幕間 大戦士視点・後
ベガスに君臨する二人の義姉妹
この街の表も裏も支配する共同領主
表に君臨するのはベルサ・ベガス。
血筋をたどれば解放王の側近にまで辿れるという名家の生まれ。
一族で唯一偽王に与しなかった彼女は、家が滅んでもその誇りを守り抜く。
新興の街に名門の格式と権威を与えた若き大貴族。
裏を支配するのはオウラン・ベガス。
名門のご落胤とも奴隷の子とも噂されるが、一切の過去は不明。
だが、彼女にそんなものは必要ない。
その傾国の粋に達した美貌を前にすれば、男も女もひざまずく。
この街に裏社会は存在しない。
彼女こそが裏なのだ。
「ベガスの女王、オウラン・ベガス…」
「あはは!たいそうなあだ名で呼んでくれるじゃないか」
大口を開けて笑っている。
月明かりに照らされるその姿は、まるで絵画のようだ。
「あちきの妹分が旦那のこと話してたよ
”久々にすごい新人が現れた”って
あちきが紹介した男だって自慢してやったときの顔、見せてあげたかったよ」
「ガルガか。彼女にも、世話になった」
「闘士達のために汗をかくのがあの娘の仕事さ
そんな気にするこたーないよ」
「だが、恩は恩だ」
「旦那のそういうとこ、あちき好きだよ」
そう言って笑いかけてくる顔から目をそらせない。
傾国の美女…噂以上だ。
「で、そろそろ本題に入ろうか」
笑顔が一転、獲物を前にした猛禽類のような顔となる。
こちらが、彼女の裏の稼業での姿か。
「南方の大戦士様がこの街にいったい何の用だい?」
「それは…」
「まさか物見遊山なんて言う気じゃないだろうね?」
「いや、それが…」
本当にこの街が何なのかを見に来ただけなのだが、そんなことを口にできる雰囲気ではない。
何と言うべきか…。
「はぁ~~~~~~」
こちらの思考を盛大なため息が遮ってくる。
「本当に、物見遊山で来たってのかい?
大戦士様本人が、わざわざ、こんな遠くまで?」
「う、うむ…」
「いったいぜんたいわけがわかんないよ!
王様のお世話を譲ってまでこっちに来たってのに、こんなオチはひどすぎじゃないかい!?」
「す、すまぬ…」
意味がわからないが、ずいぶんと落ち込んでるようなので申し訳ない。
「いや、旦那は何も悪くないんだけどさあ…
あーもう!こうなったら、旦那がうちに来た理由、どんなくだらないことでも洗いざらい吐いてもらおうじゃないか!!」
「う、うむ」
それから、二人で酒を交わしあった。
特に隠すようなことでもないので、こちらも委細隠さず全てを伝えた。
英雄王の噂話のこと
奴隷となっていた同胞たちが帰ってきたこと
それにこの街が大きく関係したということ
英雄王、そして同胞たちに関わるこの街を直接見に来たくなったこと
「旦那って年食ってるし立場も上なのに、ずいぶんと行動的だねえ」
「怪しい客の部屋に直接押しかける領主に言われたくないが…」
「あはは!そりゃそうだ」
次に、この街で実際に見聞きしたことを話した。
まるで生き物のように成長し続ける都市に圧倒されたこと
そしてその住民がみんな笑顔であること
人々の想いがつまった銅像のこと
闘技場の活気のこと
同胞たちがどのような目にあっていたかの一端を示す、ガルガの実体験のこと
「彼女の母親は、我らが殺したようなものだ
我ら南方の指導層が無知で無能だったから、無謀な戦いをして敗北し、多くの者が誇りを傷つけられ、さらには命まで失ってしまったのだ」
「だから、南方の娘らを全部買ったってのかい?」
「身請けしようとしたら悉く断られてな…
せめてもの罪滅ぼしのつもりだったのだ」
「呆れたよ…
言っとくけどねえ、旦那
この街では嫌々体を売ってる娘なんていないんだよ」
「ど、どういうことだ?」
まさか、好んで体を売っていると?
「まさかって顔してるけど、そのまさかさ
そもそも旦那、おかしいとは思わなかったのかい?」
「な、何にだ?」
「金額だよ
旦那が稼いだ金、ずいぶんな金額だったんだろう?
それをいくら大量とはいえ一晩買っただけで使い切っちまうなんて、他のとこじゃありえないんじゃないかい?」
あれだけの金貨や銀貨があれば、南方ならば遊女たちを街ごと年中貸し切りにできるかもしれない。
「この街で女を抱きたきゃ、それ相応の金を払わなきゃいけないんだ」
「物価の違いと考えていたが…」
「違うね。この街は他の街とは違うのさ
この街では女たちは、たんまり稼ぐことができるんだよ」
「だから、皆自分から…」
「そうゆうこと
一家を養ってる娘だっているし、ここで稼いで商売始めようと思ってる娘だっている
そりゃみんな稼ぐためにと我慢してはいるよ?
でも嫌がってる娘を無理やりなんてことは、ここでは絶対ありえない」
これが、オウラン・ベガス
「あちきが絶対許さない」
あまねくベガスの民を守る、ベガスの女王
「理解したよ
女たちはさぞや混乱したことだろう…
申し訳ないことをした」
「あはは!まあ、過ぎたことはしょうがないさね
それに理由がわかればみんな安心だよ
いい休息日になったと喜んでくれるさ」
「だといいが」
「大丈夫だよ」
さっきの剣呑な空気が嘘のように笑っている。
こちらも色々とすっきりした。
英雄王については謎が解けなかったが、このような街を造り上げてこのような立派な部下を持つ王なのだ。
きっと一廉の人物なのだろう。
これ以上はまた別の機会でいい。
「じゃあ、あちきはそろそろ帰るかね」
「ああ、もういい時間だな」
「夜分に邪魔したね。まだ滞在するのかい?」
「いや、あなたと話せたことで満足したよ
明朝には発とうと考えている」
「そうかい。それならあちきも来たかいがあったってもんさ」
「そうだ。せっかくだしもう一つだけいいか?」
「ん?なんだい?」
「英雄王のことだが、その、あの銅像、全然本人と似ていなくないだろうか?」
そこだけは突っ込ませてもらう。
きっと笑いながら同意してくるだろう。
また朝のように腹を抱えて笑い転げる姿を見せてくれるかもしれない。
だが実際は、違った。
「旦那、王様には直接お会いしたのかい?」
何も知らない子供をあやすかのような口調
「い、いや、遠目で少し見ただけだ」
「そうかい。じゃあ、わからなくてもしょうがないかもしれないね」
「だが、外観が…」
「王様にお会いすれば、わかるよ」
みなまで言わせず断定
「王様がいるから、この国は変わった
王様のおかげで、この街ができた
王様は、全てを救われる御方
全ては、王様なんだよ」
月を背景に告げるその姿は、神話に謳われる女神の如く
「王様に直接お会いしてから、もう一度あの像を見てみな」
「あ、ああ」
「そのとき、また感想を聞かせておくれ」
そして女神は姿を消した。
いや、女神ではなくオウラン・ベガスだ。
そもそも女神を使い走りにするような存在などいるはずがない。
吹き込んできた夜風が身にしみる。
急いで窓を締め、さっさと寝ようと後片付けを始めた。
あれは夢だったのかとも思ったが、二つの酒飲み茶碗が先程まで客人がいたことを無言で語っている。
英雄王
あなたはいったい、何者なのだ?
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南方に帰り、ありのままをアスパシアに伝えた。
「その女性、オウランさんが言った”ずいぶんと行動的だねえ”は”ずいぶんと無謀だねえ”の間違いではないのですか?」
途中チクチク小言を言われつつも、なんとか全てを伝えきる。
「オウランさん、そしてルゥルゥ国の国民にとって、英雄王がいかに大切な人物かということではないでしょうか?」
「だから、彼女たちには英雄王があの銅像のように見えると?」
「おそらく、ですがね
恋愛で惚れた相手の悪いところもなぜか良く見えてしまうのと同じような現象だと思います」
「そんなものか」
「誠に遺憾ながら、恋は盲目なのです…
まあ、この仮定が正しいとすると、国民全員をそのような状態にしてしまう英雄王は正直信じがたいほど偉大な人物ということになりますが」
「あのような街を造り上げた王なのだ
偉大という言葉がいくらあっても足りぬだろう」
「聞いただけでもとんでもない街ですからね
しかも間接的にとは言え、英雄王は我が同胞たちの恩人です」
「うむ。それを理解した今となっても、あの銅像は出来すぎだと思うがな」
「私も見てみたいですね…」
「今度は一緒に行くか?」
「…冗談はよしてください」
そんな軽口も交じえつつ、話は政治へと移っていく。
「連邦が怪しい動きをしているようです」
「…こちらを攻める可能性があると?」
「はい。東方を攻めるかと思っていましたが、イヅル国が滅んでもルゥルゥ国が新たな東方の盟主となっているため諦めたようです」
「だから、我らと」
「その通りです。西方は魔法王が健在な限り、そう易易と落ちることはないでしょう」
「道理だ」
「だからあなたの話を聞いて私も腹を決めました
ルゥルゥ国に使者を送りましょう」
「な!?」
確かにあの国と王は偉大だと思うが、そこまで話を進めるとは。
「早く動かねば、時代の波に取り残される恐れがあります
一刻の猶予もありません」
「…わかった。お前の意思に従おう」
「ありがとうございます
大戦士・大首長の連名でまずはボード卿へと使者を送りましょう」
「頼んだ」
「承知しました
ただ首長達は抑えられますが、その、戦士たちは…」
「…難しいだろうが、何とかしよう
東方ならまだ、受け入れることも可能だ」
南方人のもつ根深い他地域への拒否感。
これが西方だったら議論の余地もなかったろうが、東方ならまだ可能性はある。
土着信仰でヒイラギ・イヅルを崇める人々だっている。
彼らの力も借り、何とか融和できるよう説得していこう。
なにせ時間がないのだ。
急がねばならないと部屋を飛び出す。
だがこのとき我々は気づいていなかった。
もう、遅すぎたということに。
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「私は評価しているのだよ?
戦争を力比べと勘違いしていた戦士たちを、戦闘手段へと作り変えたお前たちをね」
眼の前にいる女の名はエキドナ・カーン。
ヒュドラ連邦大将軍。
人類最強の一角。
単騎でこの場に来たのは、自信の現れだろう。
例え我らが彼女を害そうとしても、問題なく帰還できるという自信の。
「…戦闘改革を進められたのは先代の大戦士だ
我々はそれを継続しているにすぎん」
使者が戻る前に、むしろルゥルゥ国に到着すらしていないような時期に連邦の南方侵攻は開始された。
当初連邦は戦力を小出しにしてきた。
それを各個撃破し、戦勝気分に沸き立つ人々。
だが本気となった連邦の前に、我々はあまりに無力であった。
物見台から見えるのは大地を埋め尽くすかのような大軍。
南方の全戦士の数倍にも至るであろうこの大軍勢すら、連邦にとっては南方方面軍にすぎないという。
圧倒的な力を背景に申し込まれた会談という名の脅迫。
しかも軍の力だけでなく個人としての力量でも上回られるとは…。
相変わらず、己の不甲斐なさを呪いたくなる。
「先代が優秀だからといって当代が優秀は限るまい?
むしろ先代の偉業を台無しにする者の方が多かろう
お前たちは、誇っていいのだよ」
「…何か実体験でも?」
ずいぶんと熱が入っているなと聞いてみたが、悪手であった。
「口を慎め」
思わず、自分の首がまだつながっているかを手で確認する。
まだ、つながっていた。
「貴様らをこの場で皆殺しにし、そのまま南方全土を蹂躙することも私にとっては造作もないことなのだ
男は皆殺し、女子供は全て奴隷
これが嫌なら、余計な口を挟まぬことだ」
「承知した。忠告、痛みいる」
「わかればいいのだ」
雰囲気が元に戻った。
そう、我々に選択権など存在しない。
「連邦への併合、呑んでもらえるのだろうな?」
「南方に、利はあるのでしょうか?」
それでも毅然と問いかけるアスパシア。
それに微笑み返すエキドナ。
「連邦の一部となれば、西方に復讐できる」
それは甘い誘惑。
南方の民ならば誰もが胸に抱く西方への暗い憎悪。
それを叶えてやると、この悪魔は囁くのだ。
「併合は、正式なものなのでしょうか?」
「正式、とは?」
「連邦は加盟国の軍権と徴税権を召し上げる代わりに自治と安全を保証する、と聞いております」
「そのとおりだ」
「それが、我ら南方にも適用されるのでしょうか?」
「そうしたいのは山々だが、そうしてしまうと、西方との戦いのときに困るだろう?」
「困る…?」
「南方の戦士が連邦軍の一部となれば、彼らは連邦全土に散ってしまう。そうすると、来るべき西方との戦いのとき、主力となることができないではないか
連邦は、広いのでね」
詭弁だ。
我らを正式な加盟国とせず、属国扱いするための言い訳にすぎない。
だが、それでも
「…承知しました
その条件で、大首長は承諾いたします」
「大戦士も承諾する
…西方と戦えるならば、戦士たちも納得しよう」
我らに選択権は存在しない。
「話が早くて助かるよ
皆がお前たちのように賢ければ、世界は簡単ですむだろうにね」
そう言ってエキドナは去っていった。
また首がつながっているかを確かめる。
大丈夫のようだ。
だが、
「いつまでつながっていられるか…」
---
「我こそは導く者。人と魔も、全て我についてくるが良い」
頭に響く声
英雄王の声
「まさか、あの魔王ワーズワースが戦わずして膝を折るとは…」
大魔王の親衛隊長
魔王の中の魔王
魔王と言えばワーズワース
ヒイラギ・イヅルとの一昼夜に及んだ決闘は今やおとぎ話になっている。
幼い頃はその話を聞かせてもらうのが楽しみでしょうがなかった。
その魔王ワーズワースをも屈服させた英雄王。
魔法王すら上回る、大地を引き裂く魔力の持ち主。
威厳に満ちた声色が、今も耳に残っている。
「…遠からず、連邦から号令がかかるでしょう」
「ああ。こうまで大胆に宣戦布告したのだ
連邦も動かざるを得まい」
連邦の本軍が東方を攻める間、我らを西方の壁とするのだろう。
西方との復讐戦という甘美な響き。
だが、西方との全面対決となれば真の相手は魔法王。
あの魔力の前では、我らなど一瞬で消し炭だ。
だからといって戦いを拒否すれば、南方全土に進駐している連邦軍によってこの地は火の海となるだろう。
戦っても戦わなくても滅ぶなら
「行きましょうか」
「ああ」
前に進み、活路を開くのみ
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そして、運命の日が訪れる。
ボード卿との間につながれた細い糸のような縁が、この状況で生きていた。
開戦前夜にも関わらず戦争を避けるためのギリギリの折衝。
それでも西方への復讐に目を血走らせた戦士たちを止めることはできなかった。
だが、一人の使者が流れを変える。
「妾はミサゴ・イヅルである
東西の盟主、リク・ルゥルゥ王の名代として参った」
イヅル家の当代当主
解放王の直系
世が世なら全人類の上に君臨していた女
日輪のごときその姿を見て、戦士たちもずいぶん頭が冷めたようだ。
「で、停戦の条件は?」
「それを語るのは妾の役目ではない」
「あなたは、使者ではないのか?」
「無論、使者である
そなたたちとリクを会わせるための使者である」
「我らと、英雄王を…?」
「いかにも」
「そのために、わざわざ?」
「妾でなければ話は進まなかったであろう
ゆえに、来た。それだけだ」
直接会談
その為だけにこれほどの人物を使者として送ってくるとは…。
どうやら英雄王は、本気らしい。
「大戦士、承諾した」
「大首長も承諾いたします」
「結構。場所と時間はいかがする?」
「明日、正午
場所は両軍の中間地点ではどうだろうか?」
「よかろう。では明日正午、また会おう」
来たときと同じように颯爽と去っていく。
まるでここが己が陣地であるかのように堂々と。
血筋だけの女ではない。
あれほどの大人物に使者の役目を受け入れさせるような男。
それが英雄王、リク・ルゥルゥ。
近年、ずっと彼のことが頭を占めていた。
世界最古の国を滅ぼした男
この世界に現れた最も新しい王
人々の尊敬を集め、希望をもたらす英雄
数多の弱者に手を差し伸べ救い出した導き手
大地を引き裂き魔王をも凌駕する世界最強の魔法使い
いったい、どれが本物の彼なのか
もしや、全てが本物なのだろうか
ずっと、確かめたいと思っていた
ついにそれが叶うときがきた。
ようやく、会えるのだ。
---
正午前、会談場所に西から馬車の一群が見えてきた。
「ようやくお出ましか」
「さすが東方。時間通りですね」
最も立派な馬車から一人の男が降りてきた。
かつて見た姿と変わらない、その男。
銅像とは似ても似つかない、英雄王。
迎え入れようとアスパシアと二人で前に進み出る。
「我こそはルゥルゥ国国王、リク・ルゥルゥ!」
よく通る声。
かつて聞いたのと同じ、自信と威厳に満ちた声。
「この戦争を、終わらせる者である!!」
彼は、我らも救おうというのか。
今回の幕間も好評いただけてるようで、ありがとうございます。
なんとかそれにお答えしたいと、更新することができました。
デイリー245位、本当に嬉しいです。
次回、ようやく大戦士視点でのリクとの対決となります。
土曜更新になってしまうかな、と…。




