に行った。

 噂以上の、想像以上のものがそこにはあった。

 このような街があるのかと驚嘆し、胸が踊った。


 このような街を造り上げた男。

 民から神のように崇められる男。

 自分にはなし得なかった、我が同胞たちの救済を成し遂げた男。


 正直、尊敬した。

 いや、憧憬と言ったほうが正確かもしれない。


 まるでおとぎ話の登場人物に興奮する幼子のように、英雄王のことが気になってしょうがなかったのだ。


 そんな貴方を、なぜ殴らねばならないのか。

 貴方のような御方を、なぜ傷つけねばならぬのか。


 子供のように問いかけ、子供のようにあやされ、だが認められずにさらに駄々をこねる。


 英雄王は、それら全てを優しく受け止めた。


「俺は、それら全てを受け入れる」


 この言葉をここまで体現できる御方が他にいるだろうか?


「今まで俺たちが犯した南方への数多の罪、どうか俺に償わせてくれ」


 体が勝手に跪いていた。

 この御方の偉大さを、すでに体が理解していたのだ。


 南方より王がいなくなって幾百年。

 初めて、大首長と大戦士が頭を垂れた瞬間だった。


 だが、それ以上に歴史的な瞬間。


「今ここに、東西南の同盟が成った!今この瞬間より、全ての地域の民は平等に扱われ、全ての奴隷は解放される!!」


 場は大歓声に包まれた。

 かつてベガスの闘技場で聞いたものを遥か上回る大歓声に。


 ベガスといえば、あの銅像。

 オウランめ、とんでもない嘘をつきおって。

 何が”お会いすれば、わかる”だ。


 やはり、全然似とらんではないか。


「リク・ルゥルゥの名のもとに!!!」


 実物の方が、遥かに立派ではないか。

以上で南方編終了となります。

ご好評いただき、本当にありがとうございました。本話も楽しんでいただけると嬉しいです。


次はちょっとジェンガの話を挟み、本編に戻る予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] オウランにあってからのこのリクを王として認めるまでの流れはなんど読み返してしまう魅力がある
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