幕間 大戦士視点・中
「ここが、ベガス…」
ひと目見て圧倒された。
規模が問題なのではない。
規模だけならこの街を上回る都市など大陸にいくつもあるだろう。
だがこの街は今なお発展途上。
これより更に大きくなっていくだろう。
それは数倍か、数十倍か
街の中央から放射線状に伸びる大通りは、地平線の彼方までつながっている。
そして訪れる人の数。
その大通りを使って大勢の人々が集まってきている。
まだ早朝にもかかわらず、まるで昼の市場のようだ。
世界中から集まってきたのであろう、様々な装束や顔つきの人々がいる。
南方人も珍しくなく、この街で一旗揚げようと誰もが希望に満ち満ちている。
そう、希望だ。
この街は希望で溢れているようだ。
我々を迎え入れてくれる街の人々、乗り合い馬車の御者達、この街を訪れる人々、そしてこの街をさる人々、皆笑顔だ。
賭博場もあると聞くし、金を失った者たちだっているのだろう。
なのにこの街にはどうしてこんなに希望で満ちているのか、人々は笑っていられるのか。
”あの街では、実現できない夢なんてありません!!”
リクスの言葉が思い出される。
この街にいったい何があるのか。
いったいこの街で何が起きているのか。
確かめるために、ここまで来たのだ。
---
街の広場、その中心には一つの銅像があった。
見上げるような巨大さ。
神が顕現したかのような外観。
これが英雄王、リク・ルゥルゥ
いかなる匠の手によって作られたのか、今にも動き出しそうだ。
呆気にとられていると、突然後から声がかけられた。
「どうだい、立派なモンだろう?」
振り向くと、そこには一人の美女が立っていた。
全身から発せられる蠱惑的な雰囲気
匂い立つような色香
聞くだけで心が休まるような声の持ち主
只者ではない。
「立派だ。このような銅像、恥ずかしながら生まれて初めて目にする」
理性を総動員させ、努めて冷静に回答する。
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。この銅像は、この街一番の自慢なんだよ」
嬉しそうに話すその姿を見るだけで胸が高鳴った。
その音が聞こえてしまってないか、心配になる。
「これが英雄王、リク・ルゥルゥ?」
「もちろんさ。こんな立派な御方、この世に一人しかいらっしゃらないよ」
「だが、このような銅像を作るには金も人手もかなり必要だったろう
いくら何でも自分の銅像のためにそこまでするのは…」
自分の作った街に自分の銅像を建てるなど自己顕示欲が強すぎではないか。
そんな素直な疑問を口にする。
すると…
「あははははははははははははははは!」
大笑いされてしまった。
いったい何が面白かったのか、美女は腹を抱えて笑い転げている。
そんな姿さえ魅力的とは、本当に恐ろしい女だ。
「あー笑った笑った
そうだねえ、そう思っちまうんだねえ
王様のことを知らなかったら、しょうがないのかもしれないねえ」
「ならば、違うと?」
「ああ、大違いさ」
女が言うには、この銅像は街の人々が自主的に作ったものらしい。
そして職人たちも国中の手練達が喜び勇んで集まってきたという。
銅像のための銅も資金も全て寄付。
職人たちは手弁当。
だが街の住民達がこぞって職人たちを歓待したため、帰るときには皆一回り大きくなっていたと笑っている。
「みんなで勝手にやったことさ」と笑う顔は、まるであどけない少女のようだった。
「ところで旦那、観光客にしては立派な体してるじゃないかい
女遊びが目的って風じゃないし…
目的は、闘技場かい?」
「ご明察だ」
「用事までまだちょっと時間があるし、まあいいか…
案内してやるよ。一緒に付いて来な」
あれほど大きな建物だ。
闘技場の場所など間違えようもないと思ったが、せっかくの好意を無下にするのもなんだろうと女についていく。
そして、わざわざ案内を買って出てくれたことに心から感謝をすることとなった。
「あっちが参加者用の受付だよ。でも初参加は事前登録ってのが必要でね。こっちの窓口で手続きしなきゃいけないのさ。ああ、あそこは参加者じゃなくて観客用の鑑賞券売り場だ。そんでそっちは賭けたいやつが行くところさ。八百長防止ってことで、自分が勝つようにしか賭けられないよ。あー!そこは出口専用!入っちゃダメさね!」
正直、迷路だった。
人が多くなりすぎて窓口を分けた結果、こうなったらしい。
正直、案内がなかったら今日は場所の把握だけで一日が終わっていた恐れすらある。
「早く何とかしなきゃいけないのはわかってるんだけどねえ」
「我が同胞が活躍してると聞いていたが、こんな複雑な場所で戦っているのか…」
「ああ、南方の戦士たちかい?みんな強いし戦い方も映えるし大人気さ
みんな初期から参加してくれてるから何てこたーないんだろうねえ
初めて来た人にとっては、何じゃこりゃーだろうねえ…」
戦う前から初見殺しとは
恐るべし、ベガスの闘技場
「あなたがいてくれておかげで本当に助かった。ありがとう」
「困ってる人を助けるなんてあたり前のことさね。気にしないでおくれよ」
「いや、恩には恩を返さねば戦士の名がすたる
我が名はウェルキンという
いつか恩義を返すため、あなたの名を教えてくれないだろうか?」
「あはは!そんなの気にしないでおくれよ」
「だが…」
「この程度で恩義を感じられてたら、あちきはあちきの恩人に一生かかってもお返しできやしないさ」
「旦那が活躍したら、あちきが紹介した戦士だってみんなに自慢できるさ。それが恩返しだよ」
そんな風に笑って、朝日の方向へと女は去っていった。
---
「お前、南方の戦士かい?結構年食ってるけど、戦えんの?」
ガルガと名乗るこの醜男は審判兼解説。
戦う前にこちらの調子を見に来たということだが、ずいぶんと不躾だ。
「当然だ。日々鍛えている」
「ならいいけどよ…。南方の戦士の戦いはうちじゃ大人気なんだ
変な戦い方して、傷つけてもらっちゃ困るんでね」
「無用な心配だ」
「そうかい。しかしまあ、死なないよう気をつけてくれよ」
「どういうことだ?」
「どういうことってお前…。自分が戦う相手がわかってんのかい?」
「当然、わかっているさ」
「本当かよ…。出奔した身とはいえ、元聖騎士様だぜ?」
最も稼げる相手と戦いたいと申し出たら、その相手を示された。
聖王国は全国民が兵士となり魔族と戦っている。
だからといって職業軍人がいないわけではなく、彼らは聖騎士と呼ばれている。
無論、その強さは折り紙付き。
「問題ない」
むしろ、望むところだ。
「お前、すげえ自信家だな…。まあいいけどよ…
そういや、少しは自分に賭けたか?」
「いや、賭けてないが?」
「んな!お前、自信あるくせに賭けてねーのかよ!
倍率すげーことになってんだぞ!
ちょっと金貸せ!俺が代わりにひとっ走り買ってきてやる!」
答える前に財布をひったくられる。
「そういやお前、生まれも育ちも南方なのか?」
「?ああ、そうだが?」
「了解だ!じゃあ、行ってくるぜ!!」
そのままガルガが戻る前に、前の試合の終了合図が聞こえてきた。
さて、では戦いに行こうか。
巨大な闘技場。
その観客席は人で埋めつくされている。
前の試合の興奮冷めやらぬ観客達の歓声が腹に響く。
対戦相手もちょうど反対側の出入り口から出てきた。
馬ごと全身を鎧に身を包んだ重装騎兵。
なるほど、まるで教科書に載せたくなるような”聖騎士”だ。
「それでは本日の第三試合を開催いたします!」
いつの間に戻ったのか、ガルガの声が会場全体に響き渡る。
「まずは皆様よくご存知のこの男!
聖騎士ぃぃぃぃゲリック!!」
さらに大きな歓声。
特に女性陣のに甲高い声がとてつもないことになっている。
「直近の試合は十戦十勝!
闘技場の覇者への挑戦権ももう間近!!
その華麗な戦いで、今日も黄色い声が闘技場を震わせる!!!」
観客はさらに歓声を強めている。
どうやらガルガの台詞を聞くと、観客達の興奮度が増すらしい。
「そして挑戦者はこの男!
南方生まれの南方育ち!
これぞ生粋の南方戦士!!ウェールキーン!!!」
さっきの質問はこのためか。
「南からの熱い風が、この闘技場をさらに燃え上がらせる!
俺たちに、本物の南方戦士の強さを見せてくれ!!」
こちらにも大歓声がかけられる。
とりあえずゲリックがやっているように手を振り上げると、さらに歓声が大きくなった。
よくわからない。
「両者、気合は十分!!
闘技場の熱も最高潮!!
では、第三試合、ゲリック対ウェルキン!!
はじめ!!!」
合図と同時にゲリックが襲いかかってくる。
当然だろう。
なにせあちらは騎馬。
歩兵に対して圧倒的な優位を誇っている。
様子見などする必要もなく、こちらにさせる道理もない。
ましてこの闘技場には南方戦士が数多くいるのだ。
こちらの手の内などわかりきっているということだろう。
騎馬による突進
その圧倒的な突撃力を利用した必殺の刺突
だが
「生ぬるい」
槍をかいくぐり、馬の腹を殴りつける。
そして、馬ごと聖騎士を吹き飛ばす。
人馬一体となった西方の騎馬隊すら寄せ付けぬ我が身
この程度の攻撃、恐るるに足らず
そのまま馬の下敷きにならず体勢を整えたのは見事。
そのまま抜刀して斬り掛かってくる戦意も素晴らしい。
それでも
「甘い」
一気に間を詰め、腹へ拳を叩き込む。
厚い鎧の下へも届いたという確かな手応え。
何より、聖騎士の歪みきった顔が何より雄弁だ。
仮面の下は確かに色男だったが、こうなっては台無しか。
あまり苦しませるのも哀れだと首へ手刀を叩き込み、昏倒させる。
「どうした?試合終了ではないのか?」
ポカンとしているガルガ
観客も一声もあげず、段々と不安になってくる。
もしかして何か失敗してしまったのだろうか?
実はこれは儀式的なもので、まだ本番ではなかったのだろうか?
とんでもないことをしでかしてしまったのではないだろうか?
しかし、次の瞬間闘技場は爆発した。
「勝者!!!!
ウェェェーーールキィィィィーーーーーーーン!!!!!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」
いや、爆発したような大歓声に包まれた。
「何たる強さ!!
何たる番狂わせ!!!
これが本家本元の南方戦士の力だあああああああああああ!!!!」
勝利を称える大歓声を一身に受け、少し照れくさい。
とりあえず試合前と同じように腕を上げて観客へと応え、会場を後にした。
「すげえじゃんすげえじゃんすげえじゃん!!
お前、本当にすっげえじゃん!!!」
いまだ興奮冷めやらぬ様子で、背中をバンバン叩いてくるガルガ。
「ゲリックは本物の聖騎士様だぜ?
それをあんなガキ扱いして…ヤバすぎだろ!!
生粋の南方戦士って、みんなお前みたいに強いのか?
お前でそれなら、大戦士はどんだけ強いんだよ!?」
「…大戦士は戦士の指導者というだけで、一番強いわけではない」
「そうなのか?まあいいや!
それでもお前がすげーつええことには変わんねえ!!
いやー、まさかあんな簡単に聖騎士を倒せるやつがいるとはねえ
世界は広いねえ!!」
「そうでもない」
「へ?」
「聖騎士とはあくまで聖王国の職業軍人全体を示す言葉だ
ゆえに、馬に乗っておらずとも聖騎士と呼ばれる
それを知らない者が馬に乗った聖騎士を見れば、さぞ立派に見えるだろうが…
別に、馬に乗った聖騎士が一番強いわけではないよ」
「そうなの?」
「そうだ。現に最強の聖騎士たる聖王は、馬になど乗っておらんよ」
人類最強の一角たる聖王。
彼女や彼女の親衛隊が相手では、どうなっていたことか…。
「それでも聖騎士は聖騎士だ!」
ガルガの陽気な声が不安な想像を吹き飛ばす
「お前は聖騎士様に勝った男なんだ!
もっと自信を持ちな!!」
「あ、ああ…」
「あ!いけねえいけねえ!興奮しすぎて忘れるとこだったぜ」
そう言いながら腰につけていた袋を渡してくる。
ずっしりと重いその中身を見ると…
「な!?ぎ、銀貨!?
しかも、き、金貨まで入っているではないか!!」
南方であれば一家の主が一生かかっても稼げないような大金が、その袋に入っていた。
「こ、これは…?」
「言っただろ!お前に賭けてきてやるって」
「だが、こ、こんな大金…」
「おったまげただろ?
俺もおったまげたぜ!!
お前さんは大穴も大穴
しかもゲリックには貴婦人様方が無駄にたくさん賭けてくださってたと来てる
だから配当金もこんなめちゃくちゃよ
大儲けだな!!!」
醜男だと思っていたが、笑うと愛嬌があると今さら気づいた。
そんなことを考えてしまうほど現実感がない。
「ちゅ、仲介料はいかほどだ?」
だからそんなことを口走っていた。
「は?お前何言ってくれてんの?」
一気に不機嫌になるガルガ。
「俺は審判兼解説のガルガ様だぜ?
審判が博打に参加しちまったら賭けが成立しねえだろ!
それは全部お前のもんだよ
くれるって言っても、俺はびた一文受け取らねーからな!!」
「す、すまぬ」
彼の誇りを傷つけてしまったらしい。
「知らぬこととはいえ、失礼なことを言ってしまった
本当に申し訳ない」
「いや、まあ、いいけどよ…」
素直に頭を下げたのが功を奏したか、逆に照れくさくなったようだ。
「まあ、ベガスのことを知らないやつだったらしょうがねえよな
ここができたころは審判の買収とか色々あったんだよ」
金で戦士の誇りを買おうとした不届き者が大勢いたらしい。
とんでもないことだ。
「本当にとんでもねーよ!
そもそも俺らはお給金だってたんまりもらってるのによ
いったいどんだけ貰えば気が済むんだって話だよ」
「人の欲は果てしないということか」
「本当にな…
まあ、それは後宮にいた頃からわかっちゃいたけどよ…」
「後宮?」
「ん?ああ、俺は元々後宮で働いていたのさ
でもその後宮がなくなっちまっただろ?
途方に暮れてたら俺が慕ってた姐さんがこの街つくるっておっしゃるからよ
一緒に着いて来たのさ」
噂に聞く共同領主の関係者だったのか
いやだが、それより気になってしまったのは…
「後宮は、男子禁制ではなかったのか?」
「あ?俺は女だぞ?」
よく通る声だと思っていたが、女だったのか!!
「まあ、こんなナリじゃあ、男か女かなんかわけわかんねえよな!!」
そんな風に笑う姿は、一切の卑屈さを感じさせない。
自分の外観も他人からどう見られているかも、彼女は全てを受け入れていた。
「俺の母親は南方人でね。戦争に負けてこの国に連れてこられたんだ」
「恥辱の日か…」
「南方じゃそう呼ばれてるのかい?
こっちじゃ南方刈りなんて呼ばれてるよ
まあ、そんで母親は奴隷となり、父親もわからねえような俺を生んだのさ」
「優しい母親だったよ」と笑っている。
「でも、無理な生活がたたって死んじまった」
「…」
「そして、俺はこんなだから売り物にもならねーってことで捨てられちまった
ひでーんだぜ?本当にゴミみたいに投げ捨てられたんだから」
握りしめた拳から血が滲んできた。
我らの慢心が、無知が、彼女たちのような悲劇を生んだのだ。
「だけど姐さんに拾われ、姐さんと一緒に後宮行って、そんで終にはこの街へたどり着いて、なかなか悪くない人生だと思うぜ?」
「ああ、そうだな…」
「おいおい、辛気くせえ顔すんなって!
そうだ!そろそろ時間だ!!」
そう言って闘技場の試合場が見える明るい場所へと連れて行かれる。
「クソみてえな人生でも、この街に来れば変えることができる」
陽の光がずいぶんと明るい。
「少なくとも、この街では誰もが平等に一発逆転の機会を手にできる」
試合とはまた違う熱狂に包まれたその空間
「それらを全てを与えてくれたのが、あの御方」
全ての民の視線と歓声を一身に集める男
「英雄王陛下」
ここからでは小粒程度の大きさにしか見えない。
だが、ガルガはまるで神を見つめるかのような視線を送っている。
地平線の彼方も見通すこの目には、はっきりと映っている
民衆の歓呼を戸惑いながら受け止める一人の男
銅像とは似ても似つかないその姿
「俺達の太陽さ」
それが、私が初めて直に見た英雄王の姿であった。
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夜、闘技場で稼いだ金を使い果たして歓楽街中の南方女を買い尽くした。
「金は払う。だが奉仕はいらん」と言うこちらを怪訝そうに見つめる女衒たち。
だが金が手に入れば文句はないのだろう、おとなしく引き下がっていった。
この街の歓楽街で最も高い部屋。
贅の極みを尽くしたかのような部屋でただ一人酒を飲む。
今日一日だけで色々ありすぎた。
英雄王とは、いったい何者なのだ。
これほどの街を造り上げた偉大な王
あれほどの人々の熱狂を集める神のような大人物
だが、この目で見たのはただの平凡な男であった
わけがわからず、再び手酌で酒を喉へと流し込む。
「いい飲みっぷりじゃないか」
窓辺に女が座っていた。
「変な客がいるってんで呼ばれてきてみたら、朝ぶりだねえ」
「この街では、客の部屋に黙って入り込むものなのか?」
「あはは!ここはあちきの街だからね
お客様といえど、あちきがどこにいようと文句言われる筋合いはないのさ」
”あちきの街”
それが文字通りの意味とするならば…
「改めて名乗ろう。我が名はウェルキン・ゲトリクス」
「ゲトリクスといえば大戦士様じゃないかい
じゃあ、こちらもちゃんと名乗らないといけないねえ」
それは、この街の領主だけが使える言葉
「あちきはオウラン・ベガス。改めてよろしくね、旦那?」
すみません。まだ終わらず更に続きます…。
闘技場とかもっと色々書きたかったのですが、長くなりすぎて省いてものこの量でした。
次回は数日以内とは確約できず、申し訳ありません。
読んでいただければ分かる通り、現在は45話と同時期となります。
もう少しで本編最新話に追いつきます。




