63話 歓迎会
人間界最大の国家、ヒュドラ連邦
その規模に対して歴史は浅く、現在の大王は三代目。
つまり、わずか三代でここまでの成長を成し遂げたのだ。
初代大王であるヘラスは元々ある王国の姫だった。
父王は孫のような年の娘をたいそう可愛がり、彼女に一つの街を与え独立国とする。
老い先短い己の死後も、愛娘が幸せに暮らせるようにという父の配慮であったのだ。
しかし、時代は戦国の世。
子供に甘くも傑物と呼ばれた王の死。
彼の威光でもってつかの間の平穏を享受していた大陸中央。
戦国の世の狂乱は、再びこの地へと手を伸ばす。
兄王が治める母国が焼き払われる姿を、ヘラスはどのような想いで見ていたのだろうか。
このときより彼女は名を改める。
かつての姓を捨て去り、名乗るは伝説に伝わる異界の怪物の名。
ヘラス・ヒュドラの誕生だ。
すぐに滅びさると思われたヒュドラ王国。
しかしその予想は大きく裏切られる。
彼女の国へと戦の魔の手が押し寄せた時、奇跡が起きた。
どこからともなく現れる援軍達。
四方八方から攻められ数の優位を失い地の利もない敵は為す術なく敗走する。
数多の首を持つと言われた怪物宜しく、彼女は数多の同盟国を手にしていたのだ。
一つ一つは小国であっても、数が合わせれば最強の怪物となる。
その信念で他の小国と手を結び、死に物狂いで掴み取った最初で最大の勝利。
勝利は彼女の信念を確信へと変える。
そして更には彼女自身をも怪物へと変えたのか。
ヒュドラ連邦。
大王ヘラス・ヒュドラ。
史上初の連合国家。その盟主。
滅亡に怯える他の小国は我先にと加わり、連邦は更なる成長を遂げる。
その成長に怯えて攻め込む他国は逆に滅ぼされ、次々と併合されていく。
気づけば、大陸中央には彼女の国しか存在しなくなっていた。
大陸中央に覇を唱え、全人類の半数を占めるヒュドラ連邦。
初代によって建国され、二代目によって内政が充実され、ずっと力を蓄えてきた。
時は移り、三代目大王クレス・ヒュドラの治世。
ついに連邦は外征へと乗り出す。
連邦周辺で中立を保っていた国々は全て攻め滅ぼされた。
今や世界最大となったその首は、東西の諸国家へと向けられる。
連邦が狙うはまず東方。
魔法国を盟主と仰ぐ西方に対し、東方諸国に指導者はいない。
このまま各個撃破され為す術なく併合される。
誰しもそう思った。
だが、たった一人の男がその予想を覆す。
東方に綺羅星のごとく現れた偉大な英雄。
世界最古の国を受け継ぎ、世界で最も新しい国家を作り上げた男。
東方諸国をまとめ上げ連邦の野望を払いのけたその手は西方諸国へも差し出される。
そして彼は宣言する。
人類世界の統一を。
さらに彼は宣告する。
この大陸を一つにすると。
人も魔も、彼の前では関係ない。
人同士で争うのではなく、さらにその先を、遙か先を見つめる英雄王。
英雄王
その名、リク・ルゥルゥ
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というようなことをおじさんが目をキラキラさせながら熱く語っている。
今俺がいるのは西方諸国と連邦の最前線。
転移魔法で魔法国に着き、そのままさらに転移魔法でここまで来てしまった。
寝床にテントでもあればラッキーぐらいに思っていたのに、連れてこられたのは立派な迎賓館。
西方諸国は昔から連邦を警戒し、国境沿いに兵力を張り付かせていたらしい。
ただ連邦は馬路倉を恐れて攻めてくることはなかったようだが。
一人で一軍を壊滅させるような規格外がいたらそりゃまあ、普通は攻めてこんだろう。
そしてここで待っていたのは西方諸国の王達。
いきなり歓迎パーティーが始まり、俺の前には挨拶のための大行列ができてしまった。
連邦のすごさを語りつつ、その連邦すら脅かす存在である俺はもっとすごい!と高度な褒め方をしていたさっきのおじさんは西方で最も大きな国王様らしい。
今はすでに別の王様の挨拶を受けている。
本人が色々語ってくれるが、人も情報量も多すぎて頭がパンクしそうだ。
この王様の国が西方で一番古いんだっけ?
あれ?ミサゴのおじいちゃんの妹の嫁ぎ先だっけ?
いやいや、ミサゴのおばあちゃんの実家だった。
「この人は、ミサゴの祖父の弟のお嫁さんのおばあちゃんの実家で、西方で二番目に古い国の王様」
カルサが耳打ちしてくれた。
それはもはや全くの他人なのではないだろうか?
だが、これで逆に諦めがついた。
全部記憶することなど不可能。
スパッと割り切ってひたすら愛想よく挨拶を受けることに全力を注ぐ。
その甲斐あってか評価は上々なようだ。
「最初の頃は我らを警戒されていたのか表情が固うございましたが…」
「うむ。すっかり表情が柔らかくなられておられる」
「あの全てを悟ったかのような表情、さすが」
「そう、さすが」
さすが?
「「「さすが魔法王陛下をも従える御方!」」」
…やはりそこにたどり着くのか。
その馬路倉は少し離れたとこで大きな人だかりをつくっていた。
「魔法王陛下、まさか陛下が国外に御出になられるとは…。死ぬ前に再びお目にかかれて光栄の極みにございます」
側近らしき人に支えられながら馬路倉に挨拶しているおじいちゃん。
西方諸国の長老的立場の人らしい。
一番最初に挨拶してくれたから記憶できてる。
「うーん…。私も別に好き好んで出なかったわけではないんだけどね。なんか気づいたら三百年経ってたの」
そんなふうに苦笑いしている。
気づいたら三百年って、本当にスケールが違う。
「でもコー君にまた会えて嬉しいよ。今日もわざわざ会いに来てくれてありがとう」
そしてそのおじいちゃんを子供扱いして頭をなで、さらには抱きしめる。
「陛下…。もはや陛下だけです。ワシをそのように呼んでくださるのは…」
おじいちゃんは涙を流しながら抱きしめ返している。
「私にとってコー君はずっとコー君だよ。…死ぬなんて、寂しいこと言わないでね。これからはもっと皆に会いに来るようにするからね」
「…はい!」
一瞬だけ、おじいちゃんが少年のように見えた。
帰りは側近に支えられることもなく、しっかりとした足取りで歩いている。
そして馬路倉はまた別の人と話し始めた。
「魔法王陛下は、我ら西方諸国全王族の姉であり、母であるお方なのです」
突然誰かが語り始めた。
ビクッとして横を見るとそこにはさっき俺のことを絶賛してた王様がいる。
先程のキラキラした目とはまた違う、家族を見つめる優しい目をしていた。
「最初、我々は西方諸国は魔法王陛下を恐れました。それこそ、存在することが許せないほど。それがついには爆発し、徒党を組んで攻め込んだのです」
西方事変ってやつだな。
「…結果は、ご存知の通り惨敗でした」
そう。この戦いに勝利したことで馬路倉は西方の盟主となったのだ。
「我々の先祖はそれはもう震え上がったそうです。皆殺しにされると。それは民も同様でした。このまま西方に住む者は全て魔法使いの奴隷にされるのだと考えたのです」
勝手に攻めてきて勝手に負けたのにひどい言い草だが、それほど魔法使いという者は恐れられていたのだろう。
それほどまでに魔法という力は強力だ。
一見すると非力な少女である馬路倉。
彼女が世界最強クラスということがその事実を明確に示してくれている。
「しかし、魔法王陛下はそんなことをなさらなかった。むしろ我々にその手を差し伸ばしてくださったのです」
何か冗談を言っているのだろうか。
それとも思い出話をしているのだろうか。
馬路倉が自分の祖父母のような歳の王族と笑い合っている。
「魔法という叡智を我々にも分け与えてくれたのです。それにより、東方や中央に比べて遅れていた西方の生活水準は劇的に改善しました。さらには西方内部で争い合う愚かさをご教示くださり、このように西方諸国は一つとなったのです」
もう挨拶回りは一段落したのだろう。
各々が好きなようにグループをつくって話し込んでいる。
宮中でたまに見た貴族同士の上辺だけの関係ではない。
心から楽しんでいる姿が、ここにはあった。
「リク王陛下。心より御礼申し上げます」
突然跪いてきた。
ギョッとして周りを見ると、むしろ周りの人々も一斉に跪いてくる。
何が起こってるのかわからず呆然と突っ立っている。
誰か状況を説明してください。
「魔法王陛下をお救いくださいましたこと、我ら西方の民全てが言葉に表せないほど感謝してございます」
当の本人が説明してくれた。
馬路倉を魔王ワーズワースから救ったことのお礼らしい。
むしろ自分が語った恥ずかしいセリフの数々がフラッシュバックしそうで死にそうになる。
誰か俺の記憶を消してください。
「我ら西方の民、全てリク王陛下について参ります。連邦を打ち倒し、人類、ひいては大陸を統一するため、どうか我らの力をお使いください」
記憶は消してくれなかったが、その真摯な瞳が俺の邪念を打ち消してくれた。
彼らも俺に期待をしてくれている。
俺は、彼らの期待に答えなければならないのだ。
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その後、何事もなかったかのようにパーティーは再開された。
さっきのことは事前に予定されていたのかもしれない。
「兄様、はい。何も食べてないでしょ」
天使、いやカルサが料理を持ってきてくれた。
まさにそのとおりで、目の前にごちそうがあるのに一切口にできておらず超つらかったのだ。
よくぞ気づいてくれた!さすが我が妹!
持ってきてくれたのは俺の大好物の肉の塊。
一気にかぶりつく。
うまい!
「あと兄様、何も話さず話が進んじゃったわね」
これも気づかれてた。
西方諸国の王族は成人するまでは魔法国に頻繁に行き、馬路倉や他の王族と交流を深めます。
コー君は90歳ですが、馬路倉の前では子供の頃に戻ってしまいました。
リクは一言もしゃべってませんが緊張して喉も渇いてます。




