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62話 会議の間

 うちの宮殿は広い。

 だが俺の行動範囲は狭い。


 普段の生活は寝室と食堂など数部屋程度で間に合うし、政務は執務室と謁見の間と大広間でだいたい片がつく。

 自室でゆっくりするのが性に合っているから自分から積極的に出歩くことはほぼない。

 第一出歩くてみんなが仰々しく出迎えてくれるから気後れしてしまう。

 むしろ寝室から毎朝外に出てくるのを褒めてほしい。

 もちろん誰も褒めてはくれない。


 そんな状況だから訪れたことのない部屋が宮殿には多々ある。

 この”会議の間”もその一つ。

 部屋の真ん中に大きなテーブルがありみんなで議論ができるようになっているが、そんな部屋は宮殿にはいくらでもある。

 以前間違って入ってしまい、とんでもないことになったことがある。


 この部屋の一番の特徴は上座があることだ。

 上座は周囲より床が高く、会議する皆を見下ろすような形になる。

 そしてそこには王の座る椅子が鎮座する。


 これが意味するのは、この会議の間は王が見守る場所であるということ。

 ここで話す内容は全て王が見ているということ。


 王の前で議論し、王の名の下に結論を下す。

 それがこの、会議の間。



 …できることなら、来たくはなかった。


---


 そもそもは馬路倉の件が発端だ。

 本人が登場したら場が大混乱になるのは目に見えてるので、連邦への対策会議でさらっと東西同盟が成立したことを伝えることとなった。


 じゃあこれで安心あとはお任せと思ったら、様子がおかしい。

 俺が馬路倉のことを紹介し、それで会議がスタートするような流れになっている。

 今更参加しませんとも言いづらいし、皆が来てほしいと思ってるのに断るのはさすがにありえないので、おとなしく参加することになってしまったのだ。


 そうして噂にだけ聞いていた会議の間に初めて足を踏み入れる。

 上座の裏手に王専用の出入り口があり、こそこそと入りたかったがどうがんばっても目立ってしまう。

 現に俺が入ると同時に会議の間にいた全員が最敬礼で出迎えてくれた。

「皆、楽にしていいよ」と言ってようやく直立不動の姿勢になってくれたが、俺が座らないと座ってくれなさそうなのでいそいそと椅子に向かう。


 部屋に入って気づいたが、椅子の後ろには立派な肖像画が飾ってあった。

 黒髪黒目のスーパーイケメン。

 慈悲深さと凛々しさと男らしさと雄大さを全て併せ持つような男の絵。

 これがミサゴのご先祖、解放王ヒイラギ・イヅルなのだろうか?

 椅子に王が座っておらずとも、常に解放王が見守っているというわけか。


 そんなことを考えつつ椅子に座ると、ようやく皆も座ってくれた。

 これで一息つけると思いきや、誰も俺から視線を外してくれない。

 もしや俺の言葉を待っているのか。


「えー、あー、みんな、今日はよく集まってくれた」


 全員が一言一句聞き漏らすまいと注視してくる。

 非常に話しづらい。


「あー、すでに知ってるとは思うが、馬路倉、魔法王が我々の新たな同盟者となった」


 俺の言葉と同時に場がざわつく。


「おおお…」

「あれは空耳ではなかったわけか!」

「あの、魔法王が…」

「魔法王すら陛下の軍門に…」

「普通ならばありえぬと笑い飛ばすところであるが」

「陛下は尋常ならざる御方」

「その通り!」

「陛下だからこそ、可能だったというわけか…」


 いや、ただ先輩後輩だっただけです。

 とは言っても理解してもらえないだろうし、想像に任せておくにしよう。


「そういうわけで、今後は連邦に対し東西からの連携が可能となる。皆、大いに議論してくれたまえ」


 以上で俺からの話は終了。

 横にいるボードとミサゴによって会議が進行し始めした。


 今度こそ、ようやく一息つける。


---


「連邦の常備軍400万の全兵力が現在東方国境付近へと集められております。到着まであと二十日弱。さらに各地で徴兵も行われているという報告もございます。おそらく、最終的には800万から1000万の兵数になるかと予想されます」


 左大臣パータリによる説明。

 元々国外にも知り合いが多い事情通で、おそらく我が国で一番連邦に詳しい男だ。

 その彼がさらっと言った言葉をみんな難しい顔で聞いているが、俺は理解が追いついていない。

 800万から1000万?それってうちの国の人口とほぼ同数じゃない?


「ルゥルゥ本国の人口が1000万、東方諸国を全て合わせて5000万。しかし兵力は70万程度と連邦の10分の1以下でございます。ただ元来東方諸国は連邦のように豊かではございません。徴募による兵力増強は可能ですが、民の生活に多大な負担がかかることはご承知おき願います。無論、国家の大事でございますゆえそうも言ってはおられませぬが…」


 続いて右大臣マンカラによる我が方の状況説明。

 反乱のとき、偽王側のか細い兵糧や補給線を最後まで保ち続けた事務仕事の神様だ。

 彼が言うなら実際難しいのだろう。

 負けたら大問題だが、勝っても国が荒廃しては意味がない。


 全然一息つける状況ではなかった。

 このままでは負ける未来しか見えないではないか。


 いやいや待て待て。

 つい先程東西同盟が成立したと俺が言っていたではないか。

 自分の言葉を忘れてはいけない。

 東方だけでだめなら西方は!?


「魔法王陛下より、西方の情報をいただくことができました。それによれば、西方は東方とほぼ同じ状況にございます。つまり連邦は東方西方を合わせた倍の人口を持ち、三倍の兵力を有しています。そして今、さらに増強された兵力でもって、その全軍を我ら東方へと向けているのです」


 ボードが俺の希望を打ち砕いてくれた。

 東西合わせてようやく半数。

 東だけで立ち向かっては敵うはずもない。


 絶望する俺とは対照的に、会議場にいる皆はずいぶんと元気だ。


「東西合わせて三倍となれば、良い勝負となりそうですな!」

「その通り!」

「連邦もこのままではまずかろうと無理やり動員をしているのでしょう。笑止千万」

「いやいや、各々油断召されるな。連邦には猛将エキドナがおりますぞ」

「エキドナ・カーンといえば名将にして剛の者」

「確かにやつめは油断大敵にございますな」


 いったいどこからこの自信が湧き出てくるのか。

 その秘訣を教えてほしい。


「「「我らには陛下がおりますからな!」」」

「その通り!」


 秘訣は俺だった!


 冗談ではない。

 俺は倍以上の敵を殲滅できる天才軍師ではないのだ。

 期待してもらっても困る。


 そんなこちらの心の内など露知らず、みんな期待のこもった視線を送ってくる。

 さっきまでの賑やかさが嘘のように、会議場は静かになってしまった。

 ボードやミサゴも今か今かと俺の言葉を待っている。


 だが当然、俺にアイディアなどありはしない。


「東西から挟み撃ちにするしか、ない、よね…?」


 言葉尻は消え入りそうで、もはや聞き取れない音量であった。


 東西同盟が成立したのだから、挟み撃ちにすれば敵も分断できる。

 分断できれば東に向けられる兵力も半減できるだろう。

 こんなこと誰にだってわかる。

 そしてこれが俺の限界。


 ああ、誰か助けてくれ。


「つまり、南方をどうにかできる、ということでしょうか?」


 助け舟かはわからないが、誰かが何かを言ってきた。


 発言の主は将軍ズダイス。

 もうおじいちゃんだが、人生で一度も敗北したことがないというすごい軍人だ。

 彼が南方と口にしたからには、南方に何かがあるのだろう。


「さすがズダイス、よく気づいた」


 自分ではどうにもできないのだから誰かに頼るしかない。

 ズダイスは俺を命の恩人と思ってくれており、俺に面目立たないと以前自刃までしようとした男だ。

 命がけで俺に仕えてくれる彼に、俺も全身全霊で乗っかろうではないか。


「確かに南方をどうにかできれば…」

「西方からの挟み撃ちが可能になりますな」

「むしろ南方とも同盟を結べば三方から攻め入れられますぞ」

「しかしあの南方をどうにかできるとは…」

「無論陛下だからこそ、ですとも」

「その通り!」


 議論が再び盛り上がり始めた。


 みんなの意見を聞くと、南方というのは最近連邦に併合された地域らしい。

 彼らが西方国境を防衛しているため連邦は自軍を東に集中できているわけだ。


 そこだけ聞くと南方をどうにかすればいいなんて誰にでもわかりそうだが、ズダイスが発言して俺がそれに乗っかるまで誰もあげてこなかったことを考えると、かなり難しいことなのだろう。

 だが、そこにしか道がないというのならば仕方ない。


「結論は出たようだな」


 そもそもが劣勢なのだ。

 少しでも可能性があるなら、そこにかけるしかない。


「俺はこのあと西方に向かい、南方諸国をどうにかしよう。ジェンガが戻るまではズダイス、お前に全軍の指揮を任せる。東方に向かってくる連邦への対処、期待しているぞ」

「ははっ!我が命にかえましても!」


 年を感じさせない力強い返事。

 彼は期待に応えてくれるだろう。


「パータリ、お前のツテを使って少しでも連邦の進軍を遅らせるんだ。やつらを一歩遅らせられれば我々の勝利が一歩近づく。できるか?」

「もちろんにございます。陛下のお役に立つことこそ、我が喜びにございます」


 …嘘くさい。

 だがその力は信用できる。


「マンカラ、民の生活に影響できない程度で徴募を行い兵糧も集めてくれ。微妙なさじ加減が必要な非常に困難な仕事だ。だが、これを成さねば我らに勝利はない。お前ならできると信じているぞ」

「今こそ陛下への大恩をお返しするとき。お任せください」


 理知的な瞳がギラリと光る。

 俺には信じてやることしかできず申し訳ないが、頼んだぞ。


「他の皆はこの三人の命に従って動くように。ボードとミサゴは俺と一緒に西方へ行ってもらうぞ」

「…!承知いたしました」

「よくぞ言ってくれた。喜んでそなたに着いて行こう」


 知恵者がいないと何とかなる気がしない。

 カルサは当然としてこの二人もいてくれれば鬼に金棒だ。

 俺だけではどうにもならないことも、この三人ならきっと何とかしてくれる!


「さあ諸君、ようやく本番だ」


 会議場を見回す。

 どの表情にもやる気が満ち満ちている。

 俺もそういう表情をつくれているだろうか。


「諸君らが俺に期待しているように、俺も諸君らを期待している。次会うときはお互い吉報を携えていると信じているぞ!」

「「「ははっ!」」」


 みんな意気揚々と部屋を出ていく。

 ボードとミサゴもそれぞれ副官を連れて「また後ほど」とどこかに行ってしまった。

 忙しいやつらだし、引き継ぎ等があるのだろう。

 準備が終わったら合流してさっさと西方に向かおう。


 状況は把握できた。

 最悪な状況だということが初めてわかった。

 だが、まだ負けたわけじゃない。

 戦いはまだまだこれからだ。


 まだ勝つ可能性は残っている。

 ならば、


「やってやろうじゃないか」


---


 現在会議の間に残っているのは俺とカルサだけ。

 そろそろ出るかと椅子から立ち上がるとあの肖像画が目に入った。

 そういえば


「カルサ、ヒイラギ・イヅルって黒髪黒目だったんだな」


 もしかして彼も転移者だったのだろうか。

 遠い昔の大先輩。

 どんな思いで世界を救ったのだろう。


 答えが帰ってこないのでカルサの方を見ると複雑そうな表情で俺を見ていた。


「ヒイラギ・イヅルが黒髪黒目だったのは事実だけど、兄様…」


 なんか嫌な予感がするぞ。


「その肖像画、兄様だからね?」


 嫌な予感、的中!

懐かしい面々が登場しました。

彼らは37,38話の”任命式”で紹介がされた大臣や将軍です。

初期から読んでいただいており久々の登場で「誰?」となってしまった方はそちらを参照していただければ幸いです。

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