64話 続・歓迎会
俺がモリモリ食べ始めると、今度は皆が料理や飲み物のおすすめを持ってきてくれた。
「陛下、これは我が国の特産にございます」
「陛下、この肉など絶品ですぞ。何を隠そう我が王室の牧場で育った牛にございます」
「さすが陛下。健啖家であらせられますな。それが偉大な業績の秘訣でございましょうか。…ところでお飲み物はいかがでしょう?我が国の酒でございます」
「おお、酒といえば肴がかかせませぬ。我が国の川の幸でつくった干物をお一つどうぞ」
こんな調子でひたすら食わされ続けた。
どこか一つだけ断ると後々禍根を生みそうで、どれも笑顔で口に入れる。
味を楽しむどころではない。
もはや己を飲食物を口に運ぶ機械だと思ってひたすら腹にものを詰め込み続けた。
この苦しみはカルサが連れてきてくれたミサゴがみんなを散らしてくれるまで続いた。
本気で助かった。
「リクよ…。嫌なものは断れば良いのだ。どうせ断られた相手のことを考えたのであろう?そなたは優しすぎる。そのような些事、気にするでない」
「いや、気にするだろう…。皆でこんなに盛大に一生懸命に俺を歓迎してくれてる。なのにお誘いを断ったら、なんか申し訳ないじゃないか…」
頼まれたら嫌とは言えない、お願いされたら断れない
己の悪癖とはわかってはいるが、今さらなかなか変えられん。
「兄様、これに関してはミサゴが全面的に正しいんだからね。自分で断るのができないなら、ちゃんと他の人を頼って。東方だったらあたしでいいし、ミサゴなら西方でも顔が利くんだからミサゴを呼んで」
「はい…」
「本当にわかってるの?食べすぎて体壊しでもしたら、すぐに東に帰るんだからね?」
「り、了解です」
けっこう本気で怒られてる。
まあ、あの調子では本当に倒れかねなかったし、仕方がないか。
「そなたは、たまにあれだな。まるでただの人であるかのような行動をとるな」
いや、ただの人ですけど?
ミサゴもたまに変なこと言うよな。
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腹の調子が少し落ち着いたころ、会場の奥にあったステージの周りが慌ただしくなった。
最初俺がここで挨拶をする予定があったらしいが、丁重にお断りさせていただいた。
代わりにミサゴが立派な演説をぶってくれてかなり盛り上がった。
やっぱ生まれながらの王様は違うね。
いつでも王位も代わるよ。
そんなとりとめのないことを考えている間に準備が終わったようだ。
「お館様、今より西方各国の姫による演舞が行われるそうです」
今までどこにいたのだろうか。
ボードが突然現れ耳打ちしてきた。
まあ、おそらく情報収集に励んでくれていたのだろう。
俺が食事を楽しんでる間に申し訳ない。
…楽しんではいないな。
そして現れたお姫様方。
年令はまちまちだが、おそらくみんな十代だろう。
あどけなさが残る子もいればずいぶんと大人びた子もいる。
ただ一様に言えるのはみんな美形揃いということだ。
そして全員緊張しているらしく、動きが硬い。
こんなのでちゃんと踊れるのかと少し心配してしまったが、それは杞憂だった。
いざ音楽が始まると顔つきが変わり、それはもう美しく舞ってくれた。
おとぎ話で聞いた天女の舞というのはこのようなものかと思わせてくれるほどだ。
そもそも舞なんて全然見たことなかったのだが、時間も忘れて見入ってしまった。
演舞が終わり、心からの拍手を送る。
アンコール!と言いたくなったが、それは自重。
言葉の意味もわかってもらえないだろうしね。
「西方の舞、いかがでしたでしょうか?」
拍手を終えた俺におじさんが話しかけてくる。
確かミサゴの祖母の叔父の従兄弟のひ孫の旦那さんだ。
もう完全に他人じゃねーか
「いやー、素晴らしい舞だったよ。いいもの見せてくれてありがとう」
素直に称賛する。
それほど素晴らしいものだった。
そしておじさんは笑みを深くする。
「陛下にお喜びいただけて光栄にございます。…ところで、どの姫が一番お好みでございましたでしょう?」
「いやー、どの娘も良かったよ。実に甲乙つけがたい」
「強いて言うならば、どの姫でございましょう?」
別のおじさんが参戦してきた。
最初のおじさんの又従兄弟だったはず。
「強いてと言われても…」
「西方一美しいと言われるイフリート国のスール姫はもちろん美しかったですが、西方一の踊り手と言われるジンニー国のラーマ姫は噂通り見事な踊りだったかと思います。しかしサクル国のヤンラー姫は幼いながらもその幼さが不思議な魅力を醸し出すシンディバー国のルイアン姫。あの中では最も歳が上のカランダール国のアミナ姫ですが、その分魅力も増していたのではないでしょうか」
もしかしてこのおじさん、全員のこと覚えてるの?
「もちろん我が娘、カランダール国のソバイユ姫もなかなかのものであったかと自負しております。陛下のお眼鏡に適ったのはどの姫にございましたでしょう?」
なるほど。自分の娘の踊り仲間だから覚えてたのか。
しかしずいぶんぐいぐい来るな。
ただたいへん申し訳ないが、全員で一つの演技をしてたイメージが強く、個々を見てはいなかったのだ。
だから誰がどうだったと言われても本当にわからない。
俺は博愛主義者の王様ということで通ってるらしいので、ここもそれで貫き通させてもらおう。
「言葉通りだ。どの娘も素晴らしかった。私のお気に入りをどうしても知りたいと言うならば、それに対する返答は”全員”だ」
決まった。
俺の博愛っぷりに恐れをなしたか、おじさんもなんかつばをゴクリと飲み込んでいる。
「し、承知いたしました」
納得してくれたようで良かった。
そういえば今の舞はずいぶんと穏やかだったな。
毒気が抜かれてしまった。
一応戦の前なんだし、もっと戦意が昂ぶるようなそういうショーをすべきじゃないだろうか?
「陛下、何かご不満が?」
西方最大の国家ハッティ。その国王、ハトゥッシャ・ハッティだ。
連邦を持ち上げることでそれに抗する俺をさらに持ち上げるという高等テクを見せてくれた人。
「不満というか、疑問があってな。最前線での歓迎会だからてっきり戦意を高揚するような舞かと思ったんだが…、あまりに穏やかすぎて拍子抜けしたんだ」
「なるほど。陛下のおっしゃることはご尤もですね…」
ハトゥッシャは少し考え込んでから口を開く。
「戦舞の素晴らしい踊り手はいるのですが…」
ずいぶんと難しい顔をしている。
「ただ、その者は蛮人でして…」
”蛮人”
それは南方地方出身者への蔑称。
南方の野蛮人と、彼らを蔑む呼び名。
この世界の中心、それは我が国の首都、”都”だ。
その歴史は解放王、ヒイラギ・イヅルにまで遡る。
彼が作り上げた史上唯一の人類統一国家の首都、当然そこは世界の中心となり最も発展した。
イヅルの死後、各国が独立し独自に発展を遂げるが、すぐに訪れた戦国時代が文化の発展を妨げる。
そして解放王の国として各国と血縁関係を結び平和を謳歌していた都はさらに成長し、文化の発信源であり続けたのだ。
ゆえに文化レベルは都のある大陸東方が一番上で、次に中央、そして西方はそれらに続く三番手となる。
西方は自らを田舎、辺境と卑下した。
そしてそれらの感情は、いつしか自分よりも下の存在を作り上げることとなる。
それは地形の関係もあり、東・中央・西の全てと隔絶していた地域である南方。
西方の民は南方の民を蛮族と蔑んだ。
彼らを差別し、ときに奴隷として使役した。
南方は西方に激しく反発し、両者の対立は複数回の戦争にも発展している。
馬路倉が西方の盟主となってからは大規模な戦争は起きていないようだが、長く続いた差別意識は根強く西方全体に残っているようだ。
しかし、個人的にはそういった差別というものは受け入れがたい。
生まれたときから人は平等と育った俺としては、生まれだけで人を侮蔑し排除することはとても耐えられない。
だからそれを聞いて、逆にその踊り手をこの場に呼びたいと思った。
そんなすごい舞ならばみんなで見るべきだと
その人の出身ではなくその人の実力で判断してあげるべきだと
そう思ったのだ。
「じゃあ、その踊り手さんの踊りが見たいな。見せてくれるよね?」
肯定を前提とした質問。
普段とは違う話し方に、うちの国の連中は何かしら感づいたようだ。
「も、もちろんにございます。直ちに準備させましょう」
東西連合盟主からの初めての直接的なお願いだ。
慌てて部下に指示を飛ばし始める。
踊り手は裏で控えていたようで、準備はすぐに完了した。
さてどんな踊りが見られるのかと楽しみにしていると、ステージに人影が現れる。
顔ははっきりとは見えないが、整っている。
体型は遠目でもわかるぐらいにスタイル抜群。
周りからも息を呑む音が聞こえてくる。
そして褐色の肌に吸い込まれそうな漆黒の髪。
ゲームに登場する踊り子のようにほとんど肌が隠れていないヒラヒラした服を着ている。
目のやり場がないな、などという考えは舞が始まったと同時吹き飛んだ。
剣を持って舞う、戦意高揚の舞。
戦舞の名にふさわしい踊り。
見てるだけで感情が昂ぶられ、全身の血が沸き立ってくるような感覚が襲ってくる。
先程の舞も素晴らしかった。
それは間違いない。
しかし、これはレベルが違った。
学芸会の劇とプロの芝居、それぐらいの差があった。
それぐらいにこの舞は、言葉にできないぐらいすごかったのだ。
舞が終わり、踊り手が頭を下げる。
皆が余韻に浸って立ちすくむ中、普段から踊りを見ているのであろうハトゥッシャが軽く拍手し始めた。
それにつられて、会場全体が拍手に包まれる。
俺も力いっぱい拍手した。
踊り手がステージ裏に下がっても拍手は止まらない。
「いや、実に大したものであった」
「ミサゴでもそう思う?」
「うむ。あれほどの舞を見たのは生まれて初めてだ。今までは我らが都こそ文化の最先端だと思っていたのが、世界は広いな!」
「だな!」
「これはトトカ以上の画家が世界にはおるやもしれんな」
トトカって絵が描けたのか。
「ミサゴ様にそう言っていただけますとは、西方の民皆が喜びましょう」
ニコニコしたハトゥッシャが現れた。
ただ、自慢げというより若干自嘲気味な表情だが。
「蛮人の舞で皆様のお目汚しとなってしまったらと戦々恐々でしたが、満足していただけたようで一安心でございます」
原因はそれか。
蛮人だから何だというのか、さすがにムッくる。
それもあり、ハトゥッシャの問いかけに強く答えてしまった。
「陛下はいかがでございましたか?ご満足していただけましたでしょうか?」
「最高だった!!」
「そ、そこまで言っていただければ、シェザもさぞや光栄でしょう」
「あの娘はシェザっていうの?じゃあ、シェザだな」
「何がでございましょう?」
「さっき皆で俺に聞いたじゃん」
一瞬考え込み、驚愕の表情を浮かべる。
「…ま、まさか」
「俺のお気に入り」
心から断言する。
「あの娘が、今夜の一番だ!」
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その後はつつがなく歓迎会は終了し、今夜は移動で疲れた体を休めることとなった。
魔法で一瞬とはいえ、やはりなれない環境に来ると疲れてしまうからありがたい。
明朝から会議を行うということなので、早く寝て早く起きよう。
そう思って寝所に入るまで、俺は失念していた。
自分の立場というものを。
接待
それは俺もかつてよくやっていたもの。
お客様をもてなし、お互いの関係をより良くするためのもの。
それは時として、お客様の望みを最大限叶えて自分たちへも最大の配慮を求めようとするもの。
俺は今、接待をされる立場なのだ。
新規開拓した客先の全権限を持つようなスーパーVIP的存在なのだ。
だから接待する側は俺の望みを全て叶えようとするだろう。
俺が何かを気に入ったと言うならば、笑顔でそれを贈るだろう。
だから、彼らにとってこれはただのプレゼントなのだ。
「今宵より、この体はもちろん我が命も全てご主人様のものにございます」
先程俺に素晴らしい舞を見せてくれた踊り手さん
「どうか末永く可愛がってくださいますよう、お願い申し上げます」
彼女が、俺の寝所で待っていた。
リクは飲めないのに接待要員として駆り出されて苦労していました。
シェザの服装はドラクエ4のマーニャのようなものを想像しています。




