67話 南方とは
「南方諸国に王はおりません」
馬車の中で今更ながら南方の説明を聞いている。
人口は西方の半分弱程度。
だが武を尊ぶ文化があるため人口に対して兵力は多く、それは西方をも上回る。
故に過去に起きた南方と西方の戦争では南方が優位かと思いきや、ジャングル育ちの南方兵は西方の平原とは相性が悪かった。
人馬一体となった西方の騎馬隊に翻弄され、「馬にも乗れぬ蛮人」とさらに蔑まれていたのだ。
これに対して俺が「王様ぐらいは馬に乗ってたの?」と聞いたところ、冒頭の答えが返ってきたわけである。
まさか王がいないとは。
ということはもしや…
「南方って、民主主義なの?」
「みんしゅ、主義…?申し訳ございません、お館様。それはいったい何でございましょう?」
「ああいや、何でもない」
違ったらしい。
民主主義ならむしろ輸入してやりたいぐらいだったのだが、残念だ。
「王がいないのなら、指導者はどうしてるの?」
素朴な疑問。
王でないだけでやっぱり血筋で選んでるのだろうか。
「そこが特殊でして…」
難しそうな顔だ。
そんな複雑なのだろうか。
「南方には二人の指導者がおり、それぞれが軍事と政治の長となっております」
「二人も?」
そんなことじゃ意見がすぐぶつかるだろう。
「はい。まずは軍事の指導者ですが、”大戦士”と呼ばれる存在です」
「大、戦士?」
「はっ。南方に数多いる戦士の中で、最も偉大な勇者。それが全ての戦士を束ねる、大戦士と呼ばれる存在です」
偉大な勇者と言うからには強さだけで決まるわけではあるまい。
誰からも尊敬されるような人格も兼ね備えているのだろう。
軍事の指導者というと、うちだとジェンガになるわけだが
思い出されるのは村で初めて出会ったあの頃。
「やる気!元気!ジェンガ!」
…俺はジェンガのこと大好きなんだけどね。
いかん。変なことで考え込んでたらボードが困った顔してる。
「おほん…。すまんな。続けてくれ」
「はっ。では次に政治の指導者。こちらがたいへん特殊です」
「民が自分で選ぶとか?」
「…!!さすがお館様、ご明察にございます」
民主主義っぽい!
「南方は国ではなく部族や都市の集合体です。当然それぞれに長がおりますが、血筋ではなく民によって選ばれております」
やっぱ民主主義だよ!
「つまりあれだよね。選挙とか、してるわけだよね?」
「お館様のご推察どおりにございます。これ以上の説明は出過ぎた真似となりそうですね…」
「いやいやいやいや!そんなことはないよ!俺、ボードの説明が聞きたいなー!」
いかんいかん。
民主主義があるとわかって若干テンション上がってしまった。
横槍入れすぎて反省。
「お館様のお気遣い、痛み入ります…」
逆に感謝してくれてる。
むしろごめんなさい。
「各部族、各都市、それぞれの長が集まり話し合い、さらに南方全体の指導者を選び出します」
それが軍事の指導者、大戦士と並び立つ者
「政治の指導者、”大首長”と呼ばれる存在です」
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南方の統治者
軍事の"大戦士"
政治の"大首長"
本当にうちのジェンガとボードのようだ。
あの二人のように仲が良ければ、まあ、何とでもなるだろう。
それがずっと続いてるというのは素直にすごい。
しかし衝撃的だったのは南方が民主主義だということだ。
王という名前でないだけで王がいるのかと思っていたが、民主主義という名称を使ってないだけで民主主義が採用されていた。
色々聞いてみたいし、うちにも導入して俺が引退できるかもしれない。
そんな風に一人で夢を膨らませていた。
間もなく馬車が会談場所に到着する。
二人に会うのが楽しみだ。
心高鳴る俺とは対象的に、ボードとミサゴは険しい顔のまま。
どうしたのだろうか。
「会談に対し、不安など微塵もなさそうであるな?」
「まあ、ね」
正直最初は不安だったが、民主主義体制とわかって親近感が湧いている。
今まで仲が悪かったのは不幸な行き違いが原因だったのではないかと
ちゃんと話し合えば理解し合えるんじゃないかと
そんな風に楽観していた
俺は、理解できていなかったのだ
「王がいないと聞いて、そのように堂々としておれる者はそうはおるまい」
”王がいない”
それがどれだけこの世界で特殊であるかを
「彼らは王を戴きません。ゆえに多くの者が彼らをときに蔑み、ときに恐れるのです。”王を戴かぬ者たち”、”高貴な血を引かぬ者ども"と」
ボードの眉間に深いシワが刻まれる。
それを見たミサゴが苦笑している。
「何が"高貴な血"か。その血を宿した叔父上がどのような者だったかを知らぬと見える」
偽王
かつて我が国で暴虐の限りを尽くした男
解放王ヒイラギ・イヅルの直系
ミサゴとハイロの叔父
兄殺しの弟
「各地の王族は皆ヒイラギ・イヅルの血を引き、それが王家の正統性を担保しています」
「逆に、ヒイラギ・イヅルの血を引く王以外に統治される世界を、民は知らぬのだ」
「それは西方だけではございません。東方も、そして中央もそうでしょう」
「連邦は加盟国に高度な自治を許している。南方が受け入れられる可能性がたまたまあった、それだけであろうな」
この世界で特殊なのは俺の方
民主主義の国で生まれ育った存在など、この世界にはいないのだ
自分の甘い考えにぞっとする。
話し合えば解決するような生易しい話ではなかった。
「だが、そなたならば可能かもしれん」
「はい、お館様ならば」
4つの瞳が輝きながら俺を見つめる。
「ヒイラギ・イヅルの血を引かず、己の力のみで王となったそなたならばできるはず」
「はい。英雄王と呼ばれ、世界中の民の尊敬を集めるお館様ならば」
二人の信頼を一身に浴び、心臓が痛くなってくる。
「南方と我々の間を裂いた深い深い断絶。お館様ならば、繋ぐことができるでしょう」
責任は、重大だ。
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会談場所に到着し、馬車を降りる。
向こうはすでに到着しており、こちらを迎え入れる準備が整えられていた。
会談内容を西方諸国にも納得させるため、こちらは西方の有力者達も連れてきている。
当然馬路倉も。
彼女が抑えてくれるので南方に無礼を働くような真似はさせない。
そんなことでこの会談をダメにしたりはできない。
この会談結果次第で、我が国の運命は決する。
破断したら?
連邦の大軍勢によって我が国どころか東方全体が瞬く間に飲み込まれるだろう。
完全な敗北だ。
成功したら?
連邦を東西南の三方から攻めることが出来るようになる。
これでようやく拮抗というところか。
つまり会談を成功させて、ようやくスタートラインなわけだ。
責任の重さに潰されそう。
心臓の音が大きすぎて周囲の音が耳に入らない。
極度の緊張で喉がカラカラだ。
だが、逃げることはできない。
迎え入れる人々の中で、二人組が前に出ている。
あれが大戦士と大首長か。
このまま近づいたら気後れしてしまうかもしれない。
なら今ここで精一杯声を出して気を奮い立たせよう。
「我こそはルゥルゥ国国王、リク・ルゥルゥ!」
まずは挨拶
そして
「この戦争を、終わらせる者である!!」
要件は、簡潔に。
土曜更新はできましたが、会談には入れておらずすいません。
カルサは馬車酔いのためずっとぐったりしていました。




