幕間 ジェンガ視点(61話)
「では、北の国境が破られそうだと?」
人間界の北方に君臨する聖王国。
あの国は自ら他国を攻めてくることがないため、昔から北方の防備は薄い。
状況は連邦も一緒だが、そもそもの国力が違う。
一口に”少ない戦力”と言っても、具体的な兵力となると倍半分は違うのだろう。
下手すれば桁が違う可能性すらある。
「その顔、察しが良いな。連邦の兵力は我が方の約十倍。トトカが直接確認してきたので間違いはなかろう」
大正解。
嬉しくて涙が出そうだ。
ここはリク様の執務室。
魔法国からお帰りになった際にお出迎えしなければと来てみると、ミサゴ様がすでにいらっしゃった。
同じくリク様のお出迎えかと思いきや、お目当ては俺。
なんと連邦が北の国境沿いに戦力を集中させており、近日中に攻めこんできそうだという。
リク様のいない隙に面倒なことが起きてくれた。
連邦の本軍を迎え撃つため、他にまわす余剰戦力はない。
だが現存戦力では北の国境が破られるのは火を見るより明らか。
結局はそちらにも戦力を向ける必要があり、今の作戦はご破産になる。
「とりあえず、俺が行ってみますよ」
「お前一人が行ってどうにかなる話ではないだろう。死ぬ気か?」
ボードも来たようだ。
道すがらトトカから報告でも受けたのか、状況は理解しているようだ。
「北に戦力はないが、守りやすい地形と砦がある。まあ、何とかなるだろ」
今まで聖王や魔王といった強敵たちと戦い生き残ってきた俺だ。
多勢に無勢だろうが、やってやろうじゃねえか。
「…そなたはリクではない。無論妾も違うし、ボードも同様だ。やつと同じことができるなどとは思わぬことだ」
「もちろん、わかってます」
嫌というほど理解している。
あれほど偉大な御方と自分を同一視するなど、ありえない。
リク様。
世界最高の知性と世界最強の力を持つ存在。
この世界で最も偉大な我らが王。
あらゆる不可能を可能にしてしまう御方。
あの方の前に立つと、話をしていると、いつも自分の小ささを思い知らされる。
リク様に限界など存在しない。
だが俺には限界がある。
かつて世界最強だと自惚れ、世界中の強者達に挑戦して周り、結局彼らに勝ち切ることができなかった若い頃。
村長とアルカさんに目を覚まさせてもらわなければおそらく死んでいただろう。
その程度の俺とリク様を比べるなど、おこがましいにも程がある。
リク様が俺には永遠に手が届かない高みにおられること、それは俺が一番よく知っている。
そんな俺をリク様は信頼し、このような地位にまで引き上げてくださった。
その信頼にこたえるため
その期待にこたえるため
自分の器を理解した上で、俺は全力をつくすのだ。
それにしても…
「まさか、魔法王すら従えてしまうとは」
かつて憧れていた、いや今も憧憬の念を抱かざるを得ない存在。
世界最強、魔法王
建国以後、力を見せる機会がなくなってから数百年。
それでも常に世界最強の一角として挙げられ続けている存在。
この六百年、常に世界最強であり続けた魔法使い。
たった一人で国家をも脅かす人智を超越した存在。
それが魔法王。
魔法王、ランシェル・マジク。
「魔法王は六百年以上生きてるんだよな?」
「ああ。歴史書に登場するのが六百年前。だが、それ以前はわからない。だから、少なくとも六百年以上は間違いない。実際どれほど生きてるのかは、正直、想像もつかん」
生ける伝説、魔法王
「だが、リク様はそれよりも長くいきてらっしゃる」
リク様と魔王との戦い、あのときのことは一言一句漏らさず聞いていた。
リク様は魔法王を気安く”まじくら”なる名前で呼び捨て、魔法王はリク様に敬意をもって”先輩”と呼んでいた。
「リク様はいったい、何者なのだ?」
その答えを俺たちはまだ持っていない。
このリク様が帰られてからの三日間、目が回るような忙しさの合間を縫って何度か話し合ったが結論はでなかった。
かつて大魔王を倒して世界最強の一角
同じく大魔王を倒した伝説の治癒魔法使いルゥルゥ老。彼女にもなし得なかった不老不死の体現者
最も神に近いと言われる存在
ならば最も神に近い存在を超える者とはなにか?
それは、もはや神ではなかろうか
沈黙が場を支配している。
また結論がでない袋小路にはまってしまった。
この話は終わらせよう。
まずは目先の北方の国境問題を片付けなければ。
しかし魔法王か
「魔法王といえば、俺が子供の頃は”悪いことをすると魔法王が来るぞ”と脅かされたものですよ」
「妾もだ。夜更かしするといつも父上がそれを言ってきた。当時は恐ろしくて布団に飛び込んだものだよ」
「それは王侯貴族も貧民街も変わりませんね。…まあ、私は弟や妹たちに言う側でしたが」
みんなで子供の頃の話をして笑い合う。
かつておとぎ話の世界の住人だった魔法王。
それがいまやこんな身近に感じるとは。
「リク様、いきなり魔法王を連れて帰って来るかもしれませんね。もしも魔法王が目の前に現れたら俺、自分を抑えられるか自信ないですよ」
「まあ、それはお前だけではあるまい。血が高ぶるとかいう以前に、戦士の生存本能だ」
「しかし魔法王を連れ帰るか。普通ならばありえぬ。そもそも魔法王は魔法国建国以後国外に出たことがないのだ。だが、まあ、リクに普通などという言葉を当てはめるほうがありえぬな…」
「確かに!」
「間違いありませんね!」
またみんなで笑う。
さあ、そろそろ出発しよう。
リク様のお顔を見たかったが、それは無理そうだ。
そう思った瞬間、魔法陣が光りだした。
…ああ、この御方はいつも俺の願いを叶えてくださる。
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「魔法王、ランシェル・マジクです。みなさんはじめまして」
それを聞いた瞬間、考える前に体が動いていた。
こちらが構えると同時に、すでに相手も攻撃魔法の準備を整えている。
杖の先端に集まった魔力はこの場にいる全員、リク様とアルカさん以外、全て消し炭にする力を持っているだろう。
ボードとハイロ様も構えているが、この二人の居合抜きの速度では間に合わない。
俺がやるしかない!
「…お前たち、俺の客人に無礼は許さんぞ」
その言葉で一気に頭が冷える。
前回に続いて今回もリク様の客人に無礼を働いてしまった。
謝罪の言葉を述べるが、血の気が引いて顔が真っ青になっているのを実感する。
俺はなんてアホなのだ!
その後ミサゴ様がリク様に魔法王が我々からどう見られているかを教えてくださった。
それを聞いてみるみる顔色が驚愕に彩られていく。
おそらくご存じなかったのだろう。
この御方にとっては、我らにとって超常の存在である魔法王ですらただの庇護の対象なのだ。
「先輩、私こそ失礼いたしました。少し自重すべきでしたね…」
「そ、そんなことはないぞ。俺がちゃんとみんなに説明しなかったのが悪いんだ。まじくらが気にする必要はない」
お二人の会話。
”先輩”、”まじくら”の言葉が使われている。
これは絶好の機会と俺とミサゴ様が質問を繰り出した。
「そうそう、説明が遅れてすまんな。実は俺と彼女は元々知り合いでな。先輩後輩の間柄だったんだよ。だから以前通り”先輩”と呼んでくれと俺が頼んだんだ。気にしないでくれ。あと”まじくら”というのは、昔の彼女の呼び名でな…。そこもまあ、気にしないでくれ!」
元々の知り合い
この単純な言葉にいったいどれほどの意味が含まれているのだろうか。
不老不死の存在が上下関係を感じるほどの期間とはいったいどれほどなのか
それは数千年?それとも数万年?あるいは、それ以上?
「お館様、その、詳細をお聞きしても…?」
「詳細はまあ、気にしないでくれ!」
ボードの意を決したような問はサラリとかわされた。
だが、俺も聞かずにはいられない。
「それは、リク様がうちの村に訪れる前の話につながるから、でしょうか?」
「まあ、そうだ。もしかしたらお前たちの想像通りかもしれん」
…やはり。
これ以上の問は必要なかった。
そこまで我々に明かしてくださったことへの感謝しかない。
リク様もこれ以上は無用だと判断されたのだろう、話題は連邦へと移っていった。
そして俺が前線に行くことを聞くと、驚きの行動に出られた。
「ジェンガ、これを預ける」
なんと、愛刀・斬鉄剣を預けてくださったのだ!
村を出て以降、リク様が肌身離さず身につけられている愛刀。
リク様と偽王との決戦、あのただ一度のみお使いになられた斬鉄剣。
それを手ずからお渡しいただけるなど、もはや天にも昇る心地であった。
ただただ感謝の言葉を述べ、意気揚々と部屋を出る。
リク様が何者かどうかなど、もはやどうでもいい。
俺のはるか先を歩くリク様。
今までずっとその背中を追いかけ続けてきた。
ただ俺が一方的に望んでいたと思っていたその行為。
それが今日、リク様が受け入れてくださるということが知った。
自分を追いかけて来いと、リク様が認めてくださった。
こんな嬉しいことはない。
今の俺に敵はいない
リク様、あなたのためならば
俺は一軍をも止めてみせましょう
総合評価2000突破いたしました。ありがとうございます。
今回は久々のジェンガ視点でした。
リクにとってジェンガは自分が村でニートしてたとき気にかけてくれた恩人です。




