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幕間 ウェルキン視点

 初陣


 何も知らないがゆえの万能感。

 自分は特別だという英雄願望。

 それらで胸を膨らませつつ意気込んだそれは、一方的な負け戦だった。


 部隊の生き残りは、己ひとり。

 直属の上官であり師でもあった戦士は、目の前で西方の騎士達の槍で串刺しにされた。

 たまたま後ろにいたおかげで、たまたま彼が障害物となったことで、たまたま生き残ってしまった。


 参戦した戦士の三分の一が殺され、三分の一が奴隷として連れて行かれ、三分の一がむざむざ逃げ帰ったその戦いを、我々は”恥辱の日”と呼んだ。


 あの日の屈辱を晴らすため、ただただ無心で修業に励んだ。

 そしていつしか、南方で自分より強い戦士はいなくなっていた。


 ---


「西方に戦いを挑め、と?」

「はい。恥辱の日より時が経ち、我々は再び力を蓄えました。あのとき失った多くの戦士達の無念を晴らし、今なお屈辱を受けている戦士たちを誇りを取り戻す。そのときが来たのです!」

「なるほどのう…」


 豊かな白いヒゲをなでる眼の前の好々爺。

 当代の大戦士、バルバッソ・ゲトリクスその人である。


 かつて戦場で鬼神の如しと恐れられたかつての大戦士。

 先代の大戦士に地位を譲ったあとはほぼ隠居状態だったが、先代が恥辱の日に戦死したため急遽臨時で復帰されたお方だ。


 臨時のはずがずいぶんと長く地位につかれておられる。

 …何もしないまま!


「ウェルキン、おぬしは強い。おそらく、ワシが今まで出会った戦士の中で最もじゃ」

「恐縮です。しかし、全盛期の大戦士には及びますまい」

「ほっほっほ。嬉しいことを言ってくれるのう」


 嬉しそうに笑うその姿は、孫を愛でる祖父のそれだ。


「だが、実際にはおぬしの方が強かろう。世辞でも何でもない。そなたは戦士の高みにまで上り詰めたのじゃ」


 先程までの好々爺から一転、その目がギラリと光る。

 まるで心臓を鷲掴みにされたようだ。


「だからこそ、強さ以外も知るべき時であろう」

「強さ、以外…?」

「いかにも。アスパシア、入ってきなさい」

「はい」


 部屋に入ってきたのは幼い少女。


「この娘はワシが最近面倒を見ている娘での。なかなか見どころがあるのじゃ。将来は大首長も夢ではないと考えておる」


 内心驚くが、それを表に出すようなことはしない。

 生まれも、育ちも、年齢も、関係ない。

 注目されるべきはその才覚。

 それが南方の掟だ。


「はじめまして。アスパシアと申します」


 立ち振舞いも完璧。

 彼女を幼子と侮るのは、己を愚鈍と認めるに等しい。


「こちらこそお初にお目にかかる。ウェルキンと申す」

「お名前はよく伺っております。最強の戦士であると」

「過分な評価、痛みいる。だがまだまだ修行中の身。そのような称号、この不肖な身には重すぎる」

「ご謙遜を…」

「ほっほっほ」


 形式的な挨拶は笑い声で断ち切られた。


「アスパシア、ウェルキンに戦い以外のことを教えてやりなさい」

「承知いたしました」


 戦い、以外?


「ウェルキン、これは大戦士としての命令じゃ。そなたは今後アスパシアに戦い以外の教えを受けよ。それは”戦争”も含まれる。南方のこと、西方のこと、世界のこと、よく学びなさい」


 戦い以外なのに、戦争?


「そして学んだ後、またワシの元に来るのじゃ。そのとき話してくれること、楽しみにしておるぞ」


 ---


「我らが負けると言うのか!!?」

「その通りです。確実に敗北します。前回同様に」


 まずは戦争のことからと、アスパシアによる教育は始まった。

 そしてその内容は、到底受け入れられるものではなかった。


 最初に取り上げられたのは南方と西方の国力の差。

 人口比は5対3で南方が少ない。

 戦士、軍人の数はほぼ同等。

 それ故に南方は戦士以外にかかる負担が大きく、長期戦に向かない。

 また南方は西方以外に連邦や東方とも国境を接するためそちらに兵力をあてる必要があり、人数的にも不利となる。


「そんなもの、戦士個人の力量で挽回できる!」

「確かに、一対一で戦えば南方の戦士が十回戦って7、8回勝利するでしょう」

「その通り!」


 南方の戦士は軟弱な東西・中央のやつらとは違うのだ!


「ですが、それはあくまで一対一の決闘の話です。南方の戦士は連携することが不得意のため、戦争になれば集団戦が得意な他地域の兵士たちに各個撃破されるでしょう」

「な…!」

「それは、恥辱の日の生き残りであるあなたが一番ご存知なのではないでしょうか?」


 かつての師の最後の姿が目に浮かぶ。

 圧倒していたはずだったのに、西方の騎士をあと一息で仕留められるはずだったのに、助太刀に来た他の騎士達に翻弄され「戦士の誇りはないのか」と言いながら串刺しにされたあの姿が。


「戦争は、南方の戦士が尊ぶ決闘とは違います」


 冷静な言葉で現実に引き戻される。


「戦争は集団戦です。数を揃えたとしても、それが集団として行動できなければ意味がないんです。個人個人の武勇がどれだけ優れようと、それが連携できなければ勝てません」

「…」

「戦争は国と国の戦いです。戦場で勝った負けたと一喜一憂してはいられないんです。一回勝ったとしても、それで力を使い果たしていたらただの愚か者です。一つの戦場で負けても、戦争全体で勝てればそれは我々の勝利なんです」

「戦士の誇りは、どうなる。敗北した戦士たち、彼らの誇りはどうしてくれるのだ?」


 戦士の誇り

 それは命より尊ぶべきもの


 だが、それはただの一言で断じられる。


「国の勝利が優先されます」

「………!!!」


 眼の前の生意気な小娘を叩き殺したくなる衝動を必死で抑える。

 数刻前の自分なら間違いなく実行していただろう。


 だが、今ではわかる。

 彼女の本当の考えが。


 彼女は戦士の誇りを否定しているわけではない。

 ただ、示してくれているのだ。

 戦士の誇りより、優先されるべきものがあることを。


「戦士が戦士の誇りのみを追求した結果が、”恥辱の日”というわけだな?」

「そうです」


 ”戦士の誇り”

 この言葉だけに捕らわれ、国全体の勝利を疎かにした結果があの日の大敗だったのだ。


 戦士が個人で戦うのではなく、西方の騎士たちのように集団戦法を学ぶ。

 そして多対一から脱却することでようやく五分。

 さらには国力を高め、国全体で戦争の準備をする。

 これでようやく勝利の可能性が生まれる。


 そうすれば戦士の誇りは守られる。

 その為には、時には大を取って小を捨てる場合もあるだろう。


 戦術的に敗北して、誇りが傷つけられる戦士も出てくる。

 だが戦略的に勝利すれば、南方が勝利すれば、我らの誇りは守られる。

 いや、さらに高みへと近づいていくかもしれない。


 彼女はそう言いたいのだ。

 それにしても…


「…お前、この話を誰か他の戦士にもしたのか?」

「はい、幾人にか」

「…殺されそうには、ならなかったのか?」

「私の首を刎ねると大戦士様の元へ連れて行かれ、そこでお救いいただきました。そして言われたのです。”このことは今後、ワシとワシが伝えても良いと言った者以外には決して伝えてはならぬ”と」

「合点がいったよ」


 その場で殺されなかっただけ、運が良かったと思うべきだろう。


「なぜですか?私は間違ったことなど言っていません。南方のため、戦士のため、正しいことを言っています」

「人が皆、そのように割り切れれば良いのだがな…」


 なるほど。

 この理性の権化のような考えは確かに大首長向きだ。


「人は、そのように理性だけで判断できる生き物ではないのだよ。もちろん、お前のような例外もいるが」

「戦士ウェルキンも違います。あなたも私の正しさをきちんと理解していただけました」

「また過分な評価、痛みいる」


 …先程の衝動のことは秘密だな。


「そういった例外を除いて、普通の人々は理性と感情で物事を判断する。お前は頭がいい、それも抜群に。あとはその優秀な頭脳から出た考えを相手に受け入れてもられるような話し方などを学んでいこうか」

「話し方…?」

「ああ、言葉遣いとかじゃないぞ。伝え方、と言った方が良いかな。お前から色々と知識や知恵を教わる代わりに、こちらからはそういったことを教えてやろう」

「具体的に、どのようなことでしょうか?」


 ピンときていないらしい。

 しかし例えとなると…


「例えば、明らかに愚かな選択ばかりしている人間がいたとしよう。どう諭す?」

「もちろん”あなたは愚かにも間違った選択をしています。私が正しい答えと考え方を教えて差し上げます”と伝えます」


 今までこの娘が無事に生きてきたのが奇跡かもしれない。


「そんなことを言えば、間違いなく相手は激高するだろう」

「では、どう言えば良いと?」

「そうだな。”お前がそれを選んだ理由を教えてくれないか?なるほど!素晴らしい考えだ。ところでお前の意見を聞いて思いついたのだが、こっちを選んだほうがよりお前の考えを実現できるんじゃないだろうか?具体的にはだな…”という感じかな」

「…なぜ、そのような回りくどい真似を?」


 ものすごい不満げな顔だ。


「それが、物事を円滑に進めるコツというものだ。そこらへんどを、これから理由を含めて教えてやるさ」

「はあ…。よくわかりませんが、よろしくお願いいたします」


 そう言って、どちらともなく手を出し握手をした。

 お互いがお互いを教える、奇妙な師弟関係がこの瞬間より生まれた。


 優秀な人間は他人にも己同等の優秀さを求め、自分の考えを他人も理解できて当然と勘違いしてしまう場合が多々ある。

 この幼い才能がそれを乗り越え、他人に自分の考えを伝える技術を身につければ

 この天才の考えを南方全体が受け入れられるようになれば

 そのとき、南方に新たな時代が訪れるだろう。


 しかし、この関係が今後十年以上も続くとは…。

 当時は夢にも思わなかったものだ。


 ---


「良い顔になったのう、ウェルキン」


 アスパシアと歩く姿を見てそう笑っていた大戦士バルバッソ・ゲトリクス

 己の寿命が尽きるまでその地位を守り続け、南方の国力増大・戦士の戦闘改革に多大な貢献をされた。


 そして


「全会一致で戦士ウェルキンを新たな大戦士と認める!大戦士、ウェルキン・ゲトリクスの誕生である!!」


 万雷の拍手の中、南方樹の戦士達の大歓声の中、この身は戦士の頂へと到達した。


「おめでとうございます、ウェルキン。いえ、大戦士、ウェルキン・ゲトリクス」

「今までどおりでかまわん。それに、お前だってもうすぐだ」

「こちらは各自治都市の派閥争いもありますし、どうなることやらですね…」

「冗談はよせ。それらも、()()()()()()()()だろう?」


 かつて少女だった女は、笑みを浮かべる。

 人を懐柔するための作り物の笑顔でもなければ、敵に見せる口元だけ笑った笑顔でもない。

 外では見せない、本当の笑顔。


「もちろんです。あなたの教えのおかげです」

「…生徒が優秀過ぎただけだ」

「過分な評価、痛みいります」


 そう笑って去っていく。


 そしてしばしの時が経ち、彼女は大首長となった。

 大首長、アスパシア・ペリクレスの誕生だ。


 ようやく、舞台と役者が揃った。

 かつての恥辱を晴らす日は近い。


 そんなとき、部下からある報告が上がってきた。

 それは世界最古の国家、イヅル滅亡の報


「栄枯盛衰、というわけか…」


 解放王ヒイラギ・イヅルの直系が絶えたわけではないらしいが、さすがに衝撃が大きい。

 今まで当たり前だと思っていたことが当たり前でなくなる時代。

 そんな時代の到来を予見させる。


「で、イヅルはどこに滅ぼされたのだ?連邦か?」


 イヅルに手を出すような国家はあそこぐらいしか思いつかない。

 しかし、部下の答えは想定外のもの。


 それは、一人の男の名


「リク・ルゥルゥ?」

ウェルキンとアスパシアの過去話でした。

長くなったので切らせていただきました。すいません。

次話では本編の時代となります。


土曜更新が難しそうなので本日更新いたしました。

次回は来週中を目標にがんばります。

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