幕間 トトカ視点(61~62話)
”黄金の時代”
リク様が即位されたとき宣言されたこの言葉。
人生において、あのときほど胸が高鳴ったときはない。
それは私だけではない。
来るべき栄光の時代、リク様によってもたらされる輝かしい未来に、国全体が期待と興奮に包まれていたのだ。
即位してすぐ、リク様は己の言葉に偽りがないことを証明された。
即位してまず行ったのは史上初の元帥、宰相、近衛大将の同時任命。
前例にとらわれることなく行動せよと、御自ら示されたのだ。
即位当日に行われたのはこれだけではない。
腐敗の温床であり多大な国費を浪費していた後宮の廃止宣言。
予算は国民のために使うべしと、再びご自身が見本となられたのである。
これだけでも途方もない成果であるのに、あの御方はそれだけにはとどまらなかった。
後宮の人々の力を活用した、娯楽の街ベガスの誕生。
大陸中の王侯貴族や大商人が莫大なお金を落としていく歓楽街。
家族連れから独り身の女性まで安心して楽しめる温泉横町。
大陸中の戦士たちが集まり、その技を競い合う闘技場。
それら全てが不思議に調和し、相乗効果を生み出す奇跡のような街。
もはや彼らは国家予算を湯水の如く垂れ流すと後ろ指を指される存在ではなくなった。
逆だ。
国家の屋台骨を支えるほどの税金を納める存在。
貧しい人々にお金を還元する、尊崇を集める存在となったのだ。
この街を治める共同領主のオウラン・ベガスとベルサ・ベガスの義姉妹。
彼らを見出したのももちろんリク様。
リク様がいたからこそこの街は生まれることができた。
それは国民誰しも知っているし、何より領主達が公言している。
リク様によって取り立てられたのは彼女たちだけではない。
市井に眠っていた才能
ボード様やパトリ様のような貧民街出身者も身分の別なく取り立てられる。
敵対していた者たち
偽王に無理やり従わされていたマンカラ大臣
父王の命によって我が国に牙を向いたゲンシン王
故あって刃を交えた者たちであろうとリク様の偉大さに気づけた者ならば、忠誠を捧げる栄誉を与えてくださった。
そして私のような古い家柄の者たち
新しい時代だからと古きものを全て除くような真似はなさらなかった。
旧王朝のミサゴ様を近衛大将にしたときからそうだと確信していた。
そしてやはりその通り、リク様は私の家柄ではなく私個人を見て評価してくださったのだ。
人々が自らの能力や才能を平等に認められ活躍できる機会が与えられる。
かつてはそんなこと考えられなかった。
これが黄金の時代なのだと、私は感動に打ち震えていた。
しかし、そうではなかった。
私はまたも勘違いしていた。
リク様のおっしゃる”黄金の時代”
それは、この程度のことではなかったのだ。
遙か西方の魔法国に旅立たれたリク様。
そのお声が突然頭に響いたときは、何が起きているのか全く理解できなかった。
周囲の者たちと同様に、ただただ動揺し狼狽えていた。
しかしあるお言葉が私を覚醒させる。
リク様のお言葉の意味を。
私の盛大な勘違いを。
「やつが魔界を統一するというならば、我は人を統一して迎え撃とう。然る後、雌雄を決する」
解放王ヒイラギ・イヅル以来の人類の再統一。
そして彼すらなし得なかった大陸統一。
これこそ、リク様の考える”黄金の時代”
今までのリク様の行いは全て下準備に過ぎなかった。
人も魔も区別なく、この大陸全てを統一すること。
これこそ、リク様が見据えていた未来。
我々に約束された栄光の時代。
この大陸全てに対する宣戦布告。
今このとき、ようやく黄金の時代への助走が終わったのだ。
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今私は北の国境にいる。
正確には北の国境沿い連邦領内の連邦軍駐屯地。
そこは今慌ただしく準備が始まっていた。
何の準備か?
当然、我が国への侵攻準備だ。
リク様の宣戦布告の直後、ミサゴ様は私に北の国境を確認するよう指示をくださった。
私とて馬鹿ではない。
この意味は瞬時に理解した。
聖王国への誤解を防ぐため、どの国も北の国境沿いの防備は薄い。
そこを突かれることを懸念されたのだ。
そしてその懸念は的中していた。
やつらは準備を整え、近日中に我が国へと攻め入るだろう。
軍の規模は万には届かない程度。
連邦軍全体にしてみれば雀の涙程度だろうが、こちらにとっては十分すぎる脅威だ。
このまま我が国侵入を許しては、連邦軍本体との決戦時に挟撃される恐れもある。
一刻も早くミサゴ様にお伝えするべく、私は早馬を乗り継いで都へと舞い戻った。
報告を聞いたミサゴ様は珍しく難しい顔をされていた。
「予想通りではあるが、面倒なこととなった…。妾はリクの執務室に向かう。ジェンガはおそらくあそこにおろう」
承知しました!では私はボード様にお伝えして参ります。
「話が早くて助かる。任せたぞ」
ミサゴ様を追いかけるように私も部屋を出る。
幸運にもボード様はすぐにお見つけすることができた。
そして同じく難しい顔をされた。
「あの馬鹿が、馬鹿なことをしなければいいんだが…」
そう呟くとお二人の待つ執務室へと走っていかれた。
少し気になったが、さすがに私程度ではこのお三方の話に入ることはできない。
話の結果次第ではまたすぐ世話になるかもしれないだろうと厩舎へ向かうことにする。
馬に礼を言いながら世話をしてやってると、ジェンガ様が駆け込んでいらっしゃった。
「トトカじゃねえか!いい馬を見繕ってくれないか?」
なんでもジェンガ様は単騎で北の国境に向かわれるらしい。
元帥自ら単騎!?と衝撃を受けたが、その腰にさす刀にもっと驚かされた。
斬鉄剣
リク様が偽王を討ち果たした際に使用された愛刀。
私が知る限り決起以降肌身離さず身につけられていたその刀を、リク様はジェンガ様に預けられたという。
「俺にやれ、とリク様がこれを貸し与えてくださったんだ。今の俺なら、万倍の敵だろうと目じゃねえよ」
リク様とジェンガ様の主従を超えた信頼関係。
それを見せつけられた気がして、眩しく そして羨ましかった。
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会議の間
国の最高幹部による会議はたいていここが使われる。
しかし今日の会議はその重要性が今までの比ではない。
初のリク様ご臨席の上での会議。
尋常ではない緊張感が会議の間を包み込んでいた。
リク様のご入場。
部屋の緊張度はさらに増す。
「皆、楽にしていいよ」とおっしゃるが、とてもではないが楽になどできはしない。
威厳ある足取り。堂々としたお姿。
玉座の後ろにある絵など比べものにならない。
私の趣味である絵画。
リク様の偉大さを少しでも後世に伝えられればと思い何十枚も描いた中で最もできの良いものではある。
ミサゴ様が激賞してくださり、ここに飾ろうと提案してくださったのだが…
やはりだめだ。
舞い上がって了承などするのではなかった。
リク様御本人と並ぶとその差は歴然。
リク様の魅力の半分も引き出せてはいない。
飾る際、カルサ様が複雑な表情をされていた理由が今ならわかる。
まだまだ私には精進が足りていなかった。
そんな私の葛藤をよそに話し合いは続いている。
絶望的なまでの連邦との国力の差。
東西同盟を成立させたにも関わらず、その差はいまだ圧倒的である。
人口は連邦が2億に対し、我らが1億
兵力は連邦が400万に対し、我らが140万
しかも連邦は大動員により800万から1000万もの兵力になっているという。
絶望的なまでのそれらの情報。
普段ならば皆の表情も絶望的になるだろうが、この場にいる誰一人としてそのような顔はしていない。
それは当然、リク様がいらっしゃるからだ。
リク様がいれば不安に思う必要などありえない。
しかも緊張する我々を心配し、自ら道化を演じてくださっている。
大げさに驚かれるその姿を見て、逆に我らの緊張はどんどんとけていく。
笑い声すら上がるほどだ。
全ての報告が終わり、リク様のお言葉を待つ。
いかなる妙案が提案されるのか。
全員の視線が集中する中、リク様のお口が重々しく開かれる。
「東西から挟み撃ちにするしか、ない」
しごく単純なものであった。
それができれば苦労はしない。
できないからみんな頭を悩ませているのだ。
これが他の参加者の口から出ていれば一笑に付されているところだろうが、リク様のお言葉となれば重みが違う。
我々の気づいていない可能性、我々では不可能と無意識に除外している策、それらがリク様ならば可能にできるということなのだ。
いったいそれは…
「つまり、南方をどうにかできる、ということでしょうか?」
「さすがズダイス、よく気づいた」
一番に反応をされたのはズダイス将軍。
不敗の宿将と呼ばれるあの御方だけがリク様についていくことができていた。
百戦百勝の智将と不敗の宿将。
なんと高次元の世界であることか。
南方という言葉を聞いて我々もようやく話に追いつけた。
南方をどうにかできるなど常識で考えられないが…。
むしろリク様を常識の範疇におさめる方がありえない。
そこに気づくとは、さすがズダイス将軍。
さすがです、叔父上。
リク様が的確に指示を出され、そのまま会議は終了した。
さっきまでの緊張感が嘘のようにみんな晴れやかな顔で会議の間から退場している。
無論私もその一人。
ミサゴ様の付き添いとして出席させていただいた会議であったが、なんと素晴らしい機会であったことか。
「トトカ。忙しくなるぞ」
はい!!
偉大なるリク様。
あの御方が導かれる黄金の時代。
その序章は、今始まった。
王国編で書くはずだったトトカの幕間。ようやく書くことができました。
トトカは好きなキャラなので、人気があって喜んでおります。




